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6. 暴かれてしまった強がりと嘘

 スイレイ郷の夜は、漆黒の闇と静寂に包まれていた。

 ルミナ・シティの魔石灯のような明かりはなく、頼りになるのは空に浮かぶ月と星の光だけだ。時折、風が木々を揺らす音が静けさを際立たせている。


「うわ、歩きづれえ……ヴァルガン、足元に気をつけろよ」

「我は暗闇だろうと見通せるから問題ない。自分のことを心配しろ」


 タケルとヴァルガンは村人たちが寝静まったのを見計らい、こっそりと領主の館を抜け出していた。目指すは村の奥、鬱蒼とした森を抜けた山頂にある神域だ。


(この前の神託が、リンファの願望が生み出したものだとしたら……事態は一刻を争う)


 もし龍神様がこの村を見捨てているのだとすれば、結界の綻びも土地の枯渇も悪化する一方だ。村人たちが「祈って待つ」だけでは、いずれ滅びる。

 何より、たった一人で嘘の神託を抱え込んで結界を維持し続けているリンファの心。それがいつか、折れてしまう日が来てしまう。


(プロデューサーとして、この村の領主代行として……絶対に本当の原因を突き止めてやる!)


 息を切らしながら登り続けると、森の木々が途切れて開けた場所に出た。

 月光に照らされた石段の先に、荘厳だがどこか色褪せた朱塗りの柱が見えてきた。その奥には、深い闇に沈む社殿がひっそりと佇んでいる。


「それっぽいものが増えてきたし、もうすぐ神域かな……?」


 タケルがホッと息を吐いた、その時。


「──やっぱり来た」


 静寂を切り裂くように、冷ややかな声が響いた。

 ギクリと反応してその方向を見ると、影から二つの人影が歩み出てきた。一人はリンファ、もう一人は気まずそうに頭をかく駐在騎士レオナルドだった。


「リンファ!? それに、レオナルドさんも!?」

「……お前たちが怪しいから見張るって聞かなくてな。放置するわけにもいかないし、護衛として付き合っていたんだ」


 やれやれといった様子で肩をすくめるレオナルド。一方、リンファの眼差しは鋭く、タケルたちを射抜いていた。


「前に言ったはずだけど? 神域に部外者は立ち入り禁止だって」


 リンファは立ち塞がり、両手を広げて通せんぼをする。

 その細い体で、絶対にここを通さないという強固な意志の壁を築いていた。


「帰って。あんたたちの遊びに、龍神様を巻き込まないで」

「遊びじゃないって何度も言ってるだろ。俺たちは本気で──」

「この村をなんとかするなんて、よそ者のあんたたちにできるわけない」


 タケルの言葉を遮り、リンファは言葉を続ける。

 まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。


「龍神様がこの郷を見守ってくださってる、あたしたちは祈って待っていればいい。『時が来れば恵みは戻る』って仰ったんだから」

「……」


 その言葉を聞いて、タケルは確信した。

 彼女の声音に混じる微かな震え。痛々しいまでの強がりがあることを。


「……その言葉。前に聞いた神託は、本当に龍神様が言ったものなのか?」

「え……?」


 タケルは一歩、近づきながら問いかけた。

 彼女の瞳を真っ直ぐに見据えて静かに、力強く。対するリンファの顔が一瞬だけ強張った。図星を突かれた人間の無防備な反応。


「……何が言いたいの? 龍神様のお言葉を疑うっていうの!?」

「疑ってるんじゃない。俺は、本当のことを知りたいんだ」


 さらにリンファに向かって一歩踏み出し、逃げ道を塞ぐように問い詰める。


「怒ってるわけじゃないんだ。でも、嘘をついたままじゃ、この村は変わらない」

「嘘なんかじゃない!」

「じゃあ、なんで東の池なんて存在しない場所で祈れなんて言ったんだ? あれは、ただの『時間稼ぎ』じゃないのか?」


 タケルの言葉が、リンファの急所を抉る。

 それまで目を逸らしてきた事実を突きつけるように。


「龍神様は、この村をなんとかするつもりなんてない。『もう何もしない』とか、『どこかへ行け』とか、そういう拒絶をされたんじゃ──」

「……ッ!」


 パァンッ!!


 乾いた音が、夜の森に響き渡った。

 リンファの右手が、タケルの頬を思い切り平手打ちしたのだ。


「……ッ」

「貴様……!」


 タケルは顔を横に向けたまま、痛みで顔をしかめる。後ろで見ていたヴァルガンの瞳が怒りに染まり、強烈な殺気が膨れ上がっていく。

 だが、タケルは無言で右手を挙げてヴァルガンを制止した。


「……手を出すな、ヴァルガン」


 絶対にするなという強い意志が込められた言葉。

 ヴァルガンは舌打ちをして殺気を収めた。

 リンファはタケルを叩いてしまった右手を見つめ、ハッと息を呑む。


「あ、あたし……」


 感情的になって手を出した。

 つまり、冷静さを失うほど図星を突かれたということ。自分の言葉が嘘であることを、自ら肯定してしまったのだと気づいたのだ。


「……」


 タケルは叩かれた頬を押さえながらも、何も言わず、ただリンファの言葉を待った。責めるでもなく、怒るでもない。その真っ直ぐな視線に耐えきれなかった彼女は、顔を背けて俯く。


「……あんたたちに、何がわかるの……」


 彼女の瞳から、ポロポロと涙が溢れ出した。

 祖母が亡くなり。両親が村を去り。たった一人で「龍神様は見捨てていない」という希望だけを支えに役目をこなしてきた少女。そのギリギリの強がりを、タケルに暴かれてしまったのだ。


「勝手に、すれば……」


 リンファは反論する気力も失い、ただ顔を伏せてタケルたちに道を譲るしかなかった。彼女の小さな肩が震え続けている。


「今日のことは見なかったことにしておこう。……行くぞ、リンファ」


 レオナルドは泣いているリンファの背中を優しく押し、村の方へと降りていった。立ち去る彼らの背中を見送り、見えなくなったところで──タケルはズキズキと痛む頬をさすった。


「っつぁ~……! いってぇ! 堪えたのめっちゃ偉いぞ俺!」

「フン。無駄に傷を負うとは、甘い男だ」

「うるさいな。こうやって耐えるのもプロデューサーの仕事なんだよ」



 やがて二人は、山頂にある『龍神の社』に辿り着いた。

 朱塗りの巨大な門の奥には神聖な気を放つ強固な結界が張られており、淡い光の壁となって二人の行く手を阻んでいる。


「魔獣避けではなく、部外者を拒む結界か。複雑な術式で、中々の強度だが……」


 ヴァルガンは結界の前に立ち、腕を組んで不敵に笑った。

 何か詠唱しながら右手に魔力を込め、結界の壁に軽く触れた瞬間。


 パリィンッ……!!

 ガラスが砕け散るような音と共に、何百年も神域を守ってきたはずの強固な結界がいとも簡単に弾け飛んだ。魔王の圧倒的な魔力の前では、紙切れ同然。


「行くぞ。神とやらの顔を拝んでやろうではないか」

「……俺らって毎回、パワープレイでゴリ押ししてる気がする」


 二人は石段を登り、社殿の内部へと足を踏み入れた。

 内部はリンファが一人で懸命に清掃している形跡──床が掃き清められていたり、新しい供え物がある。ただ、一人では手入れが追いつかないのだろう。掃除できておらず、埃が溜まっている箇所もある。

 かつては壮麗だったであろう神殿も今はどこか寂れ、荒廃した悲しげな雰囲気を漂わせている。それが龍神の力が弱まっていることの何よりの証拠だった。


 そして、最奥の祭壇に辿り着いた。

 僅かに差し込む月明かりだけが頼りの薄暗い空間。


「……そこに誰かおるのか?」


 タケルが目を凝らすと、祭壇の奥に一つの影が座しているのが見えた。

 静かで腹の底に響くような、深みと渋みある声が聞こえる。


「儂に何用だ」


 そこに居たのは五十代ほどの印象を受ける、顎髭を蓄えた男。鮮やかな蒼に白髪が混ざり、グラデーションに見える髪を後ろで無造作に束ね、頭には立派な二本の龍の角が生えている。

 アジアンな雰囲気漂う深い蒼色の装束には、銀糸で龍の刺繍が施されている。だが、だらしなく着崩しているためギャップが激しい。その隙間からは筋肉質な身体が見える。目鼻立ちがくっきりとした男前。だがその顔には悲しみを色濃く漂わせ、気だるげに片膝を立てて座っている。


「貴方が……龍神様……?」

「いかにも。儂は龍神ハクロウ。……で、神域の静寂を破ってまでどうした? もう、儂には何か与える力など残っておらんぞ」


 村人たちが崇め、リンファが隠し続けてきた龍神の本当の姿。

 神々しいオーラも輝きもない。


 そこには、すべてに疲れ果てた男が一人いるだけだった。

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