魅了王子と婚約者との再会
タピオは塀の割れた間を眺めていた。
遠くから鳥の囀りが届く。風が吹き木の葉が宙を舞った。すると、青い鳥が空へ吸い込まれるように飛んでいく。
「タピオ様…」
「んっ、いなかったみたいだ…」
ここへ着くまで、タピオはがむしゃらに走った。万が一、ヘルミがこの壁を登ろうと試みて怪我を負っては大変だからだ。
サーシャの示した石垣の裂け目にヘルミはいなかった。
この場所へヘルミがいない方がタピオにとって都合が良いのに、それなのに、彼女の姿を探してしまう。
愛を紡いでくれたヘルミのあの笑顔に会いたいとタピオは望んでいた。
修道院を下りたところにある人里へ戻ったのだろう…。ヘルミが村へ泊まっているのは修道女から聞いていた。
「はぁはぁ…。向こうで…倒れている…とかないの?」
レンニより一足遅れてサーシャが駆けつける。息があがっているのは、サーシャなりに全力疾走してきたのだ。途中、足手纏いになるからと、レンニへ先に行くようサーシャは促した。
「もし倒れてたら、彼女には常に護衛がついているから…。ちゃんと対応はしてくれるだろうね…」
ヘルミの父親は娘を溺愛していた。娘に内緒で常に精鋭の護衛を配置するほどに…。もし、独断でヘルミが公爵家を抜出し、ここに来たとしても、護衛が隠れてついてきてるのは間違いない…。
冷静に判断すれば、ヘルミに危険が及ぶことはないのだ。それなのに、タピオの身体は反射的に走りだしていた。
「サーシャちゃん、これ落ちてたよ」
畑へ置き忘れていたオクラの入った籠をタピオに差出される。
「ありがとう…。オクラのスープを作ろうと思ってたのに、忘れちゃって…」
サーシャが仰ぐと穏やかなタピオの眼差しとぶつかった。サーシャは耳まで赤く染まるがタピオは気づいた様子はない。
「帰ろうか?ここの補修は修道院へ報告することにして…」
木々が騒めき、大量の落ち葉が辺りへ散る。タピオは再び、石垣の裂け目へ視線を移す。
「ヘルミ…」
サーシャへ逃げられたあと、ヘルミは諦めきれなかった。
せめて、タピオがいるであろう塔を眺めていたいと近くの大木に登ったのだが、意外にも木の上は陽当たりが快くてヘルミは眠りについていた。
「んーーーー!私ったら寝てしまっていたわ…」
タピオが位置からは葉が厚く重なり、その奥へいたヘルミを見落としていたのだが、ヘルミが身をよじったことで枝がしなり、その辺りの葉が落葉したのだ。
「ヘルミ…」
ヘルミは目を瞬いた。目下には最愛のタピオが驚いた顔で見上げている。
「あらっ…。嫌だわ…。恋しすぎて…。タピオ様の幻覚が見え…」
「ヘルミ…」
狼狽えているヘルミへタピオは微笑んだ。
懐かしく…。ヘルミをもっとも幸福にしてくれた微笑み…。
「タピオ様…。タピオ様だわ!」
「あっ!」
そこが枝の上であったのも忘れて身を投げだすヘルミ、タピオは石壁へ手を掛けて飛躍する。
「「危ないっ!タピオ」様!」
サーシャやレンニは二人が魔法壁に弾かれないかと叫んだ。
堀の上でバランスを駆使しながら両手を広げて難なくタピオはヘルミを抱きとめている。
サーシャは両手で顔を覆っていたのだが、目を開けると指の隙間からタピオとヘルミが互いに見つめあい微笑みあっていた。
「なんで…。投げだされてない…」
その様子に胸の奥がチクリと痛むが、タピオの幸せそうな顔を見ているとこれで良かったのだとサーシャは納得した。
「それは私がお話ししましょう…」
先程までヘルミのいた樹上へ背筋が正しく身のこなしが軽やかな騎士が佇んでいる。
「ディアミド…。やはりいたんだね…」
「こうでもしないと、タピオ様はお嬢様に会ってくださらなかったでしょ?」
タピオの行動を予測して、ディアミドは一切動かなかった。タピオの首へ腕を絡めて離さないヘルミを見て、ディアミドは満足そうに頷く。
「はぁ…」
「お嬢様のことですから、この壁を越えかねないでしょ?私、主人である公爵様からお嬢様のことは一任されておりまして…。お嬢様様のためならば大抵のことは独断で行動しても許されるのです…」
「前置きはいいから…」
「この国の魔法研究所へ知り合いがいるのです。こちらに収監されている罪人も逃げる意志がないようですし、お嬢様の安全のために逃亡防止の魔法を無効にしていただきました…」
一時期、ディアミドは国家間の文化交流のため、この国へ留学していたことがある。
その時に魔法研究所所長の息子と仲良くなった…。仲良くなったというよりは彼のことが気にいり、自称友人としてつきまとった。
帰国後もその腐れ縁が続き、この度の依頼をしたところ、逃亡防止の魔法石の効力を無効にする代わり、その間、責任を持ってサーシャを見張ることと返答があった。
ディアミドだけでなく、数人の護衛騎士がヘルミにはついている。ヘルミはこちらへ訪れてからは塔周辺に入り浸っていたため、ヘルミの警護、サーシャの監視を同時にこなすことが可能だった。
「合点がいった…」
「ですが…。さすがタピオ様でいらっしゃる…」
ディアミドはわざとらしく手を打ちあわせる。タピオはディアミドの言葉に含みを感じて眉を顰めた。タピオには珍しい表情だ。
「?」
「危険も顧みず、お嬢様をお助けするとは…」
タピオに考える余裕などなかった。思わず、身体が動いていたのだ。ヘルミのことになると冷静さが欠けると反省したばかりだったのに…。
「そのような方ですから、我が主人も、私もお嬢様にはタピオ様が相応しいと思ってましたのに…」
「それは魅了で…」
今もなお、無意識にしろ魅了魔法で人々を惑わせていたことにタピオは苛まれている。
「この堀のおかげで魅了防止魔法は継続してますよ…。お嬢様も私も魅了にはかかっておりません。本心でございます」
ディアミドはしっかりとした口調で断言した