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13. ググれない時に役立つ情報源、それは本

 翌日のボロ家『ひだまり荘』、目覚めたばかりの魔王ヴァルガンがシャワーを浴びている隙を見計らってタケルは行動を開始した。


「……よし、今しかない」


 タケルは部屋の隅で正座し、精神を統一。脳内で呼びかける相手はもちろん、女神ルミナスだ。


(おいルミナス! 起きろ! 緊急会議だ!)

『……ちょっと、何よタケル。今、神界の定例会議中なの。真面目に参加してるフリで点数稼ぎしなきゃいけないんですけど』

(フリならどうせ暇だろ、付き合え! 情報が欲しいんだ。この世界の音楽や文化、歴史についての詳細なデータが!)


 タケルは単刀直入に切り出した。

 先日のカバー曲での失敗、原因は選曲ミスだ。ヴァルガンの声質やキャラに合っていない曲を選んでしまったこと、そして何より「この世界の住人が何を求めているか」を肌感覚で理解していなかったことが敗因。

 ギャップ萌えやネタバズといった現代日本の常識をそのまま持ち込んでも通用しない。ならば、この世界の文脈に沿った戦略を立て直す必要がある。


『えー、まさか一々教えろっていうの? それくらいググりなさいよ』

(ググれないから頼んでるんだろ! お前はこの世界に勇者を呼び出せる立場なんだから、データベースくらい持ってるはずだ!)

『いや、持ってはいるんだけどさ。直接頭にインストールすると脳の負荷がヤバすぎて、最悪の場合廃人になっちゃうのよね』


 ルミナスがさらっと怖いことを言う。


『だから、アナログな方法で行きなさい。王立図書館へGOよ』

(図書館?)

『そ。あそこにはこの世界のあらゆる知識が集まっているわ。音楽関係の資料も山ほどあるし、視聴覚室もあるから過去の音源も聴き放題よ。……あ、そろそろ私が報告する番だから切るわね。それじゃ』


 プツン、とルミナスのウィンドウが消える。なるほど、とタケルは膝を打った。ネットがないなら図書館に行く。現代日本にも通ずる、情報集めの基本だ。


(ただ、魔王様を連れて行くわけにはいかないんだよなぁ……)


 ヴァルガンは長い封印から目覚めたというのもあってまだ知識が疎く、タケルがこの世界の事情に詳しくないことはなんとかバレずに誤魔化せている。

 だが、図書館でイチから勉強している姿を見られれば「こいつ実は何も知らないのでは?」とバレかねない。それに、魔王のような目立つ存在を図書館に連れて行けば、静寂を愛する司書たちとトラブルになるのは目に見えている。


 ガチャリ。

 浴室のドアが開き、ヴァルガンが出てきた。濡れた髪をかき上げ、ムキムキに鍛えられた身体を見せつけている。が、腰に巻いているのが猫ちゃんプリントバスタオル(女神衣装チケットのハズレ)のせいでシュールだ。


「ふう……む? 軍師よ、何をしておる」

「あ、魔王様! 実はですね、今後の作戦についてご相談が。俺はこれから、極秘の情報収集に向かいます。トレンドを知り、己を知れば百戦危うからず。次なる楽曲の選定のため、古今の文献を漁ってきます」

「ほう。ならば我も同行しよう、調査ならば数がいた方がいいだろう」

「い、いえ! これは隠密行動です!」


 ここで同行されては困るので、タケルは必死に止めた。ヴァルガンが納得する理屈になるよう、慎重に言いくるめて誘導していく。


「えーと……そう、魔王様のその覇気は隠しきれません。図書館のような静かな場所に行けば、その存在感だけで本棚が倒壊するかも! なので、今回は別行動でお願いします」

「……ふむ。確かに、我の覇気は繊細な書物には毒かもしれんな。よかろう。では我は留守番をしつつ、筋トレに励むとしよう。良い報告を期待しているぞ」

「はい! 必ずや勝利への鍵を持ち帰ります!」


 *


 王立図書館は、ルミナ・シティの一等地にそびえ立つ巨大なドーム状の建造物だった。内部は吹き抜けになっており、螺旋階段に沿って天井まで届く本棚が並んでいる。空気は静謐で、紙とインクの匂いが漂っていた。タケルは中へと入──


「お待ちください、お客様。受付はお済みですか?」


 ──ろうとしたところで、司書らしき受付の女性に声をかけられた。そのまま素通りできたらいいなとタケルは考えていたが、流石にそうはいかないようだ。


「あー……すみません。初利用なので、よくわかってなくて」

「いえ、お気になさらず。では、住民票の提示をお願いします。ルミナ・シティの住民であれば無料で利用できる施設となっておりますので」

(じゅう……みん……ひょう……?)


 この世界に転移してきた日本人と、封印されていた魔王。当然、ルミナ・シティの住民票など持っているわけがない。

 住まいはルミナスに用意してもらったものだし、そもそもタケルはこの街のどこにそういった手続きをする役所があるのかすら知らない。


「……うっかり住民票忘れてきちゃったみたいで。」

「では、今回はゲスト利用という扱いになります。入館料として千ルマお支払いください」

「せっ……!? えっ、た、高くないですか!?」

「ルミナ・シティ住民の方が快適に図書館を利用するためです。他の街から来た冒険者が、休憩所代わりに図書館を占拠しようとしたケースもありまして……。無用なトラブルを避ける予防措置のためにも入館料をいただいております」


 千ルマ、一日に支給される金額の五分の一。ただでさえ色んな準備で出費が必要になるタイミングなのに、この金額がドンと乗っかってくるとさらに厳しくなる。


(うぐぐ、一旦帰るか……!? いや、帰ったところで状況は変わらない……他に情報をちゃんと調べる選択肢はないんだし……)


 タケルは他の方法がないかあれこれ考えてみるが、思い浮かばなかった。

 ルミナスに断られたばかりだし、この世界で誰かに教えてもらおうにもそんな候補がいない。それに、人づてだと「その人の知識」でしかないので、文化としての正しい背景や情報が抜け落ちる危険性もある。


(……これは投資、魔王様を輝かせるための必要経費! この金は俺の食費を削って出せばいい。俺の判断が甘かったせいで失敗した分を取り戻すんだ!)

「わかりました、入館手続きしてもらえますか」

「かしこまりました。このゲスト利用書に必要事項を記入し、千ルマお支払いください」


 タケルは心の中で血の涙を流しながら受付を済ませ、中へと入った。案内板を見ながら「音楽・芸能」のコーナーへ向かう。


「すごい……。これ全部、音楽に関する資料か」


 そこには楽譜、音楽理論書、歴史書、そして大量の魔導レコード──音楽情報を記録した円盤が並んでいた。


(こういうところで調べるなら、まずは総合的な歴史書から~……っと)


 指を差しながら一つずつタイトルを確認し、良さそうな歴史書を手に取った。


『ルミナ・シティ音楽史 〜吟遊詩人からアイドルまで〜』


 ページをめくる。そこには、この世界のエンタメの変遷が記されていた。


 ──かつて、音楽とは「祈り」であり「伝承」だった。

 教会で歌われる聖歌、旅の吟遊詩人が語る英雄譚。それらが主流であり音楽家は神や王に仕える者という認識が強かった。大きな変化が起きたのは、ここ十年ほどのことだ。


「……魔導技術の発達により、貴族や上流階級の娯楽に留まらなくなった。一般市民も『魔導ビジョン』や『魔導レコード』を楽しめるようになり、それに伴って大衆娯楽としての『歌姫』や『アイドル』が台頭し始めた……か」


 つまり、この世界のアイドル文化はまだ黎明期。歴史にして十年、日本で言えば昭和のアイドルブーム初期……あるいはそれ以前の段階だ。

 だからこそ、ステラのような「完成されたアイドル」が現れた時の衝撃は凄まじかったのだろう。彼女は、未熟だったこの世界のエンタメ界に、いきなり未来のスタンダードを持ち込んだようなものだ。トップと認められるのも頷ける。


「……なるほどな。土壌はできつつあるが、まだジャンルが少ないと」


 タケルは次に、魔導レコードの棚へ向かった。そこには過去にヒットした曲や、伝統的な民謡などが保存されている。まずは、ここ数年のヒットチャートを確認。ステラは特異な存在なので除外し、他をチェックしてみることにした。

 教会による讃美歌をモチーフとしたキラキラ宗教系ポップス。騎士団音楽隊による勇壮なマーチ。他は恋愛をテーマにしたフォークソングのようなものが多い。


 タケルは眉をひそめた。ジャンルとしては悪くはないが、ヴァルガンの声には合わない。あの渋さと厚みを感じさせる響き。それを活かすには、もっと……魂を揺さぶるような「深さ」が必要だ。


「……もっと古い時代の曲はどうだ?」


 タケルは棚の奥にある埃をかぶった古いレコード、古典・民族音楽集のコーナーへ目を向けた。その中にあった『北の国・荒野の挽歌』を手に取り、針を落として再生。


 ザザッ……ザザザッ……。

 ノイズ混じりの音。そこから流れてきたのは──


 男たちの野太い合唱。歌詞は古語でよく分からないが、過酷な自然の中で生きる男たちの労働歌か、あるいは戦いの前の歌のようだ。力強く、そしてどこか哀しい。


「……これだ」


 タケルの背筋がゾクリとした。この曲調、魂の叫び。こういった方向性なら、ヴァルガンの声質と完璧にマッチする。

 さらに、同じ列にあった別のレコードも試しに聞いてみる。『酒場のバラード集』、失恋した男が酒をあおりながら歌うようなブルースに近い曲調。ピアノやギターで弾き語りするように歌うスタイルだ。


「なるほど……この世界の古い音楽には、あの声と親和性の高いジャンルが眠っているな」


 タケルは確信した。流行りのキラキラポップスを追いかける必要はない。むしろ、忘れ去られようとしている「古い魂の歌」を活かすべきだ。

 名曲であれば何かしらの形でカバーされており、観客から見て「昔よく聞いた懐かしい曲」と認識してもらえる可能性もある。これこそが、魔王ヴァルガンという存在を輝かせる道だ。


「……よし、方針は決まった!」


 タケルは片っ端からレコードを聞き、ノートに猛スピードでメモを取る。曲の印象、ヴァルガンとの相性の良さ、カバーされた履歴の有無……知識という名の武器を、脳に叩き込んでいく。


 *


 夕方、図書館の閉館まで粘ったタケルがひだまり荘に戻ると、部屋の中からは「ヌンッ!」という気合の入った声と、ミシミシと床が軋む音が聞こえてきた。ドアを開けると、ヴァルガンが逆立ちで腕立て伏せをしていた。指一本で。


「む、ようやく帰ったか軍師。成果はどうだ?」

「バッチリです! 次のライブまでに詳細を詰めるので、楽しみにしていてください! あ、夕飯も買ってきたので作りますね」

「気が利くではないか。今日は肉と……ん、なぜパンの耳が入っているのだ?」

「実は最近、俺の中でパンブームが来てるんですよ。なので、俺はしばらくこれを食べるつもりです! もちろん、魔王様はいつもの食事なのでご心配なく」


 ヴァルガンに気を遣わせないため、食費を浮かせた理由を誤魔化すタケル。

 しばらくパンの耳生活なのは悲しいが、次のライブに向けた道は見えている。これは勝利のための食事、そうタケルは受け止め満面の笑みで親指を立てる。その自信に溢れた表情を見て、ヴァルガンは少しだけ微笑んだ。

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