2. 辿り着いた秘境、歓迎する気ゼロの巫女
「いっ……てぇぇぇっ! ケツが! ケツが割れるぅぅぅ!!」
「ケツは割れてるものではないか」
ガタガタ、ドスッ、バコンッ!
木製の車輪が容赦なく石や窪みに当たり、その衝撃がダイレクトにタケルのケツを破壊していく。
ルミナ・シティから魔導列車での移動、そこまでは快適な旅だった。しかし、最寄りの駅から馬車に乗り換えてからの四日間は文字通りの地獄。
舗装という概念が存在しない獣道。サスペンションの欠片もない旧式の荷馬車。
「ぐああああ! また跳ねた! 今確実に骨が粉砕される音が聞こえたぞ!」
「騒々しい奴だ。たかだか馬車の揺れ程度で情けない悲鳴を上げるな」
向かいの席に座るヴァルガンは、微動だにしていなかった。
その規格外の体幹と鋼鉄の筋肉は、あらゆる衝撃を無効化しているらしい。凄まじい揺れすら、揺りかごに乗っているかのような涼しい顔でいなしている。
「お前は筋肉のクッションがあるからいいんだろうけどさ! 一般人の俺には致死量のダメージだっての! なんでこんな悪路なんだよ……!」
「未開の地へ赴くのだ、これくらいの苦難は当然であろう。むしろ、辺境へ向かう高揚感に満ち溢れているというものよ」
ヴァルガンは窓の外を眺めながら、不敵に笑う。
タケルは痛む尻をさすりながら、魔導カメラを起動した。これも『アイドル村興しドキュメンタリー』の貴重な素材だ。何がネタになるかわからない、恨み言でも収録あるのみ。
「えー、みなさん。現在、我々はスイレイ郷に向かっています。道が……道が酷すぎます。プロデューサーの尻の耐久値はもうゼロです。なのに、ヴァルガンは元気です……」
やがて馬車はギシギシと音を立てながら、急な坂道を下り始めた。
鬱蒼とした森を抜けると、不意に視界が開ける。
「お客さん、着きましたよー」
「ようやく我が新たな領土に辿り着いたか」
「おおっ……! こ、これは……!」
尻の痛みに耐えながら馬車を降りたタケルは、目の前に広がった光景に息を呑んだ。そこにあったのは見覚えのある石造りの街並みとは全く異なる、神秘的なアジアンテイストの風景。
風に揺れる青々とした森。翡翠色の瓦屋根や、朱塗りの柱を持つ異国情緒あふれる建物が立ち並んでいた。水路には花が浮かび、水車がゆっくりと回っている。遠くには霞がかった山々がそびえ立ち、水墨画の世界に迷い込んだような美しさがあった。
「すげぇ……異世界のアジアンリゾートって感じだ……」
これはいい画になる、そうタケルは感動しながら魔導カメラを構え直した。
しかし、カメラのレンズを通した瞬間。
「……あれ?」
肉眼ではわからなかった現実をこれでもかと映し出した。
朱色の柱は塗装が剥げ落ち、翡翠の瓦は所々崩れている。水路は泥で淀み、水車は半分腐りかけて苔むしていた。道には深い轍が刻まれたままで水たまりができ、空き家と思しき倒壊寸前の家屋がいくつも放置されている。
「廃墟……いや、限界集落じゃないか……」
まさに『超ハズレ物件』という事前情報に違わぬ荒廃ぶりだった。
タケルが愕然としている横で、ヴァルガンは満足げに頷いている。
「良いではないか。何もない更地から我の好みに作り変える余地がある。燃えてくるというものだ」
「ポジティブすぎるだろ……」
これはやべぇ……とタケルが思いながら周囲の景色を映していると、前方から数人の村人たちが歩いてきた。
鍬を持った農夫や、籠を背負った老婆たちだ。彼らは村の荒廃ぶりとは対照的に、ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべている。
「おや、珍しい。お客さんかい?」
「道中長かったじゃろう。ゆっくりしていきなされ」
のほほんとした空気に、タケルは強烈な違和感を覚えた。
家はボロボロ、道はガタガタ。なのに、彼らの表情には危機感というものが微塵も感じられない。
「えーと。俺たち、新しく領主代行として派遣されてきた『RE:Genesis』と言いまして……」
「おお、領主様か! これもまた龍神様のお導きということだな。きっといいことが起きるに違いない」
「領主様も、何も心配することありゃせんよ。龍神様が見守ってくださるからねぇ」
村人たちは口々に『龍神様』という言葉を出し、ニコニコと微笑んだまま去っていった。予想外の反応に、タケルは思わずヴァルガンと顔を見合わせる。
「……なんか、変じゃないか? 村が荒れてるのに、誰もヤバいと思ってないというか……」
「思考を放棄しているな。愚民の典型だ」
「おい、嘘だろう……。なぜ、お前たちがここにいる……?」
聞き覚えのある声に振り返る。
そこには、見覚えのある銀色の鎧を着た男が立っていた。ただし鎧はくすんでおり、以前のような神経質そうな威厳は見る影もない。死んだ魚のような、光が一切ない瞳の騎士。
「……レオナルドさん!?」
王立騎士団第三隊隊長、レオナルド。
ワイバーン騒動などで顔を合わせた彼が、なぜかぐったりとした姿で竹箒を握りしめていた。
「どうしてこんな所にいるんですか!? 騎士団隊長のエリートが、なんで田舎で掃除を!?」
「フッ……エリート、か」
レオナルドは乾いた、虚無感たっぷりの笑いを漏らした。
口角を上げて一応笑顔をしているつもりなのだろうが、口元以外の動きと表情が連動していないせいで不気味さしかない。
「ここは辺境だが、ルミナ・シティ管轄。最低でも一人は管理者を置く規定になっている。だが、誰もこんな土地に行きたがらない」
「でしょうね」
「結果、上層部のくじ引きで負けた私が、二ヶ月前からここに左遷……いや、常駐させられているというわけだ……」
「くじ引きで転勤……。中間管理職の悲哀がリアルすぎる……」
「毎日、書類の代わりに落ち葉を掃き、魔獣を追い返す日々。……お前たちが領主代行として来たなら、私は帰れるのか!? なあ!?」
レオナルドが縋るようにタケルの肩を掴んだが、その様子を見たヴァルガンは鼻で笑った。
「貴様のような泣き言を喚く騎士、我の城には不要だが……まあ、下働きとしてなら使ってやってもいいぞ」
「誰が下働きだ! 私は王立騎士団の隊長だぞ!」
「──へぇ。また物好きが来たんだ」
レオナルドの嘆きを遮るように、棘のある少女の声が響く。
タケルが視線を向けると、朱色の柱の陰から一人の少女が歩み出てきた。
年齢はタケルより下、十八歳くらいだろうか。ストレートロングの黒髪。体のラインが見える喉元まで覆ったノースリーブのインナー。その上から、細かい紋様が入った半透明の羽織を重ね着して纏っている。
袖は振り袖のように長く、複雑な柄と色が入った神秘的なデザイン。下はミニのキュロットスカートとニーソックス、そしてかかとを固定して動きやすい草鞋のような履物。
日本の巫女服とアジアンな雰囲気を混ぜ合わせたような衣装を着た、整った顔立ちの美少女。だが、その瞳はタケルたちを値踏みするように鋭く、はっきりとした拒絶の色を帯びていた。
「あたしはリンファ、この郷の巫女。で、あんたは?」
「あ、はじめまして。俺はタケルです。こっちが領主代行のヴァルガン。一応、アイドルやってまして……」
「アイドル? 領主代行? そんなのどうでもいい」
「へ?」
タケルの挨拶をバッサリと切り捨て、リンファは冷たく言い放つ。
お前らの事情なんて聞いてないと言いたげに。
「どうせあんたたちも、すぐ帰るんでしょ。今まで来た連中と同じようにね。好きにすれば? 止めはしないけど、協力するつもりもないから」
「なっ……!? なんだよその言い方!」
あまりのつっけんどんな態度に、思わず敬語が崩れるタケル。
これまで出会ってきた村人たちののほほんとした態度とは真逆の、明確な敵意にも似た非協力的な姿勢。
「無礼な小娘だ。我に向かってその態度、万死に値するぞ」
「どうせ居なくなる相手に礼儀なんて必要ないでしょ? よそ者に媚びる義理なんてないし。ついてきて、滞在予定の家には案内してあげるから」
リンファはくるりと背を向け、ズンズンと歩き出した。
タケルとヴァルガン、そしてげんなりした顔のレオナルドは仕方なく彼女の後を追うことになった。
*
「この村……随分と人が少ないみたいだけど」
「ほとんどの人は他の街に出て行ったからね。残ってるのは、ここを離れられない事情がある人かお年寄りばっかり」
村の奥へと進む道中、タケルは魔導カメラを回しながら村の現状について探りを入れた。
「家も畑も荒れ放題じゃないか。直そうとか、開拓しようって気はないのか?」
「別に。大丈夫、龍神様が見守ってくださっているから。今は少し試練の時なだけで龍神様にお祈りしていれば、いつか必ず元の豊かな郷に戻るはず」
その声には一切の疑いを持たない、狂信的とも言えるほどの強い崇拝の念が込められていた。龍神様がいるから大丈夫。先ほどの村人たちと同じ言葉だが、リンファの口調にはそれだけとは思えない切実さが感じられた。
「……現実を見たほうがいい、タケル。祈ったところでここは何も変わらん」
リンファの後ろを歩きながら、レオナルドがタケルにだけ聞こえるよう小声で耳打ちしてきた。
「土地は痩せ細って作物は育たず、結界の綻びも増え始めている。いくら龍神様を拝んだところで、衰退は止まらない。……どう考えても、数年でここは終わる」
その言葉は冷酷なまでの事実だった。のほほんとした村人。現実を直視せず神に縋る巫女。すべてを諦めきった駐在騎士。安心できる要素は皆無。
(ヤバい……。過疎化とかド田舎ってレベルじゃないぞ。村全体が、ゆっくりと死に向かってるのに誰も抵抗しようとしてない……!)
アイドルが泥だらけになって村を復興させる、汗と涙の感動ドキュメンタリー。
そんな生易しい企画が通用するような空気ではない。この村に蔓延しているのは、もっと根深い『諦めと思考停止』という病だ。
「はい、到着。ここがあんたたちの領主の館」
リンファが立ち止まり顎でしゃくった先を見て、タケルは三度目の絶望を味わうことになった。
そこにあったのは、館などという立派なものではない。かつては豪農の屋敷だったのだろうが、今は見る影もない巨大なアジアンボロ屋。
「えぇ……」
瓦は半分以上剥がれ落ち、壁の土は崩れ、障子はビリビリに破れている。開け放たれた入り口からは、隙間風が遠慮なく吹き抜ける。床の一部は黒ずみ、踏めばズボッと抜けそうだ。
ルミナ・シティでタケルたちが拠点にしている『ひだまり荘』も相当なボロ家だが、まさかそれを上回るレベルの代物が出てくるとは。
「他はもっと酷いから、ここで我慢して。掃除は自分たちでよろしく、それじゃ」
リンファはそっけなく言い捨てると、振り返りもせずに立ち去った。
「まあ、頑張ってくれ。私の詰所は村の入口付近にある。……あまり厄介事は起こさないようにな」
それだけ伝えると、力なく手を振りながらレオナルドもその場を去った。
静寂が落ちる。
風がヒューッと吹き抜け、破れた障子がパタパタと音を立てた。
「終わった……」
タケルは膝から崩れ落ち、頭を抱えた。
協力してくれる姿勢ではない。村人にはやる気がない。家は廃墟。
なんとかフォローしようにも、どう考えてもこの状況はクソ・オブ・クソ。
「企画倒れだ……! マイナスどころか地下深く埋まってるような状態から、どうやって村興しドキュメンタリーを成立させろってんだよ……!」
撮れ高どころの話ではない。ここで生きていける自信すらない。
完全に絶望の淵に沈んでいた、その時。
「フハハハハハハハ! 素晴らしい! 見事なまでの廃墟ではないか!」
傍らで、ヴァルガンの豪快な高笑いが響き渡った。
魔王は両腕を広げボロボロの館を、そして荒れ果てた村全体を見渡して、心の底から嬉しそうに叫んだ。
「何もない更地、無能な民、迫り来る魔獣の気配! 我の開拓精神を刺激する! これぞ、王の手腕が問われる最高の舞台よ!」
ヴァルガンの瞳は、新しい玩具を与えられた子供のようにキラキラと輝いている。魔王にとってはこの絶望的な状況が、超高難易度の開拓シミュレーションゲームに見えている気分なのかもしれない。
「さあ、タケルよ! カメラを回せ! 我の力で、この泥土を黄金の城に変えてみせよう!」
「なんでそんなにテンション高いんだよお前は!!」
涙目でツッコミを入れながらも、タケルは渋々魔導カメラを構えた。
絶望するプロデューサーと、開拓精神に燃える魔王。前途多難すぎる『RE:Genesis辺境開拓日誌』の幕が、隙間風の吹くボロ屋敷から無理やり上がるハメになったのだった。




