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18. 雨上がりに響くもう一つの拍手

 雨上がりの公園は、茜色に染まっていた。少年が去ったあとの静寂の中、タケルと魔王ヴァルガンは、やりきった顔で互いを見合っていた。


「さて、片付けましょうか。機材も濡れちゃったし、メンテしないと」

「うむ。心地よい疲労だ」


 パチ、パチ、パチ……。


「──ブラボー。とっても素敵なライブでした」


 声と共に、ゆっくりとした品のある拍手の音が響いた。タケルとヴァルガンはハッとして振り返る。公園のベンチ近くにある大きな木の根元から、一人の少女が歩み出てきた。

 傘を差し、ニット帽を被った少女。年齢は十六、七歳くらいだろうか。大きな黒縁の丸眼鏡をかけ、口元は優雅な弧を描いている。髪はローツインテールでまとめており、着ているのは地味で落ち着いた色合いの服装。だが、歩き方一つとってもどこか洗練された雰囲気が漂っていた。


「えっ、見てたんですか!? この土砂降りの中!?」


 タケルは驚愕した。あの少年以外にも、この大雨の中で足を止め、最後まで見ていた人がいたなんて。少女はクスクスと笑いながら言葉を続ける。


「はい。私、この街のアイドルチェックは欠かさないことにしてるんです。新人発掘が趣味でして。まさか、こんな雨の中で歌うクレイジーな方たちがいるとは思いませんでしたけど」

「クレイジー……まあ、否定はできませんね」


 タケルは苦笑いした。確かに、客観的に見れば狂気の沙汰だ。ヴァルガンは目を細め、少女をじっと見据えた。その眼光には、僅かな警戒心が宿っている。


「……貴様、何者だ?」


 ヴァルガンの声が低くなる。

 ただの村娘ではないと、魔王としての勘が告げていた。雨音に紛れて気配を完全に消していた点といい、魔王の圧を前にしても全く動じていない点といい只者ではない。少女は眼鏡の位置を直し、人懐っこい笑みを浮かべた。


「ふふっ、ただのアイドル好きですよ。名前はエトルって言います。以後、お見知り置きを」


 エトルと名乗った少女は、水たまりを軽やかに避けながら、ヴァルガンの目の前まで近づいてきた。すると、まるで博物館の展示品を品定めするかのように、まじまじと魔王を観察し始める。


「ふむふむ……。近くで見ると、さらに迫力がありますね。その筋肉、傷跡、そしてこの空気感……」

「おい、あまりジロジロ見るでない」


 ヴァルガンが顔をしかめるが、エトルは止まらない。


「貴方の歌、聞かせてもらいましたけど……ハッキリ言って、技術はまだ粗削りですね。発声に力が入りすぎているし、ビブラートの波も安定していない」


 辛辣な評価だ。タケルが「うっ」と胸を押さえる。だが、彼女は続けて言った。


「でも……『コア』がすごいです」

「核、だと?」

「ええ。今の流行りのキラキラした雰囲気とは真逆です。泥臭くて、重くて、痛々しい。……でも、だからこそ魅力的」


 エトルはヴァルガンの胸を指差しながら、話を続ける。


「魂の底から絞り出すような叫び。綺麗事じゃない感情の奔流。これは、この街に『新しい風』を吹かせるかもしれませんね」

「……!」


 タケルは目を見開いた。その言葉は、ヴァルガンに見出した可能性そのもの。思わず興奮し、エトルに詰め寄る。


「わかります!? ですよね! 彼の魅力はそこなんですよ! ステラちゃんのような太陽もいいけど、彼のような『夜』も必要なんです! 闇があるからこそ光が輝くように、彼のような存在がいてこそ、アイドル界に深みが生まれるんです!」

「熱いプロデューサーさんですね。その解釈、嫌いじゃないですよ。アイドルって色んな味があるからこそ、たくさん推したくなるんですよね」

「でしょ!? いやー、わかってるなぁ! エトルさん、お目が高い! まさかここまで理解あるアイドル好きがいるなんて!」

「この街って、アイドルを楽しむ文化がまだあんまり根付いてない感じがあるんですよ。私もこんなふうに話せる人、ほとんど居なくて」


 タケルとエトルは、オタク特有の早口で盛り上がり始めた。ヴァルガンは二人の間で、完全に置いてけぼりになってしまう。


「……おい。我を無視して盛り上がるな」

「あ、ごめんなさい。つい話に花が咲いちゃいました」


 エトルは一歩下がり、改めて二人に向き直った。彼女はニッコリと微笑む。


「頑張ってくださいね、新人アイドルのヴァルガンさん。そして、プロデューサーさん。今日のライブ、本当に感動しました。貴方たちがこれからどんな物語を紡いでいくのか、一人のファンとして楽しみにしています」

「ありがとうございます! 絶対に売れてみせますよ!」

「ええ。いつか、もっと大きなステージで会えるのを楽しみにしてます。では、また」


 エトルは手を振り、軽やかな足取りで公園の出口へと去っていった。雨上がりの濡れた石畳を歩く彼女の後ろ姿は、どこか浮世離れしていて幻想的ですらあった。ヴァルガンは、彼女が消えた方向をじっと睨んでいた。


「……あやつの気配、どこかで感じたことがあるような……」

「え? 知り合いですか?」

「いや……記憶にはない。だが、ただの小娘ではないな」


 ヴァルガンは自分の掌を見つめた。エトルが近づいた時に、肌がピリつく感覚を覚えていた。あれは、強大な魔力を持つ者同士が接近した時に生じる共鳴に近い。


「底知れぬ魔力を隠しておった。……我と同格か、それ以上の」

「またまた〜。考えすぎですって魔王様」


 タケルは笑って機材を担ぎ上げた。


「ただの熱心なドルオタですよ。それに、この世界は魔法を使える人もたくさんいるじゃないですか。だから、魔力が高くても不思議じゃないでしょう」

「……ふむ。そうかもしれんな」


 ヴァルガンは警戒を解いたが、心の片隅に違和感は残ったままだった。あの少女の瞳。奥底に秘められた揺るぎない自信と、何かを探求するような渇望。


 あれは、獲物を狙う強者の目だ。


 *


「……ふふっ、面白くなりそう」


 公園を出て、路地裏を歩くエトル。彼女は小さく笑い、ポケットから魔導端末を取り出した。画面には、先ほどのライブの隠し撮り映像が映っている。雨の中で歌い続けるヴァルガンと、泣き叫ぶタケル。


「ちょっとだけ、お手伝いさせてもらっちゃおうかな」


 そのまま魔導端末の番号を押し、どこかに電話をかける。数回のコールが鳴ったあと、誰かに繋がった。


「あ、もしもし? ごめんね、急に。相談したいことがあって~……」


 親しい相手に電話しているのか、エトルの雰囲気はタケルたちと会話していた時より少し崩したものになっていた。


「面白い新人アイドルさんがいたの。よかったら、その人たちの話題を広める『何か』を投下してくれない? やり方は任せるけど、作為的になりすぎない感じで」


 相手の話を聞き、うんうんと頷いたエトルは満足そうに微笑む。


「うん、そう。あくまで彼ら自身で立ち上がるのが大事だから、今回以外の後押しはいらない。あとで動画を送るけど……きっと面白いって思うよ、この人たちのこと。じゃ、よろしくね」


 そう言って通話を切ると彼女は端末をしまい、路地裏の奥へと消えていった。

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