26. 俺たちのアイドル活動はこれからだ!
それから数週間が過ぎた。ルミナ・シティ近郊の農村地帯、のどかな風景の中に土煙と共に怒号が響き渡る。
「大人しくしろ、我のファンよ! サイン代わりの拳が欲しいのか?」
巨大な野生の猪をヘッドロックで締め上げているのは、作業着姿の魔王ヴァルガンだ。かつての黒鎧やパーカー姿とは違い、今は背中に『RE:Genesis』と刺繍されたデニム地のツナギを着込んでいる。これもタケルのお手製だ。
「ブモオオオッ!?」
猪が暴れるが、ヴァルガンの腕力の前では子猫も同然だ。
「いい絵です! そのままカメラ目線でウインクお願いします!」
タケルは少し離れた場所から、魔導端末の動画撮影モードを構えて叫んだ。魔王は猪の首を抱えたまま、バッ! とカメラを向いた。
バチコン!
効果音が聞こえてきそうなほど濃厚なウインク。そして、猪は魔王のフェロモン……という名の物理的締め上げにより気を失った。
「はいカット! お疲れ様でしたー!」
「フゥー……手のかかるファンだったな」
ヴァルガンは汗を拭い、気絶した猪を軽々と肩に担いだ。集まっていた農民たちが、拍手喝采で駆け寄ってくる。
「ありがとうヴァルガンさん! 畑を荒らされて困ってたんだ!」
「あんたやっぱり最強だよ、歌って殴れる便利屋!」
「今度、うちの牛の出産も手伝ってくれねぇか?」
ヴァルガンは「フン、気が向いたらな」とぶっきらぼうに答えているが、差し出された採れたての野菜を受け取る手つきは丁寧だった。
*
「……いや、魔王が暴走してないのはいいんだけどさ。なんか報告聞くたびに意味不明な方向に進んでない?」
「俺もそう思う」
依頼を終えてボロ家に帰ってきたタケルは、女神ルミナスが映るウィンドウを出しながら会話していた。「魔王の経過が不安だから一応教えなさい」とルミナスが言い出したので、定期的に近況報告も兼ねて打ち合わせするようになったのだ。
もちろん、ヴァルガンが不在のタイミングで。
「というか、そっちはどうなってるんだよ。魔王が復活したってバレてないのか?」
「そんなの決まってるじゃない、誤魔化してるのよ。勇者候補を送り込んだら即復活しました、なんて素直に報告したらどう考えても上にガン詰めされて損。真面目にやって印象悪くなるくらいなら、不真面目な対応が正解よ」
「なるほど、だからこの世界で騒動になっていないわけか」
馬鹿正直に上司へ報告すると説教確定、始末書なりなんなり書かされるような展開になるのだろう。
なので「現場は特に問題なく回っています」と伝えながら、自分に魔王をなんとかするよう言ってるのだとタケルは理解する。やり方が完全にブラック企業だ。
「私は責任取りたくないし、任期中にトラブル起こしたなんて履歴残すのはゴメンなの。魔王が世界滅ぼす的な流れにならなければ、あとはどうでもいいわ」
「主張が控えめに言ってカスだな……もし魔王が復活してるとバレたらどうなっちゃうんだ?」
「十中八九、討伐するため勇者を召喚したり、それに近しい存在へ『魔王討伐に行くのです』って神託が出るわね。で、そうなったら魔王はどう考えても反撃するでしょ?」
「そしてとんでもない争いになると……マジで大事じゃん、アイドル活動……」
まさか、その場しのぎの嘘が世界の運命を左右する要素になるとは思っていなかったタケル。
だが、その心の中にあったのは危機感よりも高揚感だった。それくらいヤバい存在が、アイドルとして天下を取ってみせると本気になってくれていることが嬉しいのだ。
「じゃあ、ちゃんと活動できるようにこれからも協力しろよ。俺たちだけじゃ、どうしようもないことだってあるんだし」
「物を買ってくれとかはやめてよ? 何用ですかって詰められるんだから」
「経費で落とそうとすんじゃねーよ! こっちに押し付けてんだから自腹切るくらいはしろよ!!」
*
そして別の日。モンスター討伐の報酬を受け取り、二人は夕暮れの道を歩いていた。今日の討伐報酬に加え、肉と野菜を分けてもらったので今夜は焼肉パーティーだ。
相変わらずの貧乏暮らしではあるが、最近は仕事のおかげでボロ家『ひだまり荘』に家具が増えつつある。タケルもヨレヨレだった服を新調し、少しは見栄えのいい格好ができるようになっていた。
「生活は安定してきましたね。……本来の目的からは、だいぶズレてますけど」
「そうか?」
タケルは肉が入った袋を持ち直しながら呟いた。飢えることはなく、寝床もあるし仕事の収入もある。異世界に来た直後の絶望的状況からすれば、大躍進と言っていい。
ヴァルガンはツナギのポケットに手を突っ込み、鼻歌を歌っている。最近のお気に入りは、勝手にライバル認定しているステラのバラード曲だ。
二人はルミナ・シティを一望できる丘の上で足を止めた。ここからは、街のシンボルである巨大な『ルミナ・ドーム』がよく見える。夕日に照らされ黄金色に輝くその姿は、圧倒的な存在感を放っていた。
「いつか、あそこで歌うんですよね。満員の観客の前で……ペンライトの海の中で」
言葉にすると少し胸が痛む。今の便利屋アイドルとしての生活に、どこか満足してしまっている自分がいたからだ。人々に感謝され、ご飯も美味しい。これで十分じゃないかという甘え。
でも、それはヴァルガンの世界征服という野望を小さく丸め込んでしまうことにならないか。
「焦るな」
ヴァルガンが、タケルの思考を見透かしたように言った。彼は雑貨店で買った『勇者のエール』のプルトップを開け、一気に煽った。
「ぷはーっ。……今は雌伏の時だ」
「雌伏……」
「岩を砕き、獣を狩り、ビラを配る。その全てが、我を形作る物語になる」
ヴァルガンはドームを指差した。
「泥にまみれた分だけ、頂に立った時の輝きは増す。そう言ったのは貴様だろう?」
「……!」
「我は諦めていないぞ、タケル。この世界の全てを、我の色に染め上げることをな」
「……はい! 絶対に行きましょう、ルミナ・ドームへ! そしてステラを越えるんです!」
「当然だ」
二人の影が、長く伸びていく。その時、タケルのポケットで魔導端末が震えた。
ピロリン♪
「お、また依頼ですかね? この時間だと、夜間の警備とかかな……」
タケルは魔導端末の画面を確認し、そして……目を見開いた。
『件名:商工会ギルド・夏祭り実行委員会より出演のご相談』
『本文:RE:Genesis様
ルミナ・シティにおける貴ユニットの精力的な活動を拝見しており、その独自のパフォーマンスと将来性に大変魅力を感じております。つきましては、今度の夏祭りのメインステージにて、ぜひライブを行っていただけないでしょうか?
貴ユニットの参加で夏祭りが盛り上がることを期待しております』
「えっ……!?」
予想外の内容にタケルは息を呑む。害獣駆除でも力仕事でもない、ライブ出演の連絡。しかも、メインステージ。
「ヴァルガン、来ましたよ! 夏祭りステージでライブ! 今度こそ正真正銘、歌の仕事です!」
「……ようやく、我の美声に時代が追いついたようだな。行くぞ、タケル! 呼ばれたからには、我らが祭りの主役になってやるのだ!」
「はいっ!」
二人は夕日に向かって走り出した。肉と野菜が入った袋を揺らしながら、希望に満ちた足取りで。泥臭く不器用で、でも誰よりも熱い彼らのアイドル活動は始まったばかりだ。
第一章はこれにて完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。
明日から第二章がスタートするので、引き続きお楽しみください。
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アイドル『RE:Genesis』の今後の活動も引き続き見守ってくださいね。
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