2. スポンサー探しに行ったら筋肉腕相撲開催
ルミナ・シティの商業区は、今日も活気に満ち溢れている。だが、そんなメインストリートを歩くタケルとヴァルガンの足取りは重かった。
「……またダメでした」
タケルは肩を落とし、ため息をついた。
あれから数日。二人は『スポンサー契約』を結んでくれる企業を探し回り、突撃営業を繰り返していた。しかし、結果は散々。
「今回の薬屋さん、『ウチの胃薬のイメージキャラクターとしては、少し刺激が強すぎます』って門前払いでした……」
「刺激的で何が悪い。劇薬こそが病を治すのだ」
「胃薬で劇薬は死人が出ます」
タケルは手元のリストにバツ印をつけた。これで十連敗。原因は明白、拡散された『ワイバーン撃破ライブ動画』のイメージが強すぎるのだ。
冒険者としてなら武勇伝だが、企業からすれば「いつ暴れ出すか分からない爆弾」「イメージが悪くなりそう」というリスク要因に映ってしまっている。
非公認+暴れん坊というパブリックイメージ。この二重苦が、まともなスポンサー契約を遠ざけていた。
「くそっ……! 筋肉と歌に理解があって、社会的信用もあって、俺たちの活動を支援してくれるとんでもなく都合のいい組織はないのか!?」
「嘆いていても腹は膨れん。休憩ついでだ、飯にするぞ」
*
「あっはっは! アンタたち、難儀してるねぇ」
「笑い事じゃないですよ、リザさん……。このままじゃ審査以前の問題で詰みなんですよ」
街外れの酒場『赤竜のあくび亭』。
昼下がりの店内は客もまばらで、タケルたちは食事をしながら安いエールをちびちびと飲んでいた。女将のリザは、豪快に笑いながらテーブルを拭いている。
「じゃ、そんな困ってるお二人さんにいいこと教えてあげようじゃないか」
リザがエプロンのポケットから、くしゃくしゃになった一枚のチラシを取り出した。カウンターにペラリと置かれた紙には、太字でこう書かれていた。
『冒険者ギルド獅子の牙 イメージ向上キャンペーン実施中。
親しみやすい冒険者を目指してスポンサー活動開始!』
「えっ!? これは……!」
タケルが身を乗り出した。
冒険者ギルド。それはこの国最大の互助組織であり、荒くれ者たちの元締めだ。武力的な意味での社会的信用は抜群。
「最近、ギルドも冒険者の荒っぽい評判を気にしているようでね。クリーンなイメージ戦略にお熱らしいよ。広報活動に協力してくれる奴を探してるんだとさ」
「ここならヴァルガンの強さもプラスに働くはず! むしろ、強さこそが正義の組織!」
「荒くれ者の巣窟か。どれほどの腕があるか試すのも面白そうだ」
ヴァルガンも満更ではなさそうだ。タケルは残ったエールを一気に飲み干して立ち上がる。
「ありがとうございますリザさん、恩に着ます!」
「どういたしまして。出世払いにしておくから、とっととビッグになりな!」
*
ルミナ・シティにある冒険者ギルドのひとつ、『獅子の牙』本部。
巨大な両開きの扉を開けると熱気と汗、そして鉄と革の匂いが充満していた。クエストボードの前にたむろする屈強な戦士や、昼間から酒をあおる狩人や魔法使い。怒号と笑い声が飛び交う、まさに冒険者たちの職場。
その空気から明らかに浮いているタケルとヴァルガンに視線が集まるが動じず、受付カウンターへと向かった。
カウンターの中にいたのは、一人の女性。金縁の眼鏡をかけ、長いであろう銀髪をきっちりとまとめた知的な美女。ピシッとした紺色のベスト、オシャレだがフォーマルなデザインのシャツ、美脚だとわかるミニスカート。クールビューティという表現が相応しい雰囲気だ。
机の上には書類が山積みになっており、それらを凄まじい手際で処理している。
「失礼します。『RE:Genesis』のプロデューサー、タケルと申します」
「……」
女性──名札に受付:セレイナと書かれている──は、顔も上げずにペンを走らせ続けた。
「あのー……?」
「本日はどのようなご用件でしょう。モンスター討伐の報告ですか、それとも依頼の受注?」
セレイナがようやく顔を上げた。眼鏡の奥の瞳は、氷のように冷たい。
「今日はチラシを見て来ました。スポンサー契約のお願いに──」
「お断りします」
即答だった。コンマ一秒の迷いもない拒絶。
「えっ、まだ何も説明してないんですけど!?」
「当ギルドは慈善事業ではありません。イメージ向上キャンペーンで求めているのは、爽やかでクリーンな人材。貴方たちのような、不審者スレスレの方ではありません」
「ぐっ……!」
正論のナイフが突き刺さる。だが、ここで引くわけにはいかない。
「た、確かに見た目は怖いかもしれませんが、彼はアイドルです! 強さは折り紙付きですし、冒険者ギルドの顔として、これ以上ない人材だと──」
「他で断られたから来ただけですよね?」
(ギクッ)
図星を突かれ、タケルが硬直した。セレイナはため息をつき、冷ややかな視線を二人に向ける。
「お引き取りください。業務の邪魔に……」
その時。セレイナの視線が、ヴァルガンのパーカーの背中で止まった。
(あの刺繍……糸の運びは稚拙だけど、デザインの配置が絶妙。それに、この威圧感のある男性があえて手作り感のあるパーカーを着ているというギャップ……)
セレイナの眼鏡が一瞬、キラリと光った気がした。だが、すぐに表情を引き締めてコホンと咳払いをする。
「とにかく。規定に満たないのでお帰りくださ──」
「おっ。誰かと思えば、最近話題の『歌う暴力装置』じゃねぇか! ガッハッハ!」
セレイナの言葉を遮り、豪快な笑い声がロビーに響き渡った。
奥から現れたのは、がっしりとした岩のような男。丸太のような腕、分厚い胸板。ヴァルガンと比べても遜色ない、ゴツくマッチョな体格。顔には無数の傷があり、荒っぽい印象のあるざっくり切った短髪と濃い目のラウンド髭も相まってかなり男臭い。
「マスター……。勝手に出てこないでください」
「いいじゃねぇか、面白そうな客が来たんだ。挨拶くらいさせろ」
男はドスドスと足音を立てて近づき、ヴァルガンの目の前で仁王立ちした。身長二メートル超えのヴァルガンと大差ない巨体。二人が対峙すると、ギルドが狭く感じてしまう。
「俺はギルドマスターのガルドだ。動画見たぞ! ワイバーンの攻撃をヒラヒラ避ける様、痺れたねぇ。で、そんな強ぇ奴がどうしてスポンサーなんてモンを欲しがってんだ?」
「我々はアイドルだからです!」
タケルが割って入った。このままだとセレイナの正論パンチで門前払いされてしまう、なんとか興味を持ってもらえるように誘導しなければならない。
「アイドルには活動資金と社会的信用が必要です。腕力で話題の俺たちと、実力主義の冒険者ギルド! 相性はぴったりだと思いませんか!?」
「ほー、アイドルねぇ……。俺にゃよくわからん世界だ」
「応じる意味がないと思います。帰っていただくべきかと」
「まあ待てセレイナ。……いいぜ、試してやるよ。俺はな、強ぇ奴が好きなんだ。弱ぇ奴に金を恵んでやる趣味はねぇからな」
ガルドは近くにあった頑丈そうな鉄製のテーブルを指差す。
「腕相撲で勝負だ。俺に勝てたら、話を聞いてやる」
「えっ、腕相撲……ですか?」
「おうよ。『獅子の牙』では力こそ正義。俺の腕をねじ伏せるくらいの気概がなけりゃ、看板なんて背負わせらんねぇからな!」
あまりに原始的すぎる試験内容。だが、これはチャンスだ。
タケルはヴァルガンを見る。魔王は退屈そうにあくびを噛み殺し、ゆったりとテーブルの前に座った。
「よかろう。準備運動にもならんだろうが、相手をしてやる」
「へぇ。随分と余裕だな、おい。俺が現役時代『鉄壁のガルド』って呼ばれていたのを知らねぇのか? さ、合図を頼むぜ」
ガルドも対面に座り、右腕をまくり上げた。その筋肉は鋼のように硬く、血管がミミズのように浮き上がっている。
対するヴァルガンの腕の太さも流石のものだが、ガルドとは違い脱力してリラックスした様子だ。これから腕相撲をするとは思えない。
二人の手が組まれる。
ゴツッ、と岩同士がぶつかるような音がした。
「では、俺が合図を……レディー、ゴー!!」
タケルが叫んだ、その瞬間。
ズドン!!!!
轟音が響き、ガルドの腕がテーブルに叩きつけられていた。
「……は?」
ガルドが目を白黒させている。何が起きたのか理解できていないようだ。周囲で見ていた冒険者たちも、口をあんぐりと開けている。
「我の勝ちだ。では話を──」
「ま、待て待て待てぇ! 今のは手が滑った、汗ですっぽ抜けたんだよ! もう一回だ、次は本気で行くからな!」
「往生際の悪い男だ」
再戦。ガルドは全身に力を込め、最初から踏ん張れるように構える。
「ゴー!」
ズドン!!!!
またしても一瞬。ヴァルガンはただ重力に従うように、ガルドの腕を押し潰した。
「クソがあああああ! もう一回、次は逆の手でいくぞ! こっから三本勝負だ!」
「ふぅ……。何度やっても同じだぞ」
ズドン!!!! ズドン!!!! ズドン!!!!
あっさり三連敗したガルドはテーブルに突っ伏したまま、ピクリとも動かなくなった。完全なる敗北、手も足も出ないとはまさにこのこと。ヴァルガンは立ち上がり、パンパンと手の埃を払った。
「他愛もない。で、我の強さは証明できたと思うが?」
その言葉を聞き、突っ伏していたガルドが顔を上げた。その目には涙が滲んでいる。悔し涙ではない、感動の涙だ。
「……強ぇ」
ガルドは震える声で呟いた。
「現役引退したとはいえ、この俺にあっさり勝つとは……! 本物だ、こいつは本物のバケモンだ!」
「褒めてるのか貶してるのかどっちですか、マスター」
冷ややかに言うセレイナ。ガルドは気にせず立ち上がり、ヴァルガンの肩をバンと叩いた。
「認めよう、お前は強ぇ。そして、俺のワガママな勝負に付き合う度量もある。気に入った、合格だ!」
「本当ですか!?」
「男に二言はねぇ、話を聞いてやる。セレイナ! そいつらを部屋に案内しろ!」
「わかりました。それではお二人とも、こちらへ」
門前払い続きだったのに、ようやく話を聞いてもらえるチャンスが巡ってきた。タケルは小躍りしたい気持ちを抑えながら、セレイナに案内され別室へと向かった。




