5. 信用を得るために必要なもの
二泊三日の新人冒険者研修合宿が終了した翌日、ギルドマスター室。
タケルとヴァルガンの対面には満足げなガルドと、相変わらず冷静に書類作業をするセレイナがいる。
「ガッハッハ、見事だったぜ! あいつらの目が変わったぞ!」
ガルドは大声を出しながら机をバンバン叩いて喜んだ。
「歌やリズムを取り入れて、楽しみながら実戦で使える勘を叩き込む。腕力だけじゃねぇ、指導者としての才能もあるとは驚いた。合宿は大成功、成果は上々だ!」
「フン。雑兵を精鋭に変えるなど、造作もないことだ」
ヴァルガンは出された紅茶を優雅に啜った。合宿中、何度も行われた鬼教官ライブにより、新人冒険者五十名は完全に『RE:Genesis』のファンと化している。
合宿という閉鎖空間での動員実績、そして教育実績。十分すぎる成果だ。
「ありがとうございます! では、次はスポンサー契約の話を正式に進めてもらえるということでいいですか?」
「その件に関して、一つお伝えしなければならないことがあります」
タケルは身を乗り出して話を進めようとしたが、セレイナが申し訳なさそうに書類を取り出し机の上に置いた。夏祭りに関する注意事項のようだ。
「改めてスポンサーの条件について調べたところ、個人は対象外となっていました。どうやら、資金力があるパトロンの強引な推薦を防ぐための措置のようです」
「俺のポケットマネーで支援するのは構わねぇが、スポンサーになるのは無理になっちまった。悪ぃな」
「社会的信用とは、一朝一夕で築けるものではありません。夏祭りの委員会は、特に組織としてのバックアップと保証を重視しているということですね」
「そう、ですか……なら、『獅子の牙』としてスポンサーをお願いするのは……?」
「組織としての公式スポンサー……すなわち、ギルドからの正式な『推薦状』を出すとなると話は別です」
ガルドが腕を組み、真剣な眼差しを向ける。
「うちのギルドは、実力至上主義の冒険者たちの集まりだ。新人が俺の贔屓で推薦を貰った見え方になると、アイドルなんて興味ねぇ連中から間違いなく反発が出る」
贔屓という言葉にタケルは息を呑んだ。
確かにそうだ。汗水垂らして魔物を狩っている現役の冒険者たちからすれば、いきなり現れたアイドルにギルドの看板を貸すのは不公平に映るだろう。
「だからこそ、誰もが文句を言えねぇ『実績』が必要なんだよ。アイドルとしてじゃねぇ、一人の冒険者としてのな」
ガルドに促され、セレイナが一枚の書類を差し出す。
そこに書かれていたのは──
『冒険者ギルド獅子の牙 推薦パフォーマー(仮)契約書』
・条件:ギルド掲載Bランク以上の依頼を十五件達成すること。
・期限:夏祭り最終審査会前日まで。未達成の場合、契約解除とする。
「なっ……!?」
タケルは絶句した。審査に向けて忙しくなりつつある中で、ギルドの依頼を十五件こなす!?
「Bランクは、準備や移動を含めると一件あたり数日から一週間はかかります。通常、ある程度慣れた冒険者が挑む仕事です。一般的に三ヶ月で十五件こなせれば優秀、半年かかってもおかしくないとされる量です」
「意地悪や嫌がらせで言ってるわけじゃねぇ。他の冒険者を黙らせるほどの実績となると、最低限これくらいは必要になるってわけだ」
「これを残りの日数で、お二人が他にしなければならないことと並行してこなすのは……常識的に考えれば不可能です」
セレイナは無慈悲な現実を突きつけた。
「俺らのギルドとの繋がりを示すっつーことを考えると、教官仕事もしばらくやってもらうことになるだろうな。外と内、どっちにもアピールしなきゃいけねぇ」
「これらの達成で初めて、ギルド全体が貴方たちを『仲間』と認め、組織として推薦状を書けるようになります。正直に言えば、夏祭りは諦めて次の機会を待った方が──」
「やります!!」
セレイナの言葉を遮るように、タケルが食い気味に叫ぶ。その目は血走っていた。
「これができれば、夏祭りに間に合いますもんね。贔屓なんて言わせない実績で、胸を張ってあのステージに立ってみせます! やらせてください!」
「早まるなタケル。この女が言ったように、時間が足りんのではないか?」
「大丈夫です、アイドルは忙しいのが当たり前です。ちゃんと調整すればきっと一、二日に一件ペースで回していけます!」
タケルはノートを開き、猛スピードで計算を始めた。
「教官業務は午前中だけにする、そのあと午後に依頼を進行。レッスン時間も確保して、夜に事務処理を全部俺がやって、食事は移動中に摂る。……うん、これならいける!」
「おい、いつ寝るのだ。我はいいが、貴様の体力が持たんぞ」
「寝る時間も少しは取れますよ。足りなきゃ移動中に仮眠取ります、馬車の中で寝れば実質ゼロ時間です!」
タケルはブラック企業の経験を思い返していた。あの時だって、徹夜連発+エナドリ連打の超過酷な現場を乗り切ったことがある。だから絶対にやれると信じていた。
今のタケルは「夏祭りのメインステージ」というゴールしか見えていない。そのために必要な犠牲──自分の健康や限界──を、完全に無視している。
ガルドはじっと二人の顔を見て……大きく頷いた。
「やってみせるって根性、嫌いじゃねぇ。いいぜ、実力で勝ち取ってみせろ! 契約成立だ、特例で認めてやる!」
「ありがとうございます!」
タケルとガルドは強く手を握りしめあった。ヴァルガンは、空回りしそうなほど張り切るタケルの背中を複雑な表情で見つめている。熱意は嬉しい。だが、あまりにも危うい。
「そこまで言うなら、王が退くわけにはいかんな。よかろう、この条件を達成できるよう力になってやる」
「頼りにしてます! セレイナさん、依頼を確認できる場所ってどこですかね?」
「ギルドのロビーに、依頼が掲示されているクエストボードがあります。そこに貼られた用紙を持って受付で受注手続きを行えば完了です」
「ありがとうございます! さあヴァルガン行きますよ、タイムイズマネーです!」
タケルはヴァルガンの腕を引き、部屋を飛び出していった。嵐のように去っていった二人を見送り、セレイナは独り言ちた。
「……無茶だわ。潰れる気かしら」




