3. 実績作りに必要なもの、そうパワープレイだね
冒険者ギルドの奥にある、ギルドマスター室。
革張りのソファに深々と腰掛けたタケルはセレイナから出された紅茶を一口飲み、ようやくホッと一息つくことができた。目の前では、ギルドマスターのガルドが自身の右腕をさすりながら笑っている。
「いやぁ、まさか三連敗するとは思わなかったぜ。世の中、上には上がいるもんだな」
「フン。当然のことだ」
ヴァルガンは足を組み、悠然と紅茶を楽しんでいる。
腕相撲での完敗を経てガルドはヴァルガンの実力を完全に認めていた。荒くれ者のトップに立つ男だけあって、一度認めた相手にはとことん好意的な様子だ。
「で、だ。スポンサー契約の話だったな。まずは、お前らが何を目指して何に困ってるのか、詳しく聞かせてもらおうじゃねぇか」
「そうですね。単に活動資金が欲しいだけなのか、それとも別の目的があるのか。それによって支援の形も変わります」
ガルドの言葉に、隣に控えていたセレイナも頷いて手元のメモ帳を開く。タケルは居住まいを正した。この二人は味方になってくれた。ならば、現状の詰んでいる状況を正直に話して、知恵を借りるべきだ。
「実は……俺たち、来月の夏祭りメインステージ出演を目指しているんです」
「ああ、委員会がやってるデカイやつか」
「はい。ですが、出演するには公認パフォーマーの資格が必要でして……」
タケルは委員長から突きつけられた『三つの絶対条件』について説明した。
条件1:社会的信用のあるスポンサー契約
条件2:公式実績(音楽活動による集客・売上実績)
条件3:審査委員会の承認
「……なるほどな。お堅い委員会らしい条件だ」
ガルドは顎髭を撫でながら納得したように頷く。
「一つ目の『スポンサー』は、俺がなることでクリアだ。ギルドマスターの個人的支援がありゃ、信用としては十分すぎるだろう」
「そのあたりは念のため、私が調べておきましょう。立場があったとしても、組織が母体でなければ却下の可能性がありますから」
「助かります、ありがとうございます!」
スポンサーになることをあっさりと受け入れてもらえた。感謝し、二人に向かって頭を下げるタケル。まだ確定でないとはいえ、一番の課題を解決する道が見えた。
「ただ、二つ目の公式実績……これが厄介でして。便利屋仕事や魔物討伐じゃダメなんです。音楽活動で客を集めて利益を出したという、明確な数字が必要で」
「ふーむ。お前らのワイバーン退治は派手だったが、あれは確かに微妙なとこだな」
「そうなんです。ライブもしましたけど、実績とするにはちょっと……。審査までに、委員会を納得させるだけの『音楽イベント』をやらなきゃいけないんです」
一ヶ月以内に準備をして、集客をして、実績を作る。
無名の、しかもキワモノ扱いされている新人アイドルには高すぎるハードルだ。
「実績、か……」
ガルドは天井を仰ぎ、少し考え込んだ。
そして、何やら悪巧みを思いついた子供のような顔になった。
「なぁお前ら、明日以降の予定は空いてるか?」
「え? 今のところは便利屋の依頼がパラパラとあるくらいですが……」
「なら決まりだ。ちょうどいい仕事の話がある」
ガルドは書類を取り出して机の上に置き、タケルの方へ滑らせた。
表紙には『第四十八回 新人冒険者研修合宿 実施要項』と書かれている。
「合宿……ですか?」
「おう。毎年恒例、新入りの冒険者どもを鍛え上げる二泊三日の地獄のキャンプだ。お前らには、そこで『特別教官』をやってもらいたい」
「はあ……」
タケルは首を傾げた。
ヴァルガンならこういったことも得意だろう、仕事として受けるのは構わない。だが、今の話の流れでこれを持ち出す意味がわからない。
「あの、教官の仕事はありがたいんですけど、今は音楽の実績が必要で……」
「わかってねぇな、タケル」
ガルドは人差し指をチッチッと振った。
「いいか? この合宿には五十人の新人が参加するんだ。そいつらが二泊三日、山奥のキャンプ場で缶詰になる」
「はい」
「で、夜のキャンプファイヤーの時間、あるいは訓練の合間の休憩時間……お前らが歌ったら、どうなる?」
「え?」
「逃げ場のない山奥。参加している若者たち。つまりこれは『五十人を動員した野外ライブ』になるんじゃねぇか?」
どうだ、と得意げに語るガルド。斜め上の理屈にタケルはポカンと口を開けた。
「……いやいやいや強制リサイタルじゃないですか、それ集客じゃないですよ!?」
「馬鹿野郎! 物は言いようだ!」
ガルドは机をバンと叩いて力説する。
「たとえば『新人教育カリキュラムの音楽鑑賞会』とか『情操教育のための特別コンサート』とか、名目はなんとでもなる! 参加費の一部をチケット代として計上すりゃ、売上実績も立つだろ!」
「そ、そんな強引な……!」
タケルは絶句した。確かに、理屈としては通らなくもない。実績とは事実の積み重ねだ。形式さえ整えば、委員会に提出する書類には「動員数五十名の有料イベント開催」と書けるだろう。
「それにだ。ただ歌うだけじゃねぇ、お前らの仕事は教官だ。若者の心を掴み、指導し、導く。それはファンを熱狂させて導くアイドルと似てるんじゃねぇか?」
「いいこと言ってるようで、すごいこじつけな気が」
「うるせぇ。セレイナ、手続き上はどうだ? いけるか?」
「……はぁ」
話を振られたセレイナは、やれやれとため息をつき眼鏡の位置を直した。
「極めてグレー……いえ、強引な解釈ですが不可能ではありません。合宿予算の一部を『外部講師招集費』および『イベント興行費』として計上し、参加費を再分配すれば帳簿上は『音楽イベントの開催』で処理可能です」
セレイナは淡々と言ったが、その瞳の奥には微かな熱が宿っていた。
(合宿という閉鎖空間でのライブ。すなわち、プレミアムイベントということ……。アイドルの限定イベントを間近で見られるなんて、滅多にないチャンス)
個人的な趣味嗜好による加点が入った結果、彼女はGOサインを出した。
「書類作成はお任せください。委員会に提出しても恥ずかしくない、立派な『公式実績報告書』として体裁を整えます」
「ま、マジですか……ヴァルガン、どうします? 教官兼ライブなんてかなり変則的ですけど」
「合宿、か。兵士を練兵場で鍛え上げるのと何ら変わらんな」
「まあ、そうですね」
「だがタケルよ、忘れたか? 我が歌えば、そこが世界の中心になる」
ヴァルガンは笑みを浮かべ、ソファの背もたれにふんぞり返った。
「山奥だろうが、訓練場だろうが関係ない。聴衆がいるのなら、そこは我のステージだ。怯える新兵どもを我の歌と拳で信者に変えてやればいいのだろう?」
その言葉はあまりにも力強く、そして傲慢。だが、今のタケルにはそれが何よりも頼もしく響いた。
「……そうですね。場所なんて関係ない。彼らを熱狂させれば、それは立派なライブです!」
タケルの腹は決まった。綺麗な実績作りが厳しいなら泥臭く、力技でこじ開けていくしかない。それが『RE:Genesis』のやり方だ!
「わかりましたガルドさん。その話、乗ります! 俺たちが最強の鬼教官になって、みなさんを立派な冒険者に……そして『RE:Genesis』のファンに育て上げてみせます!」
「ガッハッハ! そうこなくっちゃな!」
ガルドは満足げに笑い、タケルの背中をバシバシと叩いた。
「よし、合宿の依頼手続きはすぐ進める。それまでに準備しとけよ! ……ああ、そうだ。一応可能性として聞いておいてほしいんだが」
「なんですか?」
「合宿の実績だけだと、まだ委員会への押しが弱い可能性もある。場合によっては、ギルドの依頼をこなしてもらうかもしれねぇ、覚えておいてくれ」
「えーと……つまり、ギルドとの関係値を作るため、みたいなことですか?」
「おう。お前らの貢献度が高ければ、ギルドからの『推薦状』の重みも増す。ただの名義貸しじゃねぇって証明にもなるからな」
ガルドの提案はもっともだった。単に金を出してもらうだけでは、委員会に「金で買った実績」と思われるかもしれない。冒険者ギルドに貢献しているアイドル、という箔をつければ説得力は段違いになる。
「わかりました。もしそうなったら、依頼もガンガン回して実績を積み上げます!」
「よく言った! 期待してるぜ、お前ら!」
「我に任せておけ。新兵どもの魂、根こそぎ奪ってやるわ」
こうして、『RE:Genesis』の次なる戦場が決まった。
山奥の合宿所。そこで行われるのは新人教育という名の布教活動、そして前代未聞の鬼教官ライブ。
(……まさかアイドルと直接仕事で関わる機会が来るなんて、ラッキーだわ。ステラ様とは違う良さがある……やはり、アイドルとはいいものね)
セレイナが眼鏡の位置を直しながら、書類に目を落としていた。相変わらずクールな様子だったが、微かに微笑んでいた。
*
帰り道。
ギルドを出たタケルは、空を見上げて大きく深呼吸する。
「よし……! スポンサーと実績作りのプランが立った。あとはやるだけ!」
「うむ。忙しくなりそうだな」
「ええ。でも、全部ヴァルガンのためですから! 俺、死ぬ気で働きますよ! こっからオタクの底力見せてやります!」
夏祭り審査会まで、あと二十七日。
タケルとヴァルガンの、限界突破の挑戦がここから始まる。




