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22. イベント後は敵も味方もノーサイド

 サザンクロス島の海沿いにある、開放的なオープンカフェレストラン。

 波の音がBGM代わりになり、夜風が火照った体を心地よく冷やしてくれる絶好のロケーション。今夜、ここは貸し切りとなっていた。


「よぉーし、野郎ども! 今日は無礼講だ! 飲め飲めーっ!」


 ジョッキ片手に音頭を取っているのは、なぜかガルドだ。

 彼の周りにはRE:Genesisのメンバー、マリアンヌ率いる『ホーリー・エンジェルス』、そしてエリオが集まっている。フェスに参加していた他の人々も、別のテーブルに座って準備万端だ。


「全員、酒は回ったな? んじゃ行くぞォーッ! かんぱぁーい!」

「「「かんぱーい!!」」」


 数々のグラスがぶつかり合い、祝宴の鐘が鳴らされた。

 テーブルには山盛りの肉料理、色鮮やかなトロピカルフルーツ、そして冷えたエールやジュースが所狭しと並んでいる。


「ちょっ、ガルドさん! 飲みすぎないでくださいよ! 明日は帰るんですから!」

「堅ぇこと言うなよタケル! こんな美味い酒、飲まなきゃバチが当たるぜ?」

「ああもう……。すみませんマリアンヌさん、騒がしくて」


 タケルが苦笑しながら謝ると、優雅にフルーツジュースを飲んでいたマリアンヌが微笑んだ。


「構いません。イベント後の宴というのは、こういうものですから」

「私たちも、たまには羽を伸ばさせていただきます!」

「はぁ~……このお肉、最高です!」


 聖歌隊の少女たちも、今日ばかりは厳しい戒律を忘れて料理に舌鼓を打っている。普段はライバルのアイドルたちが、同じテーブルを囲んでノーサイドで笑い合う。それもまた、祭りの夜ならではの光景だった。


 *


「やっほー聖女様! オレちゃんのステージ、どうだった?」


 そんな和やかな空気に、軽い調子の男が割り込んできた。

 エリオだ。彼は片手にグラスを持ち、マリアンヌの隣にスルリと座り込んだ。彼女はにこやかな笑みを浮かべた上で、手で牽制する。


「あまり近づきすぎないでいただけます?」

「え~? 減るもんじゃなし、いいじゃんいいじゃん。で? オレちゃんの復活劇、感動したっしょ?」


 牽制してもグイグイ来るエリオの態度にマリアンヌは眉をひそめ、呆れたようにため息をついた。


「……欠片も品がありませんし、貴方の売り方は言語道断です」

「うっ、酷い言われようだねぇ……」

「ですが、あの状況から立て直し、観客を惹きつけた技術と度胸は評価します。やり方は好きではありませんが、プロとしての意地は見せていただきました」


 聖女からの最大限の賛辞。

 こんなに褒めてもらえると思っていなかったエリオは驚いたように何度か瞬きをして、それから笑った。


「うわ、マジ? もしかして聖女様、オレちゃんにキュンとしちゃった~!?」

「個人として仲良くするつもりは一切ありません。調子に乗らないでください」

「ひえっ! 冗談冗談! 怖いなぁもう!」


 マリアンヌの背後で、聖歌隊の少女たちがニコニコしながらメイスやタンバリンを構える。殺気はないが、圧はすごい。

 エリオは大げさに両手を上げて降参してみせた。その光景に、周囲から笑いが起きる。以前のような殺伐とした敵対心は、そこにはもうなかった。


 *


 宴もたけなわとなった頃。

 タケルは少し離れた席で涼んでいるエリオに声をかけた。


「なぁ、エリオ。ちょっといいか?」

「ん? どしたの本家さん☆」

「いや、その……事務所の方は大丈夫なのか? 社長、カンカンだっただろ」


 イベント後、リカルドが激怒していたのをタケルは見ていたのだ。独断で動いたエリオが、後で酷い目に遭わされないかと心配している。


「あー、アレね。大丈夫だよ」


 エリオは骨付き肉にかぶりつきながら、あっけらかんと答えた。

 口元のソースを拭い、ニヤリと笑う。


「これからはオレちゃんの好きなようにやらせてもらうことにする。エロ売りもするし、汚れ仕事もやるけど……安売りだけはしないってね」


 その表情に、以前のような自虐や諦めはない。

 自分の価値を理解し、自らの足で立つ覚悟を決めた男の顔だ。


「そっか。……よかったな、エリオ」

「ま、この芸能界セカイで生き残るって決めたからね。これくらいは朝飯前っしょ!」


 タケルはホッと安堵の息を吐いた。どうやら余計な心配だったようだ。彼はもう、誰かに守られるだけの存在ではない。


「でも、安心するのは早いよ、本家さん? これからもあんたらの美味しいとこは、しっかりパクらせてもらうからさ!」

「えっ?」

「人気も、客も、話題も。全部オレちゃんが美味しくいただく予定なんで、よろしく~♪」


 あえてパクリを公言する宣戦布告。

 今の売り方にオリジナリティがないと認めた上で、それでも貪欲にすべてを食らい尽くしてのし上がる。エリオなりの「最強」を目指す宣言だった。


「はぁ、強欲な奴。でも、トップを狙うならそれくらいの気概は必要か」

「だろ? 油断してると、足元すくっちゃうよ?」

「悪いが負ける気はないぞ。なんてったって、ヴァルガンは最強のアイドルだからな!」


 タケルはグラスを掲げた。エリオも自分のグラスを掲げ、柔らかく微笑む。

 カチン、と硬い音が夜のテラスに響いた。


 *


 夜が更け、宴はお開きとなった。

 マリアンヌたちやガルドたちは先に宿へと戻り、店にはタケルとヴァルガン、そしてエリオだけが残っていた。

 波の音だけが響く、静かな夜。


「じゃ、オレちゃんも帰るわ。明日は朝イチで仕事やんなきゃいけないしな~」

「忙しいな」

「売れっ子は辛いね~! あー、やだやだ」


 軽口を叩きながら、エリオは出口へと向かい──

 数歩進んだところで足を止めた。くるりと振り返り、真面目な顔になる。


「……ありがとね、本家さん。あの時、ステージで立たせてくれて」


 もしあそこでヴァルガンが乱入しなければ、エリオは心が折れたまま終わっていただろう。再起不能になり、芸能界から消えていたかもしれない。

 あれは敵に塩を送る行為であり、最大の救済でもあった。


「礼には及ばん」


 ヴァルガンは夜空を見上げたまま、淡々と答えた。


「貴様の魂が、まだ死んでいなかっただけだ。死んでいる者を立たせることはできんからな」

「へっ、最後までカッコつけやがって。じゃあな! オレちゃん活躍しまくっちゃうから、覚悟しとけよ!」


 エリオは手を振り、闇の中へと消えていった。

 その足取りは軽い。もう、迷いはない。


「……いいライバルになりそうだな」

「ああ。我の覇道を彩るには、悪くない道化だ」


 タケルとヴァルガンもまた、満足げに笑い合った。サザンクロス島での激闘は、こうして本当の意味で幕を下ろしたのだった。

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