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24. 定時退社、それは甘美な響き

 『赤竜のあくび亭』前の広場はボルテージMAX。ワイバーンを倒して仁王立ちする魔王ヴァルガンに向けて、惜しみない拍手と歓声が降り注ぐ。

 だが、その余韻を切り裂くように重々しい足音が響いた。


「そこまでだ!!」


 銀色の鎧に身を包んだ集団──王立騎士団の本隊が到着したのだ。先頭に立つのは整った顔立ちだが眉間に深い皺を刻んだ、神経質そうな青年だった。


「王立騎士団第三隊、隊長のレオナルドだ! ここは私に任せて避難を……む?」


 レオナルドは周囲を見回し、絶句した。倒れている巨大なワイバーン。その頭上でポーズを決めているパーカーを羽織った不審なマッチョ。なぜかその男を讃えている群衆。


「……なんだ、この状況は」


 レオナルドの脳内処理が追いつかない。だが、職務への忠実さが彼を動かした。彼は剣の柄に手をかけ、ヴァルガンを問い詰める。


「貴様、何者だ! そのワイバーンは……まさか、貴様が使役した魔獣か? 街中で危険生物を暴れさせるとは、何たる狼藉!」

「……」


 ヴァルガンは不機嫌そうに鼻を鳴らし、騎士団を睨みつけた。タケルはその反応を見て即座にヤバいと判断し、ヴァルガンとレオナルドの間に勢いよく滑り込んだ。


「ち、違いまーす!!」

(放置して険悪ムードになったらマズい……ここは、上手く言いくるめて帰ってもらうに限る!)

「我々はアイドル『RE:Genesis』です! これは……えーと、そう! アトラクションなんです!」

「アトラクションだと?」

「はい! 特殊な幻影魔法と、精巧な……こう……あれです……ゴーレムを使った怪獣退治ショーなんです!」


 タケルは脂汗を垂れ流しながら力説した。気絶しているワイバーンが痙攣しているのを指差す。


「ほら見てください、あのワイバーン! 時々、ピクピク動いてるでしょう? まるで生きているかのようなクオリティ!」

「馬鹿な。どう見ても本物のワイバーンだぞ」

「最新技術です! すごいリアルでしょう? ね、店長!」


 タケルはリザに助けを求めた。リザは一瞬キョトンとしたが、すぐニヤリと笑って話を合わせた。


「……そうさ! 最近客足が悪くてねぇ、アタシがこいつらに依頼して一芝居打ってもらったんだよ。客を楽しませるためにね」

「そうだそうだ! すげー面白かったぞ!」

「騎士団が来るより先に倒しちまったしな! あんたらより強かったぜ!」

「野暮なこと言うなよ隊長さん!」


 リザの言葉に観客たちも応え、民衆の声が波のように押し寄せる。レオナルドはたじろいだ。規則と秩序を重んじる彼は、民衆を無視して強権を振るうことができない。


「む……だが、たとえショーだとしても、これほどの騒ぎを起こすには許可証が必要だ。それに、安全管理はどうなっている?」


 レオナルドは食い下がった。真面目すぎるがゆえに、引くに引けないのだ。

 埒が明かないと判断したヴァルガンが、ゆっくりとワイバーンの側から離れた。そして、レオナルドの目の前まで歩いていく。レオナルドの背丈も高いが身長差は二十センチ近く、完全にヴァルガンが見下ろす形になる。


「堅いことを言うな、騎士よ」


 ヴァルガンは懐から一枚の紙切れを取り出した。今日、客に配ろうと思っていた手書きのビラだ。それを、レオナルドの鎧の隙間──胸ポケットへと、強引にねじ込んだ。


「……なっ、これは」

「次回のチケット扱いだ。今回騒動を起こした詫びとして、特別に最前列を用意してやろう」


 そしてヴァルガンはレオナルドの耳元に顔を寄せ……低い声で、悪魔のように囁いた。


「……それとも貴様、これを『本物の事件』と処理したいのか?」

「え……?」

「貴様が主張するように、ワイバーンが侵入した事件だとしよう。その場合、騎士団の監視不備が問われるだろうな。そうすると、貴様も困る気がするのだが?」


 その言葉を聞いて、レオナルドの顔が引きつった。日々の激務、ただでさえ睡眠不足の毎日。ここから『ワイバーン市街地侵入および撃退に関する詳細報告書』など書こうものなら、今日から三日は質問攻めと残業が確定。

 未然に防げなかった責任問題、経緯の調査、上への報告と各所への謝罪。上司の怒鳴り声と、終わらない事務作業の悪夢が脳裏をよぎる。


「だが、これが単なるショーだとしたらどうだ? 貴様は、この場で我らに注意をして終わりとなるはずだ。悪い話ではあるまい」


 邪悪な笑みを浮かべながら、ヴァルガンはレオナルドの肩をポンと叩く。

 ヴァルガンの言う通り、ショー扱いなら『許可証の不備を注意した』という報告書一枚書くだけ、所要時間は五分で終わり。

 レオナルドの頭の中で、正義感と残業回避本能が激しく衝突する。だが、今の彼には定時退社という甘美な響きに抗うことはできなかった。嗚呼、中間管理職の悲しき性。


「……ゴホン。今回だけは大目に見る。だが、以後は事前に届け出ること。いいな!」

「はい、もちろんです! あ、ワイバーンはこっちで片付けておくのでお気になさらず」


 騎士団は、まだピクピクしているワイバーンを横目に撤収していく。騎士団の姿が見えなくなると、広場は再び歓声に包まれた。


「やったぜ! 騎士団を追っ払った!」

「あの堅物を丸め込むなんて、あんた最高だ!」

「歌え! 歌え!」


 なんとか場が収まったことで気が抜けたタケルは、その場にへたり込んだ。


「はぁ……死ぬかと思った……。ヴァルガン、アドリブが過ぎますよ……」

「権力者に媚びず、しかし無駄な争いは避ける。これもアイドルの嗜みだろう?」

「……はい、おっしゃる通りです」


 タケルは苦笑いしながら立ち上がった。ただパワーでゴリ押しするだけではなく、人心掌握に長けた立ち回りまでやれるとは。この人は本物の魔王だ。


「いやぁ、アンタたちいい交渉してくれたねぇ! ワイバーン丸ごとゲットしちゃったよ、これで店も大助かりさ!」

「え? そんないいものなんですか、これ」

「皮や爪を剥ぎ取れば素材になるし、肉も結構美味いのさ。店が壊されてどうしようかと思ったけど、こいつを売っぱらえば修繕費は余裕だし結果オーライだよ」


 リザの言葉を聞き、タケルもホッと胸を撫で下ろす。店が壊された被害を気にしなくていいのなら、ワイバーン騒動も誤魔化せたし一件落着だ。


「さあ、邪魔者は消えたぞ! 宴の再開だ! 貴様ら、準備はいいな!」

「「「うおおおおおおおーッ!」」」


 ヴァルガンの号令と共に、壊れかけた酒場で本当のライブが始まった。この出来事は、のちに『あくび亭の伝説』として語り継がれることになる。

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