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子爵令嬢の葛藤

「おーい!今日のお昼は何か作るって言ってなかったか?」

 レンニがサーシャの部屋の前で戸を叩く。

 朝、サーシャは畑から戻ってきて自室に籠っていた。レンニはそのときのサーシャの様子が気になっていた。うつむき加減でレンニの脇を通り過ぎていったサーシャは泣いていたように思えた。

「おーーーい!お腹すいてるんだけど?」

 しばらく待って返事がないので、レンニが諦めかけたとき、ギィっと戸が開く。

「好きみたいなの…」

 サーシャは白いシーツを頭から被りレンニを仰ぎみる。紫水晶のような瞳が涙で揺れていた。

 部屋の中でシーツに包まり、サーシャは一人泣いていたようだとレンニは察した。

 サーシャの部屋の窓から日差しが降りそそぎ、薄らと舞っている塵がキラキラと光っている。

 サーシャの身体が金色の輝きに包まれ、まるで花嫁がベールを身につけているようだとレンニは思った。

「それをオレに言われても…」

 手の甲で口元を隠しながらレンニは答えた。猫耳がピクッと動く。

 サーシャの告げた『好きみたい』の相手が自分でないことをレンニは理解しているのだが…。体温が上昇していくのを止められない。

「今日…。ヘルミっていう令嬢が来てたわ…。タピオを今でも愛しているって伝えてほしいって…」

「そうか…」

 レンニはヘルミが修道院周辺に留まっていることを知っていた。修道女がタピオへ報告していたからだ。

 侍従であるレンニが修道院で目撃されれば、タピオが塔にいることが露呈してしまう。そこで、レンニはしばらく修道院へ行くのを控えていた。

「タピオに言いたくない…」

「それで良いんじゃないか…」

 主人タピオを非難するためにヘルミは修道院へ訪れたのではないと、レンニは忠言するもタピオは頑なに聞く耳を持ってくれなかった…。

 ヘルミが僻地までやって来たのは、魅了をかけていた自分を糾弾するためだとタピオは考えていた。どれほどヘルミから罵られようともタピオは全てを受けとめられる。

 けれど、きっと…。タピオはまたヘルミに恋をする。美しいヘルミを目の前にタピオは高揚する心を抑えられないだろう…。

 それ故にタピオはヘルミと再会することを恐れていた。再び、ヘルミと別れを繰り返すことにタピオは正気を保てるのか自信がなかったのだ。

「お前が言いたくないなら言わなくてもいい」

 レンニが淡々と答えるとサーシャは頭を左右に振った。

「んくっ…。でも、伝えれば…。タピオは喜ぶわ…」

「そうだろうな…」

 レンニはサーシャの頭を引き寄せて優しく撫でた。らしくない事をしていると、レンニもサーシャも思っていた。

「だから…。ちゃんと言う…」

「そうだな…。オレもタピオ様に幸せになってもらいたい…。だから、お前は正しいと思う…」

 いつになく柔らかな口調で話すレンニに、サーシャの涙腺が緩んだ。

「ふっ…。うわぁーーーーーーーん!」

 しばらく…。レンニは黙って、泣いているサーシャへ寄り添った。サーシャの涙で濡れた頬をシーツで拭う。

 大泣きをしているサーシャの顔はかなり浮腫んでいる。それでも、可愛いとレンニは思った。

 レンニの心境の変化をサーシャは知らない。

「ところでお前はどこでヘルミ様に会ったんだ?」

 塔から外部へ接触するには石垣と修道院を繋げている回廊を通るよりほかはない。塔で暮らしているサーシャがヘルミが出会うことなどないはずだ。

「石垣よ…」

「石垣って…」

「多分、この間の雷かな…。崩れていたのよ」

「どこら辺?」

「畑のあるところよ…。崩れた間から顔を覗かせてて…。登ってきそうな勢いだった…」

 サーシャがレンニへ説明していると素っ頓狂な声があがる。

「何だって?」

「タピオ…。いつからそこに?」

 サーシャを呼びに行ったきり、レンニは戻ってこない。そこで気を利かせて、タピオはサーシャの代わりに昼ごはんの下拵えをしていた。丁度、野菜を刻み始めたとき、サーシャの泣き声が台所まで届き、サーシャの部屋まで様子を見に来たのだ。

 何があったのか、号泣しているサーシャを傍らで懸命に慰めているレンニ…。

 一昔前までは水と油のような関係であったはずなのに、タピオは二人の姿が微笑ましくてそっと隠れて見守っていたのだった。

「ごめん!サーシャちゃん、話はあとでっ!」

 タピオは真っ青になって、サーシャへ踵を返し駆け出した。

 タピオはあっという間に塔から出ていく。

「令嬢には登れないと思うわよっ!」

 サーシャは部屋の窓を開けると、タピオの背中に向かって叫んだ。

「あぁ見えて、ヘルミは昔からお転婆なんだっ!」

 タピオは振り向きもしなかったが、大声で走りながら返事をした。

 あれから時間も経っている。ヘルミがまだそこへ留まっているかも不明だ。帰ったかもしれない…。

 サーシャはタピオが何故あれほど慌てているのか不思議でならなかった。

「別に…。いいじゃない?越えて来ても、死ぬわけでもないし…」

「大怪我はするだろうな…。運が悪ければ死ぬことだってある…」

 神妙な面持ちでレンニが答えた。

「えっ?」

「あの石垣には魔法石が埋めこんでるんだ…。魅了封じの役割も果たしているけど、罪人が逃げないようにあの石垣を越えようとすると身体が弾かれる…」

「えええええええぇ!」

 サーシャは思わずレンニの手を握って、タピオの後を追ったのだった。

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