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4. 鬼教官アイドル山奥フェス開催

 ルミナ・シティ郊外にある、冒険者ギルドの演習場。早朝の冷たい空気が張り詰める中、五十名ほどの若者たちが整列していた。十代後半から二十代前半、未来の英雄を夢見る新人冒険者たちだ。

 だが、その表情は一様に不満げだった。


「なんだよ、あの教官……」

「あれ『筋肉アイドル』だろ? なんであんなイロモノに教わらなきゃいけないんだよ」

「俺たちは剣と魔法を習いに来たんだぞ、歌なんて興味ねぇよ」


 ヒソヒソと交わされる陰口。彼らにとってヴァルガンは、ちょっと腕が立つだけの変人でしかない。そんな舐めきった空気を、たった一言が切り裂いた。


「挨拶はどうした」


 ズンッ。

 地面が揺れたような錯覚。演習場の空気が一瞬にして凍りつき、鳥たちが一斉に飛び立った。

 新人たちの視線の先には腕を組み、仁王立ちするヴァルガンがいた。いつものパーカーではなく、今日はギルドから支給された黒い教官用ジャケットを羽織っているが、その下から覗く筋肉の鎧は隠しきれていない。


「ひっ……!」

「言ってみろ。おはようございます」

「「「お、おはようございます……」」」

「声が小さいッ!!」

「「「おはようございますッ!!」」」


 ヴァルガンが一歩踏み出すだけで、最前列の戦士志望の若者が腰を抜かしそうになった。本能的な恐怖。圧倒的な力量の差、そして格の違いを肌で感じ取らされたのだ。


「よろしい。いいか、若造ども。我の訓練についてこれぬ者は即刻去れ。死にたくなければな」

「「「は、はいッ!」」」


 返事が一瞬で揃った。恐怖による統率。流石は魔王、手慣れたものである。


「では始めるぞ、まずは基礎訓練だ」


 ヴァルガンは指を一本立てた。


「敵の殺気を感じ取れ。それはファンの視線と同じ!」

「……え?」

「戦場において、四方八方からの視線はすなわち『死線』だ。アイドルもまた、数万の視線に晒されながら完璧な振る舞いを求められる。そのプレッシャーに耐えられぬ者に、戦場ステージに立つ資格なし」


 独自の理論を展開しながら、ヴァルガンは手にした小石を軽く上に放り投げ──


「かわせ。はッ!」


 ヒュンッ! バキィッ!!

 小石が弾丸のような速度で新人の顔面スレスレを通過し、後方の木をへし折った。


「「「ぎゃあああああ!?」」」

「次は二つ同時に行くぞ。ステップで華麗にかわし、笑顔でファンサを返せ!」

「死ぬ! これ死ぬって!」

「腹から声を出せ! 悲鳴ではなくファンへのコールをしろ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図。だが、不思議なことに怪我人は一人も出なかった。ヴァルガンの絶妙なコントロールにより、ギリギリ当たらない軌道で投げているからだ。

 必死に逃げ惑いながら声を張り上げるうちに、新人たちの動きが洗練されていく。無駄な力が抜け重心が安定し、視野が広がる。


「あれ? なんか……身体が軽い?」

「次の石は……そこだ! よっしゃ、見切れた!」


 極限状態での集中力が、彼らの潜在能力を引き出していたのだ。ヴァルガン流『アイドル式戦闘術』は理不尽に見えて極めて実戦的だった。


「悪くない動きだ、技術は身につきつつある。だが、魂が燃えていない。戦場を支配するのは技術ではない、高揚感テンションだ」

「高揚感……?」

「そうだ。恐怖を乗り越え、己を鼓舞し限界を超える熱狂。それを今から叩き込んでやる!」


 ヴァルガンがパチンと指を鳴らすと、演習場の隅で待機していたタケルが勢いよく飛び出した。


「音響準備よし! いきますよヴァルガン!」


 タケルが操作する魔導ラジカセから、激しいドラムのビートが鳴り響く。アップテンポなロックナンバー、ワイバーンを倒した後のライブで歌ったうちの一曲だ。


「な、なんだ!? 訓練中に音楽!?」

「ふざけてるのか!?」


 困惑する新人たち。だが、ヴァルガンは構わずに教官用拡声器を握りしめた。


「聴け、若造ども! これが魂の着火剤ライブだ!」


 ヴァルガンが歌い出した。

 大地を震わせる重低音のシャウト。それは単なる歌声ではなく、戦士の本能を直接揺さぶる『鬨の声(ウォークライ)』だった。


「♪恐れるな……前へ進め……!!」


 ビリビリと空気が震える。新人たちは圧倒的な音圧に気圧されそうになったが、不思議と体の中から熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

 先ほどまでの死の訓練で極限まで張り詰めていた神経が、音楽という解放感によって爆発的なエネルギーへと変換されていく。


「オイ! オイ! オイ!」


 タケルがリズムに合わせて手を叩き、テンション高く煽る。


「みんなリズムに乗って! 身体を動かせば恐怖は消える、声を上げれば勇気が湧く!」

「お、おう……オイ! オイ!」


 一人が恐る恐る手を叩き始めた。隣の男も、そのまた隣の女も。

 リズムに合わせて体を揺らす。それは先ほど叩き込まれた回避ステップの動きそのものだった。音楽に合わせることで彼らの動きはより鋭く、より力強くなっていく。


「なんだこれ……すげぇ楽しい!」

「力が……力が湧いてくるぞぉぉぉ!」


 誰かが叫んだ。それを皮切りに、演習場はライブハウスへと変貌した。

 剣をサイリウムのように掲げ、盾を打ち鳴らしてリズムを刻む。ヴァルガンのシャウトに合わせて、五十人の新人が一斉に咆哮する。


「♪我に続け! 勝利を掴め!」

「「「うおおおおおおおおっ!!」」」


 もはや訓練ではない。狂乱の宴だ。

 だが、その一体感は凄まじかった。先ほどまでバラバラだった新人たちが、一つの生き物のように呼吸を合わせ熱狂の渦を作り出している。


「これです、これこそがファンのユニゾン!」


 タケルは興奮して叫んだ。

 ヴァルガンは教官としてステージ(朝礼台)に立ち、満足げに群衆を見下ろしている。人々を巻き込んで昂りへと導く姿はまさにアイドル。


「いい声だ。その熱さを忘れるな!」


 曲が終わると同時に、ヴァルガンはビシッと指を差した。


「本日の訓練、終了! 解散!」

「「「ありがとうございましたァッ!!!」」」


 新人たちは汗だくになりながら、キラキラとした目で敬礼した。その顔には、最初の不満など微塵も残っていなかった。

 彼らは知ったのだ。ヴァルガンの歌が持つ、魂を燃え上がらせる力を。そして、熱を放ち続けた先にある爽快感を。


「……すげぇな。本当にたった一日で手懐けちまった」


 演習場の隅で様子を見ていたガルドが呆れたように、そして嬉しそうに呟いた。


「これなら実績作りも問題なさそうだな。誰の目から見てもライブだ」

「はい。それに彼らはもう、立派な『RE:Genesis』のファン一期生ですよ!」


 タケルは誇らしげに胸を張った。

 無茶なこじつけから始まった企画だったが、結果は大成功だ。これで『動員数五十名のライブ』という実績が一つできた。


「フン。心地よい疲れだ」


 ステージから降りてきたヴァルガンが、腕で汗を拭いながら言う。タケルがドリンクとタオルを渡すと、ヴァルガンは一気に飲み干した。


「んぐ……ふぅ。冒険者の卵を導くのも、悪くない余興だったな」

「お疲れ様です、ヴァルガン! 最高でしたよ!」

「当然だ。この調子で、夏祭り参加の資格を手に入れてやる」

「ええ。ガンガン行きましょう!」


 タケルはスケジュール帳を開いた。まだ空きがたくさんあるし、今回の教官仕事が全部終わった段階で夏祭りの審査会まで残り二十四日。

 このまま頑張れば絶対にいける、夏祭り参加に向けて着実に近づいていると感じたタケルのやる気はさらに高まっていった。

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