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2. 出てきたのは魔王という名の最強アイドル

 爆弾が投下されたあとのような静寂が、路地裏を支配していた。舞い上がった土煙が晴れていくにつれ、その絶望的なシルエットが露わになる。

 優に二メートルを超えている身長。全身を覆うのは、光すら飲み込むような漆黒のフルプレートアーマー。天を突き刺すように伸びているねじれた二本の角。

 そして何より、その顔だ。褐色の肌に歴戦の傷跡が刻まれた頬、男前だが厳つい顔立ちと無精髭、深淵を覗き込むような真紅の瞳。


 アイドル? 美少女? 萌え? そんな軟弱な概念は、この男の半径五十メートル以内では即死するだろう。そこにいるのは、純度100%の暴力と恐怖の権化だった。

 タケルの脳内会議は、かつてないスピードで緊急招集をかけている。


(え、誰? 美少女は? ツインテールの魔法少女とか、クール系の歌姫とか、そういうのは? なんで筋肉ダルマのおっさんが出てくるんだよ!?)


 タケルは一つずつ確認するように、自分のスキル発動時のイメージをリプレイした。


 条件1:誰もがひれ伏す圧倒的なカリスマ。

 条件2:歌声一つで世界を支配する伝説となる存在。

 条件3:破壊的なまでのインパクト。


(……あ)


 タケルの顔から血の気が引いた。間違っていない、条件は全て満たしている。確かにアイドルというフィルターを通さなければ、それはそのまま魔王のスペックなのだ。


(さてはあのクソ女神……あいつ、召喚スキルで何か設定ミスしやがったな!?)

「グギャッ! ギャギャッ!」


 混乱するタケルが脳内整理をしていたところで、謎の声が聞こえた。そちらに目を向けると、コウモリのようなモンスターが近寄ってくるのが見えた。


(げっ!? モンスターが襲ってきたりもするってマジなのかよ! こんな街中で!?)

「ほう、結界をすり抜けた雑魚のようだな。もしや、我が居た時代より技術が衰えているのか?」


 そう言いながら、魔王はスッとモンスターに指を向け──


「消えろ」


 次の瞬間、コウモリは一瞬で炎に包まれた。断末魔をあげる時間すらなく、即座に灰となり地面にコウモリだったものが散らばっていく。その様子を見たタケルは確信した、こいつの力はシャレにならないと。


「ふむ、まだ本調子とはいかんか。……で、小僧。生贄の準備はできたのかと言ったが、聞こえなかったか?」


 魔王が一歩踏み出すとズシン、と地面が揺れた。殺気が肌を刺す。喉元にナイフを突きつけられているような圧迫感、比喩ではなく生物としての格が違いすぎる。


「あ、は、はい! 聞いております! めちゃくちゃ聞いております! ただ、えー、その……今の時代では生贄という文化が薄くなっているので、別のものにさせていただければ!」


 タケルは脊髄反射で直立不動の姿勢を取り、適当な言い訳を口にする。社畜時代に培った『理不尽な上司への対応スキル』が、まさか異世界で役立つとは。


「フン、まあいい。久方ぶりの現世だ。空気は淀み、マナは薄いが……」


 魔王──ヴァルガン・ヴォル・ディアボロスは、無精髭の浮いた顎を撫でながら、ぐるりと周囲を見渡した。


「貴様が我を呼んだということは、世界は再び混沌を求めているということだな? 平和ボケした人間どもに、真の『王』が必要になったと」


 ヴァルガンが右手を無造作に掲げると、その掌に黒い炎が渦を巻いた。最初は拳大だった炎は瞬く間に膨れ上がり、バスケットボール大……いや、バランスボールほどの巨大な火球へと成長した。

 その熱さに路地裏の湿った空気が一瞬で乾燥し、タケルの髪がチリチリと焦げる匂いがする。


「時は満ちた。震えて眠れ。これより、粛清と支配を再開する」

(待て待て待て! これで戦争とか始まったらアイドルどころじゃない! ていうか俺が死ぬ! 女神が言ってた『魔王復活の危機』って、俺が犯人じゃねーか!!)


 魔王は挨拶代わりとでも言うように、攻撃魔法を街へ放とうとしている。このままでは、異世界にやってきて数分で人類滅亡のきっかけを作った戦犯となってしまう。だが、勇者として世界を救済しろと言われても、さっきの力を見る限りこんなの相手に勝ち目なんてゼロだ。

 止めなければならない。だが、どうやって? 魔法も使えない、剣も持っていないただのドルオタが、この破壊の化身を?

 ──いや、武器ならある!


「おおおおお待ちください魔王様ァァァッ!!」


 タケルは裏返った声で叫び、ヴァルガンの足元にスライディング土下座をかました。あまりの勢いに、ヴァルガンがピタリと動きを止める。


「なんだ、命乞いか? つまらんな、まず貴様から──」

「いいえ違います、魔王様! そのやり方は、もう! 古いんですッ!!」

「……古い、だと?」


 ヴァルガンの眉がピクリと動き、掌の上の火球がわずかに揺らぐ。タケルは顔を上げ、脂汗を垂れ流しながら必死に言葉を紡いだ。


「は、はい! いきなり暴力で焼き払うなんて、今のトレンドじゃありません! それは昭和……いえ、古代のやり方です! コスパが悪すぎます!」

「こすぱ……?」

「効率です! 考えてもみてください、街を焼けば復興に時間がかかります。人間を殺せば、支配する対象がいなくなります。瓦礫の山で王になっても、誰も税金を……いえ、貢物を納めてくれませんよ!?」


 タケルはオタク特有の早口詠唱でまくし立てながら、いかにこの場を乗り切るかという一点のみに脳みそをフル稼働させて時間を稼ぐ。


「賢明なる魔王様なら、もっと効率的に! スマートに! 民衆の『心』そのものを奪う方法を選ぶべきです! 滅ぼしてやると脅すのではなく、魂を支配するのです!」

「魂を、支配する……」


 ヴァルガンが火球を握りつぶし、消滅させる。興味を持った証拠だ、第一関門はなんとか突破できたとタケルは安堵する。世界即滅亡コース、回避成功。


(そうだ、こいつは『王』なんだ。単なる殺戮マシーンじゃない、支配者としてのプライドと知性があるはず。そこをくすぐる!)

「肉体を傷つければ、人間は反抗します。しかし、心を奪ってしまえば……彼らは自ら進んで貴方に膝をつき、貴方の名を叫び、貴方のために惜しまず努力し続けることでしょう。これこそが究極の『世界征服』ではありませんか!?」


 タケルは両手を広げ、熱弁を振るう。それはかつて、自分が推しのために給料の全てを捧げた心理そのものの解説だった。


「ふむ……力に頼らず、愚民どもを心服させる、か。悪くない響きだ」


 ヴァルガンは腕を組み、ニヤリと笑った。どうやら究極の世界征服というワードが刺さったらしい。


「だが小僧。そのような魔法ごときで、脆弱な人間の心を永劫に縛れるとは思えんが?」

「魔法ではありません! 『アイドル』という最高のエンターテインメントです! 効率的に心を奪う方法を、俺は知っています!」


 タケルは立ち上がり、魔王の背中を押す。さっきの火球で鎧に熱が伝わっていたらしく、触れた時に火傷しそうになった。


「あちち……百聞は一見にしかず。この時代の支配者たちが何をしているか、お見せしましょう。さあ、こちらへ!」


 タケルは魔王を路地裏から大通りへと誘導した。幸い、今の魔王の姿は遠目には趣味の悪い冒険者という扱い……いや、存在するだけで圧と殺気を撒き散らしているが、指摘するのを恐れてか周りの人々は遠巻きに見ている。


 大通りに出ると、そこは光と音に溢れていた。広場中央の塔に貼られた、巨大な水晶のスクリーン──『魔導ビジョン』の元へと二人は辿り着く。


「……なんだ、あの光る板は。監視の魔眼か?」

「あれこそが、世界征服の肝となる装置です。見てください」


 タケルが指差した先、魔導ビジョンには一人の少女が映し出された。

 金髪のロングヘアに宝石のような碧眼。ミニスカートとロングスカートを組み合わせたアシンメトリーデザインの純白ドレスは、凝った模様のレースとボリュームあるフリルで愛らしさと華やかさを両立。満面の笑みを浮かべた彼女が歌い出すと、映像越しでもわかるほどの膨大なエネルギーが花吹雪のようなエフェクトとなって画面を彩った。


『──今日も来てくれてありがとう! 終わらない夢、一緒に見ようねっ!』


 少女の声は可憐でありながら力強く、聴く者の鼓膜ではなく心臓を直接叩くような響きを持っていた。画面に映る観客席──数万人の人々が一糸乱れぬ動きで色のついた棒を振り、テンション最高潮で叫んでいる。


「……ほう」


 ヴァルガンは顎に手を当て、画面の中の少女を分析するように見つめる。魔王としての感覚が、画面の向こうから伝わる異様なエネルギーを察知したのだ。


「あの女……魔法を使っているな? だが、攻撃魔法ではない。広範囲に及ぶ精神干渉……いや、環境そのものを味方につける『支配』の波動を感じる」


 タケルはゴクリと唾を飲み込む。やはり、魔王にはわかるのだ。タケル自身はこの世界に来たばかりで、あの少女のことを知らない。だが、この圧倒的なパフォーマンスは間違いなくトップのそれだ。異世界転移する前にルミナスが見せてくれた映像とは比べ物にならないほどクオリティが高い。

 タケルは近くにいた通行人の若者──片手に魔導端末を持った軽薄そうな男──に声をかけた。


「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが」

「あ? なんだよ急に……ひっ!?」


 若者は振り返り、タケルの背後に立つ巨塔のような魔王を見て悲鳴を上げかけた。タケルは慌てて「あ、この人は冒険者なので! 気にしないでください!」と適当な嘘をつき、話を続ける。


「あのビジョンに映っている人……彼女は誰なんですか?」

「はぁ? お前、田舎から出てきたばかりなのか?」


 若者は呆れたように、しかしどこか誇らしげに鼻を鳴らした。


「あれは、ステラちゃんに決まってんだろ! このルミナ・シティ……いや、世界最強の歌姫だぞ!」

「世界、最強……」

「そうだとも! 『天上の歌姫』ステラ! 去年のドームライブはチケット即完売、彼女が微笑めば争いが止まり、歌えば砂漠に花が咲くって言われているんだ。俺たちにとって、彼女こそが光であり正義なんだよ!」


 若者は熱っぽく語ると「今日の新曲、最高だぜ……」と呟きながら去っていく。タケルは確信した。ステラ……彼女こそが、この世界におけるアイドルのトップオブトップ。

 タケルは振り返り、魔王を見上げた。ヴァルガンは無言でスクリーンを見つめている。その表情は先ほどよりも真剣さを増し、敵の力量を把握しようとする戦士のそれに変わっていた。


「……見ましたか、魔王様。あれこそが現代における支配の象徴、『アイドル』です」


 タケルは魔王の耳元で、悪魔のように囁いた。

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