3. いざ、限界集落のコンテンツ探しスタート
「おーい、ヴァルガン! そっちは張り替え終わったか?」
「舐めるな。このような紙切れ一枚、我の指先一つで──ぬおっ!?」
ビリッ、バシュッ、ゴキッ。
スイレイ郷での朝。タケルとヴァルガンは領主の館……という名の廃屋の修繕作業から一日をスタートさせていた。だが前途は多難。ヴァルガンが力加減を誤り、紙を張るどころか木枠を粉砕する音が響いた。
「やりすぎだ! 枠まで壊してどうするんだよ!」
「ええい、軟弱な作りだ。頑強な鉄の扉を用意せよ」
「あるわけねえだろ! こんなド田舎に!」
カメラの画角を調整しつつツッコミを入れるタケル。
ボロボロの館を、魔王が不器用に直そうとして逆に破壊していく様子。絵面としては悪くない。ドタバタ開拓コメディとして、視聴者の笑いは取れるだろう。
(でも……これだけじゃダメだ。村との相乗効果が全然ない)
新企画『RE:Genesis辺境開拓日誌』としてルミナ・シティのファンたちに届ける以上、ヴァルガンが一人で暴れ回るだけの魔王軍侵攻記録では意味がないのだ。
視聴者に「この村いいな」「応援したいな」と思わせるような、スイレイ郷ならではの独自の魅力──コンテンツを発掘しなければならない。
「……よし。家の修繕は後回しだ。村興しのためのネタ探しに行こう」
「ネタだと? 我の覇気だけで十分であろう」
「お前だけ映してたら、ただのプロモーションビデオになっちゃうだろ。村との組み合わせを考えていかないと」
*
村を歩きながら、タケルはプロデューサーとしての視点で周囲を観察していく。
苔むした石段、風に揺れる木々のざわめき。山間から流れる清らかな小川。そして、村の奥に鎮座する、荘厳な朱塗りの社。
よくよく見るとボロい部分があると気付くが、ルミナ・シティにはない神秘的な風景。画として十分に映像映えする。
(この雰囲気は最高なんだよな……。でも、ただの風景ドキュメンタリーじゃ弱い。エンタメとして惹きつける『フック』が足りない)
何かいい方法がないか思案しつつ、タケルは道中で出会った村人に声をかけてみることにした。ヒントを集めるなら、現地民に聞くのが一番だ。
「こんにちはー! あの、ちょっと聞きたいんですけど。この村で何か自慢できるものとか、特産品ってありませんか?」
「おや、領主さんたちかい。特産品ねぇ……昔は、この辺りの水が綺麗で美味しい野菜やお酒が作れたんだよ。でも、今は土が痩せちゃってねぇ」
「そうなんですか。じゃあ、それを復活させるために何か工夫をしたりとかは……」
「いやいや、そんな大層なことはしないよ。龍神様がいらっしゃるからねぇ、そのうち何とかなるさ」
別の農夫にも話を聞いてみたが、返ってくる答えは同じだった。
「魔獣が畑を荒らしたり、結界を突破したりするが最終的にはなんとかなる。龍神様が見守ってくださるから、俺らは待っていれば大丈夫だ」
「……」
タケルは愛想笑いを浮かべながら、内心で激しい焦りを感じていた。
村人たちはみな朗らかで、タケルたちを歓迎してくれる。しかし、彼らの根底にあるのは「龍神様がなんとかしてくれる」という思考停止。自主的に村を良くしようという気概や、困難に立ち向かう熱意が全く見られない。
「うぐぐ、どうすりゃいい……! 視聴者は頑張っている人を応援したくなるんだ。ニコニコ神頼みしてるだけの村なんて、誰も感情移入できないぞ!」
「フン。愚民どもを我が支配し、強制労働させれば一瞬で村など復興するが?」
「だから! それだと侵略になっちゃうんだって! アイドル企画なんだよ!」
「ええい、面倒な。ならばどうするのだ」
「それがわかれば苦労しないんだよ……」
「……お前たちか。どうだ、現状が見えてきた頃だろう?」
頭を悩ませるタケルの前に、死んだような目で落ち葉を掃いていたレオナルドが通りかかった。タケルは彼に泣きつくように駆け寄る。
「レオナルドさん! この村の『売り』って何かないですか!? 美味しいご飯とか、面白いお祭りとか、何でもいいんですけど!」
「売り? 強いて言えば、静かで空気が美味いことくらいだ。あとは、定期的に結界を脅かしてくる魔獣のスリルを味わえるな」
「スリルはいらないです……! マジで何もないんですか……?」
「ああ。私も赴任当初は、村を改善しようと提案したこともあった。だが、村人は龍神様が~の一点張り。リンファも、よそ者の意見に聞く耳を持たない。だから、こうやって掃き掃除なんかをして過ごすしかないんだよ」
レオナルドは再び竹箒を動かし始めた。彼の背中には現実を見据え続けたゆえの、この村に対する完全な諦めが漂っていた。
(ダメだ……。村人は思考停止、第三者目線だと詰み。これじゃあ、俺たちがいくら頑張っても空回りするだけだ)
村人たちがただ傍観しているだけでは、エンターテインメントとしての熱量が生まれない。誰か一人でもいい。この村を良くしたいと本気で願い、行動する「芯」となる人物がいれば、そこから物語を広げられるのに。
タケルが深くため息をつきながら辺りを見回すと、視界の端で何かが動くのが見えた。
「ん?」
村の外れにある、ボロボロの小さな家。
その縁側で、巫女のリンファがしゃがみ込んでいる姿があった。
*
タケルはヴァルガンたちに少し待っているように伝え、足音を忍ばせて近づいた。カメラを回すのを止めて、物陰からそっと様子を窺う。
縁側には、足の悪い老人が座っていた。リンファは老人の足を丁寧にさすりながら、手製の薬草の湿布を貼り替えていた。
「リンファちゃん、すまないねぇ。いつもいつも……」
「いいよ、おじいちゃん。これくらい大したことないから」
タケルが昨日会った時の、拒絶感ある声ではない。
老人に語りかけるリンファの声は驚くほど優しく、温かみがあった。
「でも、お前さんも大変じゃろう。一人で結界のために歌って、村中のお世話までして……。龍神様が見守っとるんじゃし、無理しちゃいかんよ」
「大丈夫、あたしは巫女だから。龍神様にお仕えして、この郷を守るのが役目」
リンファはにっこりと微笑み、立ち上がる。
それから、彼女の足取りは休むことを知らなかった。
老人の家を出た後、彼女は村の広場へ向かい子供たちを集めていた。
地面に木の枝で字を書きながら、何か勉強を教えている。子供たちがふざけてもリンファは怒ることなく、根気よく笑顔で接していた。さらにその後は重そうな水桶を担いで、水路から離れた畑に水を運んでいる。
「……」
タケルはその姿から目が離せなくなっていた。
のほほんとした大人たちばかりの中で、なぜ。あの冷たい態度をとっていた女の子が、一人でここまで必死に働いているのか。
(よそ者にはツンケンしてたのに。村のために、あんな一生懸命……)
誰も自主的に動かないこの村で、彼女だけが一人ですべての重圧を背負い込んだような姿。かつて、ブラック企業で身を粉にして働いていた自分自身。それがリンファの姿と重なったようにも感じられた。
「……ほっとけないだろ」
タケルは物陰から飛び出し、重い水桶を運ぶリンファの元へ駆け寄った。
「貸してくれ、俺が運ぶよ」
横から水桶の取っ手を掴む。すると、リンファはピクリと肩を震わせ、驚いた顔でタケルを見た。しかし、すぐにその表情は冷たい拒絶の色に変わる。
「いらない。余計なことしないで」
「でも、重いだろ? 俺たちも領主代行として来たんだから、手伝うくらい……」
「いつも一人でやってきたから、今さら手伝ってもらうことなんてない」
リンファはタケルの手をパシッと払い除け、水桶を抱え直した。
その言葉は鋭く、関わらないでほしいという感情を剥き出しにして突き放す。
「どうせ飽きて帰るくせに、口先だけで手伝うなんて言わないで。中途半端な同情は迷惑なだけ」
「同情じゃない! 俺は本気でこの村を──」
「アイドルだか何だか知らないけど。あたしはあんたたちみたいな、チャラチャラした人種が大嫌いなの。だから、あたしにもこの郷にも余計なことしないで」
リンファはタケルを冷たく一瞥し、背を向けて歩き出した。
その足取りは重そうだったが、決して振り返ることはなかった。いつの間にかタケルの背後に立っていたヴァルガンが、腕を組んでフンと息をつく。
「タケル、あんな小娘は放っておけばよかろう。我らには関係のないことだ」
「……でもさ、やっぱり気になるよ。どうしてあんなに頑ななのか」
リンファの立ち去った方向を、複雑な表情で見つめるタケル。
最初に比べたら情報は集まったものの、謎は深まるばかり。リンファも含め、この村には一体どんな事情があるというのだろうか。




