24. ご褒美のリゾート全力満喫タイム!
サザンクロス・フェスティバルの興奮から一夜明けた翌日。
タケルたちは観光協会のオフィスを訪れていた。
「改めまして……みなさん、本当にお疲れ様でしたっ!」
担当者のノノが、深々と頭を下げた。
その顔は晴れやかで、安堵の色も浮かんでいる。
「今回のフェスは大成功です! 来場者数も目標を大きく超えました。これも、RE:Genesisさんが盛り上げてくれたおかげです!」
「俺たちも楽しませてもらいましたよ。エリオたちとの対決も熱かったですしね」
タケルが笑顔で答えると、ノノは苦笑いしながら胸を押さえた。
「正直に言いますけど、クラーケンが出た時は終わったと思いました。ヴァルガンさんがフルオープンになった時は、私の人生詰んだ……って目の前が真っ暗でしたよ?」
「ぐふっ……! そ、それは本当にすみません……」
「あの時は本当にどうなるかと……お詫び状を書き続ける地獄でしたから……」
遠い目をするノノ。あの日のポロリ事件は、色んな意味で彼女のトラウマとなったようだ。だが、彼女はすぐに明るい笑顔に戻った。
「でも、結果オーライです! お客さんからの評判も上々でしたし、上の人も『来年もぜひRE:Genesisにお願いしたい』って言ってました!」
「本当ですか!?」
「はい! 次は『服が破れない演出』を徹底してもらいますけどね?」
次回のオファー、それは何よりの評価の証だ。
タケルとヴァルガンは笑みを浮かべ、グータッチをする。
「それから、こちらをどうぞ!」
ノノが一枚の乗船チケットを差し出した。
「本来ならお昼の船で帰っていただく予定でしたが、特別に夕方の便に変更しておきました。出港までたっぷり時間があるので、最後に思う存分サザンクロス島を満喫していってください!」
「なんと粋な計らい……! ありがとうございます!」
「ふむ。貢物としては悪くない判断だ」
こうして、夕方までの完全フリータイムを手に入れた一行。
向かう先はもちろん──
*
「うっひょおおおおお! 遊ぶぞおおおおおお!!」
タケルは水着に着替え、奇声を上げながら波打ち際へダッシュした。
仕事のプレッシャーからも解放され、今はただのバカンス客だ。
「仕事は後回し。今は楽しみましょう」
仕事モードの眼鏡を外し、セレイナはリゾート感満載のパレオ付き水着に着替えていた。手には浮き輪を持っている。普段の姿からは想像もつかないはしゃぎっぷりだ。
「よっしゃあ、セクシーに焼くぜぇ! こんがりとな!」
ガルドはビーチチェアに陣取り、際どいビキニパンツ一丁でオイルを塗りたくっている。レオンは酔っ払って、木陰のハンモックで爆睡中だ。
それぞれが思い思いに過ごす中、タケルはヴァルガンをある場所へ引っ張っていこうとしていた。
「ヴァルガン、あれ乗ってみようぜ! バナナボート!」
「む、なんだそれは。バナナは食べ物だろう?」
ヴァルガンが怪訝な顔で見たのは、海上に浮かぶ鮮やかな黄色の物体。
リゾートの定番、バナナの形をしたゴムボートに見える。
「乗り物だよ。あれに乗って海の上を爆走するんだ、スリル満点だぞ!」
「ほう。水上の戦車というわけか。面白そうだ」
戦車ではないが、当たらずとも遠からずだ。
二人は受付を済ませ、水にぷかぷかと浮かぶ魔法をかけてもらう。
(はー、なるほど。ライフジャケットじゃなくてこういう対策になってるんだ)
しみじみと異世界でのアクティビティ対策を理解しながら、タケルたちは桟橋の先に係留されているボートへと近づいた。
「よーし、一番前に乗っちゃおうかな……って、うわ!?」
跨ろうとした瞬間、タケルは飛び退いた。
ゴムだと思っていた表面が生温かくてぬめっとしていたからだ。よく見るとボートの先端にはつぶらな瞳と、愛嬌のある口がついている。
「えっ、これ生き物!? 竜!?」
「はい! この子は『バナナン』という、シーサーペントの一種です。背中や体の側面から勢いよく水を噴射して、海を滑走します。人を乗せて走るのが大好きで、人懐っこいんですよ!」
「へー、すごいなぁお前……!」
「魔獣を使役して水上を駆けるか。余興に相応しいな」
ゴムボートだと思っていたタケルは驚いたが、ヴァルガンは生き物と聞いてやる気を出したようだ。
二人はバナナンの背中に跨る。意外と安定感があり、皮膚はグリップが効いて滑りにくい。
「キュイッ!」
「お兄さんたち、激しめでいいですかー?」
「オッケーです! バナナン、全開でよろしく!」
「我を振り落とせるものならやってみるがいい」
インストラクターの合図で、バナナンが気合を入れるように身を震わせた。
「キュイイイイイイッ!」
ブシュゴオオオオオオオッ!!
凄まじい水流音と共に、ロケットのように急加速した。
「どわあああああああ速ええええええええ!?」
猛スピードで海面を滑走する黄色い竜。
生き物ならではのしなやかな動きと、爆発的な推進力。水しぶきが顔に当たり、視界が真っ白になる。
「フハハハハ! 風になったようで爽快だ!」
タケルが必死にしがみついている後ろで、ヴァルガンは高笑いしていた。
急カーブに差し掛かった瞬間、バナナンが身体をくねらせてドリフトした。
「キュイイイッ!」
「うおおおおお曲がるううううう!?」
強烈な遠心力が襲いかかる。タケルの体が宙に浮き──
バシャーン!!
派手に海へ投げ出された。
「ぶはっ! ……って、え?」
魔法で自然と浮かび上がり、海面から顔を出したタケルが見たのは信じられない光景だった。勢いよく噴射し続けるバナナンの背中の上で、ヴァルガンが仁王立ちしていたのだ。
「甘い! この程度の揺れで、我の体幹は崩せんぞ!」
まるで暴れ馬を御するかのようにバランスを取り、腕組みをして乗りこなす魔王。バナナンも「こいつ、落ちない!?」と驚いたように振り返り、さらにスピードを上げている。
「すげぇ……あいつ、めっちゃ楽しんでやがる……」
タケルは海にぷかぷかと浮きながら、そのシュールかつ迫力満点の光景に感心するしかなかった。
*
ひとしきり遊び倒した後、タケルとヴァルガンは砂浜に並んで座っていた。
手には近くの店で買ったかき氷がある。
「冷てぇ~! やっぱ海で食うかき氷は最高だな!」
「氷にシロップをかけただけの代物だが、至高の甘味に感じるな」
ヴァルガンはスプーンで氷を掬い、口に運ぶ。
アロハシャツを着て、サングラスを頭に乗せ、かき氷を食べる魔王。
かつて全身鎧で殺気を撒き散らしていた姿からは想像もできないほど、リゾートに馴染んでいる。
「なんだ、ジロジロ見て」
「いや。今のヴァルガンを見たら、世界を支配した魔王なんて誰も信じないだろうなーって。いい顔してるよ」
「む。そうか?」
ヴァルガンの大きく、武骨な手。かつては魔法を放ち、敵を粉砕し、恐怖を与えるためだけにあった手。今はマイクを握り、ファンとハイタッチをし、かき氷のスプーンを持っている。
「……以前は力こそがすべてだと思っていた。支配し、ひれ伏させることが王の証だと」
ヴァルガンはかき氷を食べながら、静かに語る。
「だが、今は違う。誰かを笑顔にし、熱狂させ、心を震わせる……。この、アイドルとしての支配の形は魅力的だと思い始めている」
魔王としての牙が抜けたわけではない。
より洗練され、より多くの人々を巻き込むカリスマへと進化した証だ。
「タケルが我にアイドルという道を示した。だからこそ、今の我がいる」
ヴァルガンはかき氷の残りを飲み込み、タケルに向かってニッと笑った。
「貴様のおかげだ。感謝しているぞ、相棒」
「よせよ、照れるだろ」
タケルは鼻の奥がツンとするのを誤魔化すように、かき氷をかき込んだ。
頭がキーンとする。でも、胸の奥は温かかった。
「まだまだ、これからだ。俺たちはもっと上に行ける」
「当然だ。サザンクロス島はその第一歩に過ぎん」
二人は海を見つめる。水平線の向こうには、まだ見ぬステージが待っている。
後夜祭、新人音楽祭、そしてこの島での成功。すべてを糧にして、RE:Genesisは進んでいく。
「おーい! そろそろ船の時間だぞー!」
遠くからガルドが手を振り、声をかけてくる。
楽しい時間はあっという間だ。
「行くか」
「ああ!」
タケルとヴァルガンは立ち上がり、砂を払った。
砂浜に残った二人の足跡は、波に洗われて消えていく。けれど、この島に刻んだ熱狂と記憶は、決して消えることはないだろう。
ドサッ。
妙な音が聞こえ、タケルが振り返る。ヴァルガンが足を滑らせたのか、砂浜に転んで尻もちをついていたのだ。
「……む?」
「どうしたんだよヴァルガン。転ぶような場所じゃないだろ?」
「いや、わからん。何が起きた?」
「それはこっちの台詞だっての。ほら」
ヴァルガンの手を握り、そのまま立ち上がらせる。
キョトンとした様子のヴァルガンを、何やってんだか……と若干呆れた様子で見つめながら、二人は帰りの船へと向かっていった。




