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1. 招待状だと思ったら一斉送信だった件

 ボロ家『ひだまり荘』の六畳一間に、かつてないほどの緊張と高揚感が充満していた。鏡の前で襟を正すタケル。彼が身につけているのは、古着屋で発掘した三百ルマのYシャツと少しサイズが合っていないベスト。いわゆる勝負服フォーマルだ。


「……よし。髪は整えたし、服のシワも大丈夫。行けますよ、ヴァルガン!」


 タケルが振り返ると、部屋の中央に魔王ヴァルガンが仁王立ちしていた。

 いつもの『RE:Genesis』パーカーに革パンツというワイルドなスタイル。だが、その首元には一本のネクタイが締められている。しかも真っ赤。

 パーカーの上からネクタイを締めるというファッションは前衛的すぎるが、ヴァルガンが「我の正装はこれだ」と譲らないので仕方ない。


「本当にこんなものが必要か? 首が締まって鬱陶しいのだが」

「我慢してください、TPOは大事なんです。今日は俺たちが、正式に表舞台への切符を掴みに行く日なんですから」


 タケルは興奮気味に鼻息を荒くした。

 そう。今日は魔導端末に届いた『夏祭りメインステージ』のオファーを確認するのだ。委員会が主催する大規模イベント、今の自分たちにとってはとんでもないチャンスだとタケルは感じていた。


「さあ、向かいましょう! 俺たちがスターになる第一歩へ!」

「うむ。夏祭りで我の美声を轟かせてやるとしよう」


 二人は意気揚々とボロ家を飛び出した。その足取りは軽く、未来は輝いているように見えた。


 この時までは。


 *


 ルミナ・シティ中央区、商工会ギルド。

 そのロビーは、ごった返すような人だかりになっていた。大道芸人、吟遊詩人、手品師、そしてきらびやかな衣装を着たアイドルらしき少女たち。


(すごい数だ……。まあ、俺たちは招待枠だから関係ないけどね!)


 タケルは優越感に浸りながら、受付カウンターへと進み出た。


「失礼します。実行委員会よりご連絡いただきました『RE:Genesis』のプロデューサー、タケルです。メインステージの件で伺いました」


 そう言いながらビシッと魔導端末を見せる。そこには輝かしい『出演のご相談』の文字。さあ、通すがいい。会議室へ。タケルの頭の中にはレッドカーペットが敷かれていた。

 だが、対応してくれた女性職員は画面を一瞥しただけで手元の書類に視線を戻す。


「あー、はい。ご案内を受け取った方ですね。整理番号は405番です。そこの『一般公募説明会』の列の最後尾に並んでください、今だと三時間待ちくらいですかねー」

「……はい?」


 タケルの思考が停止した。一般公募? 説明会? 三時間待ち?

 脳内レッドカーペットが急速に巻き取られていく。


「ちょ、ちょっと待ってください! この連絡が来たのに、どうして!?」

「それは市内のパフォーマー登録をしている方を対象に、一斉送信しているものです。今年も募集始めましたという、ただのお知らせですね」

「ズコーッ!!」


 一斉送信。ただのお知らせ。

 タケルは盛大にその場でひっくり返った。物理的に受け身を取れず、床に背中を強打する。


「ち、ちくしょう……メルマガだったのかよおおお!!」

「む? どうしたタケル。我らの案内はまだか?」


 状況を理解していないヴァルガンが不思議そうに問いかける。タケルは床に這いつくばったまま、血涙を流さんばかりの形相で叫んだ。


「ヴァルガン、残念ですが……これは『参加したければオーディション受けろ』っていう、ただの募集要項だったんですうう……!」

「なんだと? 我に並べと言うのか? ……見たところ、我より貧弱な奴ばかりではないか。こうなれば今ここでパフォーマンスして力の差を──」

「ストップストップ! ここで大騒ぎは一発出禁ブラックリストです!」


 いきなり全開を出そうとするヴァルガンを止めるべく、タケルは慌てて起き上がり腕にしがみついた。ここで騒動を起こせば、オーディション参加どころか騎士団のお世話になってしまう。


「騒がしいな。何事だ」


 その時、奥のパーティションから一人の男性が現れた。

 白髪交じりの髪を整え、仕立ての良いスーツを着た中年男性。神経質そうな顔立ちだが、その瞳には理知的な光が宿っている。彼が現れると、職員たちが一斉に姿勢を正した。


「あ、委員長! すみません、少しトラブルが……」

「委員長……?」


 タケルが顔を上げると、その男性──夏祭り実行委員長は、タケルとヴァルガンを見て「おや」と何かに気づいた。


「ああ、君たちは……生身でワイバーンを倒す動画を見たよ。『歌う暴力装置』だね?」

「アイドルですッ! ……コホン。お初にお目にかかります。『RE:Genesis』プロデューサーのタケルです、こちらがアイドルのヴァルガン。委員長にお会いできるとは光栄です!」


 タケルは脊髄反射で訂正したが、相手がトップだと理解すると即座に営業モードに切り替えてハキハキと挨拶した。


(いきなり責任者と話すチャンスが来るなんて……! 窓口でどうこう言ってもキリがない、ここは直談判チャレンジだ!)

「お願いします委員長、どうか我々をメインステージに! 動画を見たのなら、どれだけ盛り上がったかご存知ですよね? 夏祭りに貢献する自信はあります!」


 委員長は顎に手を当て、ヴァルガンをじっと観察した。その視線は値踏みするようでもあり、警戒しているようでもある。


「……確かに、君たちの話題性は認める。あのパワフルさには驚かされたよ。だが、メインステージは無理だ」

「なぜですか!? 実力なら負けませんよ!」

「実力の問題ではない。信用の問題だ」


 委員長はため息をつき、ロビーに掲示されているポスターを指差した。そこには『公認パフォーマーによる、安心と感動のステージ』というキャッチコピーが踊っている。


「実は二年前、ある事件があってね。自称アイドルの魔術師が、火の輪くぐりの演出に失敗してステージが大炎上。怪我人まで出るトラブルを起こしたんだ」

「うわぁ、それは大変ですね……」

「それ以来、メインステージに立てるのは、厳格な審査を通過した『公認パフォーマー』のみと定められた。今のところ君たちの扱いは『非公認の便利屋兼大道芸人』になるだろう。違うかね?」


 ぐうの音も出ない正論だった。タケルたちは組織に所属しているわけでもない、フリーでなんでも屋をしている自称アイドル。社会的な信用度で言えば、住所不定無職に毛が生えた程度だ。


「参加したい気持ちは分かるが、ルールはルールだ。メインステージに立ちたければ、まずは公認の資格を得てきなさい」


 門前払い。完全に詰み。タケルが項垂れかけた、その時。


「フン、くだらん」


 ヴァルガンが鼻を鳴らした。


「信用だと? 紙切れ一枚の資格が、我の歌声より重いと言うのか?」

「社会とはそういうものだよ、新人アイドルくん」


 委員長は怯まなかった。むしろ、試すようにヴァルガンを見据える。


「君にどれほど実力があろうと、ここでは無意味だ。我々が求めているのは、安心して客を呼べる『保証』なのだからな」

「ならば問おう。その資格とやら、どうすれば手に入る?」


 ヴァルガンの問いに、委員長は指を三本立てた。


「条件は三つだ。一つ、『スポンサー契約』。君たちの活動を保証し、万が一の際に責任を取ってくれる社会的信用のある後ろ盾を見つけること」


 それはそうだ、と納得するタケル。イベント中に何かトラブルが起きたとしても、責任の所在が明確だから対処が確実になる。


「二つ、『公式実績』。君たちがアイドルとして出場するなら、便利屋仕事や魔物討伐ではなく音楽活動での明確な集客・売上実績を示すこと」

(いやそれはキツイ! 今のところ歌仕事は全然ないぞ!?)


 集客できた音楽の実績なんて、ワイバーン撃破後のライブくらいしかない。今の自分たちには金もない、コネもない、あるのはヴァルガンのガチムチボディとワイバーン撃破の武勇伝だけ。


「そして三つ、『審査委員会の承認』。前提条件二つを達成した上で、一ヶ月後に開催する最終審査会にて全会一致での承認を得ることだ。……まあ、今の君たちにはスポンサーと実績のクリアも到底無理な話だろうがね」

「そ、そんな……」


 タケルは絶望した。

 一ヶ月でスポンサーを見つけ、実績を作り、委員会を認めさせる? 難易度ハードを越え、ベリーハードを越え、ナイトメアモードの出現だ。


「帰るぞ、タケル」


 ヴァルガンが踵を返した。ああ、流石の魔王様もこれでは諦めるか。そう思ったタケルだったが──


「やるべきことは理解したからな」


 ヴァルガンの声は弾んでいた。

 振り返ったその顔には獰猛な笑みが浮かんでいた。それは、かつて世界を相手に戦争を仕掛けた時の覇王の表情。


「たかが紙切れ一枚の資格、力でねじ伏せて認めさせることも容易い。だが、郷に入っては郷に従うのも道理。ルールという名の城壁があるのなら、それを正面から粉砕して乗り越えるのが王の道というものだ」

「ヴァルガン……」

「我に不可能なことなどない。そうだろう?」


 ──ドクン。


 タケルの心臓が熱く跳ねた。

 そうだ。コソコソ裏口から入るなんて、この最強の魔王には似合わない。正面突破だ。全部クリアして、文句一つ言わせない完璧な状態でステージに立たせてやる!


 バンッ!!


 タケルは勢いよく、受付のカウンターを叩いた。


「わかりました! その三つの条件、全部クリアしてみせます!!」


 タケルは委員長を指差し、高らかに宣言した。


「スポンサーも、実績も、審査も……すべて突破してヴァルガンをステージに立たせてみせますから、待っていてください!!」

「……ほほう」


 委員長は少しだけ驚き、そして口元を緩めた。


「威勢だけはいいな、よかろう。楽しみにしているよ」


 *


 商工会ギルドを出た帰り道。

 アドレナリンが切れたタケルは、魂が抜けたようにトボトボと歩いていた。


「ああ、言っちゃった……。言っちゃいましたよ……」


 冷静になればなるほど、事態の深刻さがのしかかってくる。スポンサー? 誰がこの不審者コンビの保証人になるんだ? 実績? 一ヶ月でどうやって?


「スポンサーなんてアテないですよ……。どうすりゃいいんだ……」

「戦況に応じた策を考えながら走ればいい。戦は我らの都合に合わせて動いてくれるわけではないのだからな。貴様ならできるだろう?」


 隣を歩くヴァルガンは、どこまでも堂々としていた。

 その全幅の信頼が今は重く、そして何より嬉しかった。信じられている。魔王に、推しに、相棒に。ならば応えるしかない。


(……やるしかない。俺が泥を被ってでも、ヴァルガンをステージに立たせてみせる!)


 タケルは拳を握りしめた。

 とにかく、動きまわってチャレンジするしかない!


「まずはスポンサー探しですね。片っ端から当たって砕けましょう!」

「任せろ、粉砕してやる」

「物理じゃなくて比喩です」


 目指すは夏祭り、メインステージ。

 公認資格の壁をぶち壊すための熱く、そして過酷な一ヶ月が幕を開けた。

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