23. 下剋上! 悪徳社長を黙らせる数字と実績
「調子に乗るんじゃねえぞ、エリオ! あんな勝手な真似しやがってッ!」
高級ホテルの一室に怒号が響き渡った。
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしているのは、社長のリカルドだ。彼は吸いかけの葉巻を灰皿に押し付け、ソファに座るエリオを威圧するように見下ろした。
「俺に確認もせず曲を変えたり、演出を変えたり……そのせいでネタになる撮れ高なし、最悪だ! 管理されている商品が意思を持つんじゃない!」
「へいへい、すみませんでしたねぇ~」
エリオはソファにふんぞり返り、爪を磨くフリをしながら生返事をする。
その態度がさらにリカルドの神経を逆撫でした。
「反省の色が見えんぞ! いいか、帰ったらもっと過激な仕事を入れてやるからな。魔獣の巣でグラビア撮影だ。身体を張って稼いできやがれ!」
「うわぁ、ブラック~」
「黙れ! 事務所の奴隷らしく、言われたことだけやっていろ!」
奴隷。商品。
それが、この男にとってのエリオの価値だ。かつての天才子役だろうが、今の筋肉アイドルだろうが関係ない。金を生む道具でしかないのだ。
エリオは爪磨きの手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
「へぇ~、奴隷ねぇ」
いつものヘラヘラした笑み。
だが、その瞳だけは笑っていない。獲物に迫る狩人の光が宿っている。
「で? その奴隷に逃げられたら、社長はどうすんの?」
「ああ? 何言ってやがる。お前に他に行く当てなんざ──」
「あるかないかじゃないよ。稼げなくなっちゃうよって話をしてんの」
エリオは懐から魔導端末を取り出し、テーブルの上に放り投げた。
画面には、今回のフェスにおける収支報告の速報値が表示されている。
「見なよ、これ」
「なんだ……?」
リカルドは怪訝な顔で端末を覗き込み──絶句した。
「なっ……!?」
フェスでのグッズ販売、握手会などの接触イベント売上、その他も含めた総額。それらが合算された数字は、リカルドの予想を遥かに超えていた。
「今回のフェスだけで稼いだ額、すごいっしょ。イベントの分と合わせたらウチの事務所の年間売上の四分の一、いっちゃってるけど?」
「ば、馬鹿な……! これほどの成果だと!?」
「掲示板の話題性も抜群。ファンクラブの入会希望者数もさ、イベント後に五百人増えたよ」
エリオは淡々と事実を突きつける。
それは単なる自慢ではない。これから始まる交渉のための鋭利なナイフだ。
「今、ウチの事務所で一番の稼ぎ頭は誰だっけ? ……オレちゃんだよね」
リカルドの顔に汗が流れる。
オフィス・グリードは安定している事務所ではない。色んなタレントを抱えているがパクリを強みに売り出す都合上、短期的な利益になりがちだからだ。
そんな中、エリオが叩き出したこの数字は事務所の命運を左右するほどのインパクトを持っていた。
「……それがどうした! 稼いだのは事務所の力だ、お前はただの──」
「まだわかってないの?」
エリオは立ち上がった。
身長はリカルドと同じくらいだが、鍛え上げられた肉体と修羅場をくぐり抜けてきた覚悟が、彼を何倍も大きく見せていた。
「クビにする? できるわけないよね。今、オレちゃんがいなくなったら……事務所の経営、ヤバいんじゃない?」
「ぐ、ぬぬ……!」
図星だった。
芸能の仕事は先行投資がつきもの、資金繰りが苦しい場面もある。リカルドにとって、今のエリオは手放せないドル箱。いや、ドル箱以上の生命線になってしまった。
「オレちゃんが『辞めます』って言って、他の……たとえば、RE:Genesisがいる冒険者ギルドに移籍したらどうなると思う? 向こうは歓迎してくれるかもよ?」
「き、貴様……!」
「違約金? この集客力があればすぐ払えるよ。文句があるなら何でもすればいい。その間にオレちゃんはもっとビッグになって、あんたの事務所は干からびていくだけだ」
尻尾を揺らしながらエリオは一歩、また一歩と詰め寄っていく。
リカルドが後ずさり、壁に背中が当たった。逃げ場はない。
「別に、これからもエロ売りは続けてやるよ。オレちゃんの武器だしね。汚れ仕事だってやってやる。金になることは何でもするさ」
エリオの手が伸び、下品にギラつくリカルドのネクタイを掴んだ。
グイッ、と強引に引き寄せる。鼻先が触れ合うほどの距離。
「……でも、最終的なやり方はオレが決める」
低く、冷たい声。
チャラ男の仮面を完全に脱ぎ捨てた、一人の男の顔がそこにあった。
「これからは対等なビジネスパートナーだ。あんたの言いなりにはならない、オレらしくやらせてもらう。文句ある?」
リカルドは震えていた。
恐怖ではない。自分が見下していた道具に、いつの間にか首輪を握り返されていた屈辱と、抗えない現実への苛立ち。
金がすべてのこの男にとって、稼げる商品に逃げられることほど恐ろしいことはないのだ。
「……チッ、好きにしろ!」
長い沈黙の後、リカルドはエリオを睨みながら忌々しげに舌打ちをした。
「稼ぎが落ちたら容赦しねえぞ! そうなったら地獄の底まで追い込んでやるからな!」
「はいはい、了解~♪ 期待しててよ、社長☆」
エリオはパッとネクタイを離し、いつもの軽い笑顔に戻った。
リカルドは乱れた襟元を直し、ブツブツと文句を言いながら部屋を出て行く。
バタンッ!
乱暴にドアを閉める音が響き、部屋に静寂が戻った。
「…………」
その場に立ち尽くし、数秒後。
彼は糸が切れたように膝から崩れ落ち、ソファに深く沈み込んだ。
「はぁ~……! ビビったぁ……」
エリオは自分の胸を押さえた。心臓が早鐘を打っている。
膝がガクガクと震え、手にはじっとりと冷や汗をかいていた。怯えていた心を落ち着かせるように、尻尾が体に巻き付く。
「あんな脅し、一歩間違えば終わってたぞ……マジで……」
強気な態度はすべて演技だったのだ。
相手は腐っても芸能界で生き延びた人間だ。もし「代わりはいくらでもいる」と切り捨てられたら、エリオの居場所は本当になくなっていたかもしれない。
ハッタリと、実績という武器を使ったギリギリの賭けに全ベットしたのだ。
「でも、勝った……」
エリオは天井を見上げ、大きく息を吐く。これまで首に巻き付いていた見えない鎖が、ガチャリと音を立てて外れた気がした。
「これからは、オレの足で歩ける」
誰かの言いなりになるだけの道具じゃない。
自分の意志で道を選び、自分の足で進むことができる。泥水をすすり、道化を演じ、惨めに這いつくばって……ようやく掴み取った自由。
「へへっ……悪くない気分だ」
エリオは自分の手を見つめた。大きく、筋肉質になった男らしい手。
天才子役だった頃の綺麗な手ではない。どんな仕事も選ばずやり続けた、二流アイドルの手。でも今の彼には、この手が誇らしく思えた。
「さてと! 明日も仕事だし、風呂入って寝るかぁ!」
エリオはパンと両頬を叩き、再び「マッスルプリンス・エリオ」の仮面を被った。だが、その仮面の下に以前のような空虚な闇はない。したたかで図太くて、少しだけ希望に満ちた輝きが宿っていた。
彼は立ち上がり、ホテルの窓を開ける。夜風が、新しい門出を祝うように吹き抜けていった。




