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4. ド田舎開拓ドキュメンタリー、撮影開始!

「よーし、カメラ回すぞ! ヴァルガン、準備はいいか?」


 翌朝。タケルは意気揚々と魔導カメラを構え、スイレイ郷の外れにある荒れ地。かつては豊かな畑だったという場所に立っていた。


「フン、準備など不要だ。この程度の土、すぐ平らにしてくれるわ」


 いつものパーカーの上に、どこから調達してきたのかエプロン代わりの前掛けを身に着けたヴァルガンが、腕を組んで不敵に笑う。

 タケルはレンズ越しにその姿を捉え、実況を始めた。


「はい、始まりました! 『突撃! RE:Genesis辺境開拓日誌~スイレイ郷編~』のお時間です。今回は、この荒れ地を我らが筋肉アイドル・ヴァルガンが自らの手で耕し、村に緑を取り戻す第一歩をお届けします!」


 テンション高く声を張り上げ、撮影を進めるタケル。

 画面の端に、レオナルドが「本当にやるのかよ……」と言いたげな呆れ顔で掃除しているのが映り込んだ。


「まずは、このカチカチに固まった土を耕す必要があります。さあ、ヴァルガン! 鍬を使っていっちょ頼むぞ」

「王たる我が農具なんぞに頼るわけがなかろう」

「は? いや、農作業なんだから鍬くらい……」


 タケルのツッコミは無視。そのままヴァルガンは深く息を吸い込み、腰を落として右拳を固く握りしめた。その瞬間、周囲の空気がビリビリと震え、赤い魔力のオーラが広がり始める。


「我の拳こそ、最強の開拓道具ツールよ!」

「ちょっと待っ──」

「覇王開拓撃ィィィッ!!」


 ドゴォォォォォォォォンンンッ!!!!


 ヴァルガンは大地に向かって正拳突きを放った。その瞬間、凄まじい轟音と共に土煙が天高く舞い上がる。衝撃波が放射状に広がる。カチカチだった土が、まるでミキサーにかけられたように細かく粉砕されていく。

 さらに、畑の真ん中に陣取っていた巨大な岩がヴァルガンの拳圧で宙を舞い、遥か彼方の山肌へと弾き飛ばされていった。


「どわああああああああっ!?」


 タケルは爆風に吹き飛ばされそうになりながら、必死にカメラを庇った。

 土煙が晴れた後、そこには——耕された畑というよりは、隕石が落ちた後のような巨大なクレーター群が広がっていた。


「馬鹿! やりすぎて畑がクレーターになってるぞ!? 種まきにならんわ!」

「硬い土はすべて柔らかくほぐしてやったぞ。礼には及ばん」

「ほぐすどころか地形が変わってんだよ!!」


 涙目でツッコミを入れていると、凄まじい音を聞きつけた村人たちがわらわらと集まってきた。


「おやまぁ、何事かと思えば。領主様、元気なことだねぇ」

「龍神様がいらっしゃるから、あれくらい大きな音がしても大丈夫じゃろ。ほっほっほ」


 クレーターだらけの畑を見ても、村人たちは縁側でお茶をすするようなのほほんとした態度を崩さなかった。

 彼らにとっては、魔王の規格外のパワーでさえ「龍神様のご加護があるから平気」というフィルターを通してしまうのだ。


「……ダメだ、リアクションが薄すぎる。エンタメとして成立しない……」

「あんたたち! 一体何の真似!?」


 そこへ、人混みを掻き分けて怒りの形相の少女が飛び出してきた。巫女のリンファだ。彼女は真っ赤な顔でタケルに詰め寄り、手に持っていた魔導カメラをバンッと払い除けようとする。


「余計なことしないでって言ったでしょ!? こんなに大騒ぎして、村を壊す気!?」

「いや、これは村興しのための開拓で……! この畑が復活すれば、みんなも助かるだろ?」

「これのどこが村興しなの!? ワイワイ騒いで撮影して、人気者ごっこ。そんなお遊びで、郷を救えるわけないでしょ!」

「お遊びじゃない! 俺たちは本気でアイドルとして──」

「アイドルなんか、大嫌い!!」


 リンファの叫び声が、広場に響き渡った。


「何も知らずにヘラヘラ笑って、適当なことばっかり言って……。何の責任も取らないで、どうせ投げ出すくせに!!」


 彼女の言葉には、怒りだけではない何か深い傷が滲んでいた。

 タケルたち「外からやってきた明るい存在」のせいで、自分の中にある何かが浮き彫りになってしまうかのように。


 タケルが言葉を失った、その時だった。


 ピキィィィィンッ……!


 ガラスが割れるような甲高い音が響いた。

 本来は見えるはずのない、魔獣避けのため村を覆っている結界。その一部に亀裂が入り、薄い半透明の壁が視認できるようになってしまった。


「……結界が!?」


 リンファがハッと空を見上げる。

 次の瞬間、結界の綻びから巨大な影が村へと侵入してきた。


「ブルルルォォォォォォッ!!」


 牛ほどの大きさがある、ゴツいイノシシ型の魔獣だった。

 鋭い牙を剥き出しにして村人たちに向かって突進してくる。


「ひぃぃっ!? 魔獣じゃ!」

「ああ、龍神様……! お守りくだされ!」

「くっ……早く、結界を直さないと……!」


 普段は能天気な村人たちも、流石に目の前の恐怖には顔を引きつらせて逃げ惑う。リンファは懐から道具を取り出そうとしたが、魔獣の突進は目の前まで迫っていた。


「フン。開拓の邪魔だ」


 その時、ヴァルガンが巨大イノシシの進路を塞ぐように仁王立ちした。

 魔王は迫りくる魔獣に一歩も引くことなく、ただ右腕を軽く振り上げる。


「失せろ、害獣」


 ドゴォォォォンッ!!


「ブギィィィィッ!?」


 ただの裏拳。

 それだけで、イノシシ魔獣はボールのように弾き飛ばされた。短い悲鳴を残し、結界の外の森の奥深くまで消し飛んでいく。圧倒的な力、暴力の化身。


「……えっ」


 リンファは目を丸くして、呆然とヴァルガンの背中を見上げた。

 村人たちも、何が起きたのか理解できず静まり返っている。


「全く、我の撮影の邪魔をしおって。タケルよ、撮っておったか? 我の完璧な勇姿を」

「……あ、ああ。バッチリ撮れてる。けど、また物理かよ……」


 ヴァルガンは肩をコキコキと鳴らし、何事もなかったように向き直る。タケルは冷や汗を拭いながら、魔獣が消えていった森の方を見た。


「でも、なんでだ? 結界があるのに、あんな簡単に魔獣が入ってくるなんて」

「と、思うだろう。これがまた、面倒な理由が色々絡んでいてな」


 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたレオナルドが、ため息をついた。

 もう魔獣が来ることに慣れっこなのだろう、追い払わなければならないという使命感はどこへやらな雰囲気で疲れ切っている。


「見るといい、あの畑の土を。黒ずんで生気がないだろう。土地の生命力そのものが枯渇しているんだ」

「生命力が……枯渇?」

「ああ。土地が痩せて作物が育たない。土地自体のマナが不足してるから、結界に綻びが出る。だから魔獣が頻繁に出るようになる。住んでいた人々も逃げ出すわけさ。……限界なんだ、色んな意味で」


 レオナルドの言葉は重く、この村の『真の絶望』を突きつけた。


「……あたしのせいなの。あたしの祈りが足りないから……。龍神様にお仕えする巫女の力が弱いから、結界を保てないだけ。もっと力があれば……」


 リンファは自分を責めるように唇を噛み締めると、村の中央にある小さな広場へと向かった。懐から扇を取り出して目を閉じ、両手を胸の前で組む。


「……結界を、修復する」


 彼女はゆっくりと息を吸い込み、澄んだ声で歌い始めた。神に祈りを捧げ、結界に魔力を注ぎ込むための巫女神楽。

 彼女の足さばきと手の動きと歌声は、巫女としての長い訓練を感じさせるほど美しく、淀みがなかった。歌に合わせて、結界の綻びが少しずつ塞がっていく。


(……すごい)


 アイドルプロデューサーとしての目で見ても、彼女のパフォーマンスは素人の域を遥かに超えていた。声質も良く、動きも洗練されている。


(でも……何か、おかしい)


 タケルはカメラを構えながら、違和感を覚えていた。彼女の歌は美しい。

 だが、そこにあるのは「やらなければならない」という悲壮な義務感だけ。一定以上のクオリティがあるのに、本人の気持ちが置いてけぼりな感覚。


(綺麗なのに、硬い……。どうしてこんなに息苦しさがあるんだろう)


 頭に浮かんだのは、聖女マリアンヌの姿。彼女は義務と役割に向き合う覚悟を持って、全力で歌って踊っていた。そこに迷いはなく、芯の通ったパフォーマンスになっていた。


 リンファの歌は違う。

 これでいいのか、これで大丈夫なのか。その迷いに満ちている。


「……ふぅっ」


 歌い終えたリンファは肩で大きく息をして、額の汗を拭った。結界はなんとか修復されたが、その顔には疲労の色が濃く表れていた。


「これで、しばらくは大丈夫なはず。それじゃ」


 彼女は誰に言うでもなく呟き、ゆっくりと自分の家へと帰っていく。

 タケルは、その背中を黙って見送るしかなかった。


「……」


 ヴァルガンの力技で「開拓の第一歩」と「魔獣撃退」という撮れ高は一応確保できた。ドキュメンタリーの第一回としては十分な成果だろう。

 だが、タケルの心は晴れない。「アイドルなんか、大嫌い」というリンファの言葉が、頭から離れなかったからだ。


「俺たちの村興し……先は長そうだな」


 ただ物理で開拓するだけではダメだ。

 リンファも含めた、村の根本的な問題を解決すること。そうしなければ、本当の意味でこの村に「開拓」と呼べる明るさをもたらすことはできない気がするから。

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