22. 特等席ライブへご招待
数日後。『赤竜のあくび亭』の店先にある小さな広場は、かつてない熱気に包まれていた。店主のリザが「あの筋肉男が歌うからおいで!」と宣伝してくれたおかげで、暇を持て余した冒険者や、噂を聞きつけた野次馬たちが集まっている。
その数、およそ二十人。大規模イベントに比べれば微々たるものだが、場末のライブとしては満員御礼だ。
「いい雰囲気です! 観客の熱気も十分だし、みんないい感じに酔ってる!」
タケルは即席の舞台袖から客席を覗き、興奮気味に言った。ステージは酒樽を積み上げ、上に厚い板を渡しただけの簡素なもの。
だが、リザが店の照明用魔石を総動員してくれたおかげで、それなりに見栄えがいい。天気は快晴で、遠くからウオーン……と遠吠えらしき声が聞こえる。
(ん? 野犬かな? ……まあ、街外れなんだしこれくらい普通か)
タケルは特に気に留めることもなく、機材のスイッチを入れて最終確認を進める。
「あ、あー……うむ。喉の調子も悪くない」
魔王ヴァルガンは衣装を正し、軽く首を鳴らした。その表情に緊張の色はない、あるのは静かな闘志だけだ。
「さあ、行きましょうか! 伝説の始まりです!」
タケルが合図を出し、魔王がステージへ歩き出す。
──カンカンカンカンカンッ!!
その時、耳をつんざくような鐘の音が街中に鳴り響いた。
「警鐘だ! 敵襲警報だぞ!」
「なんだって!?」
客席の冒険者たちが色めき立つ。タケルが慌てて空を見上げると、巨大な影が光を遮っていた。
バサァッ……!
突風と共に降りてきたのは、翼長十メートルはあろうかという巨大な飛竜──ワイバーンだった。
「グオオオオオオオオッ!!」
「どわああああっ!?」
ワイバーンが咆哮を上げると、その衝撃波で広場の屋台が吹き飛び、窓ガラスが割れた。熱狂は一瞬で恐怖へと変わり、観客たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。
「うわあああ! はぐれワイバーンだ、逃げろォォォ!」
「結界の隙間から入ったのか!? 衛兵は何してんだよ!」
(ちょっと待て! まさかさっきのウオーンって声、こいつだったのか!? つーか、街外れだとこんなん出る可能性あるならそりゃ物件代安くなるわ!!)
バキィッ! ガラガラガラ……!
ワイバーンは長い尻尾を振り回すと『赤竜のあくび亭』の自慢の看板が、一撃で粉砕された。タケルたちが作ったステージの酒樽も薙ぎ払われ、木っ端微塵となる。
「ああっ……! アタシの店が!」
リザが絶叫した。彼女にとって、この店は人生そのものだ。それが今、モンスターの暴力によって蹂躙されようとしている。
「こっちだ! 避難しろ!」
駆けつけた衛兵たちが槍を構えるが、空を舞うワイバーンには届かない。魔法使い部隊の到着も遅れているようだ。このままでは店はおろか、辺り全体が壊されてしまう。
「逃げましょうヴァルガン! ここじゃ戦えません!」
タケルはヴァルガンの腕を引いた。相手は空を飛ぶ魔獣、物理最強の魔王アイドルとはいえ素手でどうにかできる相手ではないとタケルは考えていた。それに、もし本気を出して戦えば魔王だと正体がバレて討伐対象になりかねない。
ヴァルガンは動かず、逃げ惑う人々をじっと見つめていた。そこには、先日ビラを受け取ってくれた若者の姿があった。リザが必死に店の客を誘導している姿もあった。
「……タケルよ。我は誓った、『アイドル』としてこの世界を征服すると。だが、我の『信者』が害獣に食い荒らされるのを、黙って見ている趣味はない」
ヴァルガンの瞳が、ギラリと赤く光る。その身体から、かつて世界を震え上がらせた本物の魔王の殺気が溢れ出す。
「で、でも! 力を解放したら、バレちゃいますよ! 『魔王が復活しそうでヤバい』って神様に警戒されていたんですから、大変なことに……!」
「安心しろ。我にかかれば、この程度のトカゲ狩り……パフォーマンス扱いで誤魔化してやる」
「はあ!? いや無理でしょ!?」
ヴァルガンは不敵に笑った。その笑顔はタケルが今まで見た中で一番悪そうで、そして頼もしかった。
タケルのツッコミを無視して、ヴァルガンは瓦礫の山となったステージ跡地へと歩み出た。手には、奇跡的に無事だったマイクスタンドを握りしめて。
「グルル……?」
ワイバーンがヴァルガンに気づいた。自分に向かってくる小さな獲物。ワイバーンは嘲笑うように口を開け、ブレスを吐こうと息を吸い込んだ。
「おいトカゲェッ!!」
ヴァルガンの声が、マイクを通して轟いた。それはブレスの構えを強制的にキャンセルさせるほどの、強烈な音圧だ。
「我のライブの特等席が空いている、サービスで招待してやろう! チケット代は……貴様の命だ!!」
ヴァルガンはマイクスタンドを槍のように構え、ワイバーンに向かって挑発した。その背中は、もはやアイドルのそれではない。戦場に立つ、最強の戦士の姿。
しかし、その瞳には観客を楽しませるというエンターテイナーとしての狂気も宿っていた。
「……ああもう、どうにでもなれ!」
タケルは腹を括った。こうなったら最後まで付き合うしかないと考え、音響機材のスイッチを入れた。流す曲はヴァルガンと一緒に選んだ、冒険者たちのテンションを上げるのに相応しい明るく疾走感のあるロックナンバーだ。
「ライブスタート! さあ、派手にやっちゃってください!!」




