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子爵令嬢と恋の予感

 猫獣人であるレンニは面立ちが愛らしく、圧倒的にサーシャの好みである。

 柔らかな灰色の髪の合間から覗く憂いを帯びた大きな琥珀の瞳、シャープな横顔の線に小さく整っている鼻筋。少年特有のあどけない面影は残っているが、しなやかな筋肉がついた身体は青年へと成長していた。

 しかも、フサフサの猫耳や尻尾が庇護欲をそそり、レンニは間違いなく男前イケメンなのだ。

 間違いないのだが…。

 タピオといえば、身体を鍛えられていて逞しいが、サラサラとした髪、慈愛の満ちた目は共に親しみやすい茶色で印象がかすみ、平たい鼻に唇が薄く顔立ちがあっさりしている。

 なのに…。

 サーシャの心を騒つかせるのはいつもタピオだった。

「タピオ様は誰に対しても寛容なんだ。オレ、タピオ様へ噛みついたことがあって、タピオ様は大怪我をしたんだけど、血を吹きだしながらも怒らず宥めてくれたんだよね」

 サーシャはレンニと会うまで獣人は絵空事だと思っていた。話には聞いていたが一度も見たことのない存在をサーシャは信じていなかった。

 そんな獣人であるレンニが何故タピオの従者になり得たのか、純真に興味を持ってサーシャは尋ねた。

「レンニ、悪いけど…。そこの薪を取ってきてくれないか?」

「はい、ただいま…」

 タピオはケーキを焼くために石窯へ火おこしをしていた。その側でサーシャは型へ生地を流しこみ整えている。レンニから薪を受け取り、タピオは石窯へ放った。

 塔で開催した初めての食事会は子供たちに好評で、次回はお茶会にしようとタピオが計画し、今日はケーキの試食会が開かれる。

「火の勢いがまだ足りないかな…」

「外から薪を多めに持ってきますね」

「あぁ、すまないね…」

 タピオは薪を取りにいくレンニの背中を見送った。サーシャの視線に気づきタピオは笑う。

「あっ、そうそう…。獣人の話だったね…。僕の国には獣人の自治区があってね。国の管理下に置いてはいるんだけど…。彼らは独自の文化があって自由に暮らしているんだ…」

 レンニはタピオの国の国境近くで拾われた獣人だ。タピオの国では北に鬱蒼と広がる森の奥へ獣人だけが住んでいる自治区がある。

 その自治区を背に高峰が連なり、その向こう側へ獣人の国がある。季節変わらず山頂は冠雪が残り、山を越えるには聳え立つ氷壁を登らなければならず、何らかの理由でこの地区へ残された獣人たちは物珍しさに誘拐され売買されることがあった。

 それを阻止するため、タピオの国では獣人を見つければ保護し自治区へ帰している。レンニはタピオの人柄に惹かれて、自治区へ戻ることなく、侍従になったのだった。

「タピオ…。本当にバカなのね?攻撃した相手を侍従にするなんて…」

「密売人へ捕まっててレンニも興奮していたんだよ…。別に腕を噛まれたぐらいどうってことないさ…。レンニがその時に味わった恐怖に比べて大したことないと思うよ」

 タピオはいつも穏やかだ。

 土へ雨水が浸みこむように、タピオの優しさは渇いていたサーシャの心をゆっくりと潤していった。


 夏の終わり…。

 真っ黒な雲が近づいてくる。夏なのに冷たい風が頬を掠めていく。サーシャは眉間に皺を寄せた。少し前、南東の空へモクモクと成長していく積乱雲をサーシャは目視していた。

 案の定、ゴロゴロと音が鳴り始める。そのうち、窓を雨が叩きつけ、稲光が斜めに走った。

「キャッ!」

 急いで取りこんだ洗濯物を、サーシャは机の上に投げだしていたのだが、咄嗟にその一つ大きなシーツを掴んで頭から被った。

「いたいた!やっぱり…。サーシャちゃんも雷が嫌いなんだね?」

 シーツの隙間から靴が見える。屈んだタピオがスーツの間からサーシャの様子を窺う。

 サーシャの震えている肩を確認して、そっとタピオは手を添える。じんわりとタピオの体温が伝わり、サーシャは安堵した。

「…。もって?」

「レンニも苦手なんだよ…。通常の人より耳がいいからかな?サーシャちゃん、雷雲が遠くに行くまで一緒にいよう…。おいで…」

 タピオに手を引かれて、辿りついたのはいつも子供たちが教室として使用している部屋だった。

 レンニは掃除をしていたようで、箒が床へ転がっている。当の本人は部屋の片隅で耳を塞いで縮こまっていた。

「この前、雷が鳴った夜…。朝、サーシャちゃんの目が腫れてたでしょ?もしかしたら、雷が嫌いなのかなって思ってたんだ…」

 レンニの横へ腰を下ろしたタピオは、サーシャへ隣に座るようにほのめかす。サーシャは素直に従うとタピオはサーシャの持っていたシーツを受け取った。

「小さいとき、遊んでいたら、近くの木に落ちたことが…、キャッ!」

 窓から光が差しこみ、大きな音が轟く。窓枠がしなった。すかさず、タピオは三人並んだ頭の上からシーツをかける。

 雷鳴が響くたびにギュッと唇を噛むレンニと手先が冷たくなるサーシャ、二人の背中を撫でながら唐突にタピオは歌いはじめた。

「…雨が降っても君となら楽しい…、雷音に合わせて足踏みして踊ろうよ…」

 不自然に音程が外れて強弱の抑揚も安定していない。どうやら、タピオは音痴のようだ。

「下手な歌ね…」

 雷を忘れるほどに呆れたサーシャから指摘を受け、タピオは意気消沈した。タピオは歌唱力に自信があった。

「そうかな…。国で孤児院に慰問へ行っていたとき、子守唄がわりに歌っていたんだけど…。皆んな喜んでいたよ…。やっぱり、魅了のせいだったのかな?」

 落胆するタピオの肩を叩き慰めるサーシャ…。いつの間にか、立場が逆転している。

「下手だけど…。耳障りなことはなくて、寧ろ心地よいわ…」

「そう?」

 訴えかけるようなタピオの眼差し、サーシャはタピオの目は澄んでいて綺麗だなと思った。

「えぇ…。だから、もっと歌って…」

「もちろんだよ…」

 変な拍子でタピオは再び意気揚々と歌いだした。その歌を聴きながら、心が落ち着いてきたサーシャはタピオの肩へ寄りかかりいつの間にか眠っていた。

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