20. 魔王アイドル、発掘の予感
翌朝の『ひだまり荘』は、いつになく平和な空気に包まれていた。昨日の雨が嘘のように、窓からは爽やかな陽光が差し込んでいる。魔王ヴァルガンは上機嫌で、鼻歌(というには太すぎる重低音ハミング)交じりに、筋トレに励んでいた。
「ふむ、昨日の余韻が残っているな。筋肉も喜んでいる」
「それは何よりです。……でも、現実は厳しいですよ」
タケルはため息をついた。昨日のライブは大成功だった……精神的には。
だが、経済的には大赤字だ。機材のメンテナンス費、諸々の材料費、そして今日の食費。昨日の観客は少年とエトルだけ。当然、投げ銭もチケット代もない上に宣伝効果も皆無。
「売上ゼロ。むしろマイナス……また今日から地道にビラ配りですね。日雇いバイトも真面目に視野に入れないと……」
タケルは魔導端末を取り出す。女神からの支給金を少しずつ貯めて買った中古の安物だ。情報収集はプロデューサーの日課だが、この世界でのネットサーフィンは現代日本ほど快適ではない。
通信には微量ながら端末の魔力を消費するし、一般市民の多くは「見る専」だ。情報を発信できるのは金持ちか、魔力に余裕のある貴族や冒険者に限られる。
「どれどれ……『王都広報板』は……うーん、つまらない騎士団の求人広告ばかりだ」
タケルはよりディープな情報が集まる裏サイト『ルミナ地下掲示板』にアクセスした。ここは魔導リテラシーの高いオタクや事情通が集まる場所だ。
「……ん?」
雑談カテゴリの中に、異質なスレッドタイトルを見つけた。普段なら「ポーションの相場」や「ダンジョン攻略情報」が並ぶ場所に、場違いな文字列。
【映像記録】昨日、公園で奇妙な儀式(ライブ?)を目撃した
「……え?」
心臓が跳ねた。公園。昨日。心当たりしかない。タケルはゆっくりとスレを開いた。
1:名無しの魔導師
昨日、雨宿りで公園の近くを通ったら、とんでもないものを見ました。
土砂降りの中、パーカーを着た巨漢が熱唱し、その前で一人の男が光る棒を振って舞っていました。あまりに衝撃的だったので端末で記録しました。
興味のある方は魔力を同調させて再生してください。
[映像データ.magi]
(……撮られてたのか。あの時、動画を撮れるとしたら彼女……エトルさんだけだ)
彼女が投稿したのか? でも、アイドルオタクの彼女らしくない文章な気もするとタケルは感じていた。恐る恐る動画を再生すると、そこには豪雨の中で咆哮するヴァルガンと狂ったようにペンライトを振るタケルの姿が映っていた。
アングルは公園の入り口付近、低い位置から撮られている。そして雨の中でもブレない、プロ顔負けのカメラワーク。
問題は反応だ。掲示板に書き込むには、それなりの魔力コストがかかる。「ワロタ」の一言を書くためだけに魔力を使う物好きはそうそういない。つまり、レスがついているということは、それだけで注目されている証拠なのだが……。
2:名無しの魔導師
……なんだこれは。儀式か?
男の衣装、見たことのない様式だが……妙な威圧感がある。
ただの不審者にしては、立ち姿が洗練されすぎている。
3:名無しの魔導師
歌唱法が独特すぎる。
既存の聖歌とも、民謡とも違う。
喉だけでなく、丹田から魔力を共鳴させているのか?
荒削りだが魂を揺さぶられる響きだ。悔しいが、最後まで聴いてしまった。
4:名無しの魔導師
光る棒を振っている男の動きが滑稽だが、キレが良いな。
これは新しい舞台芸術なのか?
一度、生で見てみたい気もする。
タケルは食い入るように画面を見つめた。ネタにされているわけではない。
むしろエンタメに興味を持つ「通」な人が、ヴァルガンのパフォーマンスを真剣に分析し、評価している。魔力を使って書き込むコストを払ってまで、彼らは感想を残してくれたのだ。
5:名無しの魔導師
ギルドのお姉さんに書いて貰ってます。
昨日、僕もそこで聞いてた。
おじちゃん、すごく優しかったです。
また聞きたい。
「……あの子だ」
タケルは確信した。あの少年が、わざわざ別の誰かに頼み込んで代筆してもらったのだ。そうまでして、伝えたかったのだ。
「ヴァルガン! 見てください!」
タケルは勢いよく立ち上がり、筋トレ中のヴァルガンに魔導端末を突きつけた。
「話題になってます、昨日のライブが! ほらここ。魂を揺さぶられる、生で見たいって書かれてますよ!」
「ぬ? どれ……むう、不審者呼ばわりとは失敬な。だが、威圧感があると評価されているのは良いことだ」
「そしてこれ! あの少年からのメッセージです!」
「……ほう。律儀な小僧だ。わざわざ他人の手を借りてまで、我への忠誠を示すとはな」
ヴァルガンは満足げに頷いた。レス数はたったの五件、もっと有名な人物の公式布告板ならファンからの賛辞が数千件並ぶだろう。
だが、ここにある五件は、それぞれの意志と魔力を込めて書き込まれた、まだ何者でもないタケルとヴァルガンに向けられた想い。
「大人気とは言えません。でも……もう無名じゃない。歌を聞いて、わざわざ感想を届けてくれる人が、ここに確かにいるんです!」
細く頼りない回線だけれど、確かに繋がった双方向のコミュニケーション。これこそが、この世界にタケルが持ち込もうとしている「推し活」の萌芽だった。
「世界征服の第一段階、完了だな。タケルよ、次はどうする? この波に乗じて攻め込むか?」
「もちろんです! この掲示板に、俺も魔力を使って書き込みます! 次回のライブ告知です!」
タケルはなけなしの魔力を振り絞り、入力を始めた。
【告知】動画の関係者です。近いうちに、また歌います。場所は追って連絡します。
その一行を送信するのにタケルは軽いめまいを覚えたが、顔には満面の笑みが浮かんでいる。小さな希望の光が、ボロ家を照らしていた。




