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双書の黙示録 ― 終末を観測する少女 ―  作者: 夜柊乃
1章

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1/4

最後の瞬間

 ―――空が裂けていた。

 比喩ではなく、空そのものが裂けていた。裂け目の向こうには何もない。

 星も、雲も、光もない。そこには、何も存在していなかった。ただ、”在しない”という事実だけがあった。

 世界が終わる。

 リゼ・アルフェンは、それを知っていた。これから世界が、存在全てが無くなってしまうことを。知っていた。だからこそ、ここにいた。

 足元には無数の瓦礫。崩壊した塔の残骸。割れた地面に燃え広がる大地。


 そして――血。


 自分のものではない。隣で倒れている相棒、白狼のものだ。


「……アルヴァ」


 声は出たが、反応はない。白狼は横たわったまま動かない。純白で、あれほど柔らかかった毛並みは、赤く染まり、埃に汚れている。

 リゼはその体に手を置いたが、温もりがだんだん失われていく。何度も撫でた。何度も相棒の名前を呼んだ。だが返事はない。


 終末書が彼女の傍に落ちていた。開かれたままのページに、今の時代では使われなくなった古代文字が記されている。

 だが、彼女にはその文字が読める。その内容は、何度も見てきたものだった。淡々と事実だけが記されている。


『人類の希望は、絶望の手先によって排除される』

『希望が潰えた世界は崩壊を止められず、世界は滅びる』


 確定された未来。予言とも言えるその内容はまさに、これから起きる事象が記されている。


 彼女はゆっくりと顔を上げ、目線を白狼から男へと変える。


 黒い外套を身に纏い、長い金髪を無造作に広げる人物。エルド・ヴァルケン。彼の手には、彼の手には、終末書と対をなすもう一冊の書――滅亡に至る手順を記す書があった。


 彼は裂けた空からリゼ・アルフェンへと視線を向けた。だがその目に感情はなかった。怒りも、憎しみも、哀れみもない。そして手中の書に目線を変える。


「これで、終わりだ」


 静かな声だった。

 宣言ではない、世界の終わりを確信した報告。


 リゼはここまで何度も世界の滅亡を回避してきた。魔導塔の暴走、崩壊。破壊された封印から出現した厄災を再封印。だが、止める度に終末書は更新され新たな終末を描き続けた。


 男は剣を構える。


 意味がないように思う。勝てないと知っている。だが、それでも同じように剣を構える。


 男が動いた。その速さは、認識できなかった。既に剣は振り下ろされ、体は後ろに倒れ視界が揺れる。倒れた横にいた相棒の姿が視界に入り、名前を呼ぼうと口を動かすが、こぼれたのは赤い血だけだった。

 微かに残った力を振り絞り、頭を撫でると冷え切った体温が手に伝わる。その温度が広がるように、自分の体温も下がっていくのが分かる。


 また、こうなってしまった。

 痛い思いをさせてしまった。

 こうならないように置いて来た筈だったのに、いつの間にか傍にいて自分を庇った。


 力の入らない腕がべしゃりと血の上に投げ出される。

 呼吸が止まる。心音も。


 終末書の文字が書き換わった。

『世界は滅亡した』


 ――次の瞬間、リゼは椅子に座っていた。

 窓からは暖かな陽の光が差し込み、優しい風がカーテンを揺らす。


 良く見慣れた光景、王立アルセイン学園の教室。足元を見ると、柔らかそうな白い毛並みを携えた白狼、アルヴァが気持ちよさそうに足に身を寄せて眠っている。

 触り心地のよさそうな体を撫でると、目を覚ましたのか何も知らない顔でこちらを見つめてくる。まだ眠そうに開ききっていない目を見つめ返すと、ただ撫でられているだけだと分かると、元の体勢に戻り、再び目を閉じた。

 その視界の端、机の上には終末書が開かれて置かれている。しかし、開かれたページには何も書かれておらず、風でひとりでにページがめくられていくがどのページにも文字は書かれていなかった。


 また、この瞬間へ戻ってきた。世界も、時間も、すべてが巻き戻っている。


 彼女は目を閉じる。

 そして、ゆっくりと開いた。


「――また、ここから」


 世界はまだ、滅びを知らない。

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