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23. 魔王ヴァルガン、オンステージ!

 タケルが再生ボタンを押すと、スピーカーから激しいディストーション・ギターのリフが炸裂する。小さい広場に反響し、空気が振動するほどの音圧。それが開戦のゴングとなった。


「グルアアアアッ!!」


 ワイバーンが滑空してくる。巨大な翼が風を巻き起こし、屋台の残骸が吹き飛ぶ。狙いはステージ跡地に立つヴァルガンただ一人。鋭い爪が、勢いよく振り下ろされる。


「危ない!」


 観客の誰かが叫んだ。

 誰もが肉塊に変わる光景を想像し、目を覆おうとしたが──


 シュッ。


 風切り音と共に、ヴァルガンの姿がブレた。ワイバーンの爪が空を切り、地面のアスファルトを深々と抉る。ヴァルガンは、いつの間にか一歩右へ移動していた。まるで最初からそこにいたかのように、自然に。


「遅い」


 リズムに合わせてヴァルガンは右へ、左へとステップを踏んだ。山奥でオーク相手に特訓した、あのアイドルステップだ。

 ワイバーンが連続で爪を振るうが、ヒラリヒラリと最小限の動きですべて回避していく。その動きは音楽のビートと完全にシンクロしており、意図的な演出のように見える。


「見てください! この華麗なステップ!」


 タケルはマイクを掴んで絶叫した。こうなったら、この場を支配するのは実況の力だ。暴力に見えるものを、すべて演出という魔法でコーティングしてやる。この騒動をアイドルとしての知名度向上に利用するんだ!


「これぞ『ワイバーン・ダンス』! 敵の攻撃すらリズムに変える、究極の回避パフォーマンスです! 良い子は真似しないでね!」

「す、すげえ! あんなデカイ化け物相手に遊んでやがる!」

「本当だ、避けてるだけなのにカッコいいぞ!」


 タケルの実況解説を聞いた観客たちのテンションが上がっていく。恐怖が、少しずつ興奮へと変わり始めていた。


「グオッ!」


 攻撃が当たらず苛立ったワイバーンが大きく羽ばたき、上空へと舞い上がった。地上では分が悪いと判断したのだ。十メートルほどの高さでホバリングし、口内に紅蓮の炎を溜め始める。


「まずい! ブレスで焼き払う気だ!」

「逃げろーっ!」


 再びパニックになりかける観客たち。しかし、ヴァルガンは動じない。マイクスタンドを天空へと掲げ、待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。


「特等席の客には、最高のファンサを届けてやろう!」


 ヴァルガンは大きく息を吸い込んだ。あの山奥でロウソクの火を揺らさずに岩を砕いた、魔力制御の極意。体内のマナを丹田に集め、喉を通して圧縮する。拡散させるのではなく、一点集中。狙いはワイバーンの三半規管。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 音が光になった。タケルにはそう見えた。可聴域を超えた超高周波の波動が、レーザービームのように真っ直ぐワイバーンへと突き刺さる。ファンサという名の、指向性音波兵器!


「グギャ、ギャアアアアアアアッ……!?」


 ワイバーンが空中で硬直した。鼓膜を貫通し、平衡感覚を破壊された脳がショートする。炎を吐くこともできず、気絶したワイバーンはきりもみ回転しながら落ちていく。


 ズドォォォォォンッ!!


 巨大な質量が地面に叩きつけられ、土煙が舞い上がった。


「で、出ましたァァァッ! ヴァルガン最高のキメ技『スーパー・シャイニィ・シャウト』です! あまりの美声に、ワイバーンも聴き惚れて落ちてしまいました! 鼓膜が幸せになった証拠ですねー!」

「うおおおおお! すげええええ!」

「声だけで落としたぞ、魔法か!?」

「いや、シャイニィってことは輝きで気絶したんだよ!」


 タケルの実況による誘導が上手く効いていた。実際には、スーパー・シャイニィ・シャウトの影響で周囲の建物の窓ガラスが割れまくりなのだが、観客たちはそんなことに気づかず盛り上がっている。

 地面に落ちたワイバーンは、まだピクピクと動いていた。ゆらりと頭をもたげ、最後の抵抗を試みようとする。


「グ、グガァ……」


 その目の前に、ヴァルガンがゆっくりと歩み寄った。汗に濡れた髪をかき上げ、至近距離でワイバーンを見下ろす。

 それから鏡の前で何百回と練習した、あの表情を作った。目を細め、口角を歪め、絶対的な捕食者としての余裕を見せつけるイケオジ・スマイル。


「またライブに来るならチケットを用意してやる。……地獄行きの、な」


 その笑顔を見た瞬間、ワイバーンの瞳孔が開いた。本能が理解したのだ。目の前にいるのは人間ではない、自分たち魔獣の頂点に立つ絶対的な王であると。


 ヒュッ。


 ワイバーンは恐怖のあまり気絶し、完全に動かなくなった。


「うぉー! 見てください今の笑顔! ヴァルガンの『悩殺スマイル』で、モンスターもイチコロです! ハートを撃ち抜かれちゃいましたね、物理的に!」


 タケルはここぞとばかりに煽った。

 そのタイミングで曲のアウトロが流れ始める。激しいドラムロールが鳴り響く中、ヴァルガンは気絶したワイバーンの頭の上に片足を乗せた。そして、天に向かって拳を突き上げて完璧なフィニッシュ・ポーズでキメ。


 一瞬の静寂。そして──


「うおおおおおおおおおっ!!」

「つええええええええ!」

「ヴァルガン! ヴァルガン! ヴァルガン!」


 爆発的な歓声が沸き起こった。ただの見世物扱いではない。命を救われ、圧倒的な力を見せつけられた者たちの心からの熱狂だった。

 もはや歌への評価なのか強さへの評価なのかは不明だが、この広場は間違いなく世界で一番熱いライブ会場と化していた。


「……フッ」


 ヴァルガンは歓声を浴びながら、満足げに鼻を鳴らした。そして、涙ぐみながらガッツポーズをしているタケルに向かって、小さくウインクをして見せた。今度のウインクは不気味ではなく、最高にカッコよく決まっていた。

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