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魅了王子と子供たち

 サーシャが塔に幽閉されて二年の月日が経った。

 当初、何もせず暇を持て余していたサーシャは、粘り強いタピオの説得により家事を手伝うようになっていた。

 薪割りや水汲みなどの力仕事は男二人に任せていたが、その他のことは一通りできるようになった。芋の皮剥きはお手のものだ。

「すごいね!ジャガイモをこんなに綺麗に剥けるになるなんて!」

 タピオが大袈裟にサーシャを褒めると、レンニが嫌味を言う。

「本当ですよ…。最初なんて親指ほどの固まりしか残らなかったのに…」

「そこ逐一うるさいよ!私だって成長するんだからっ!」

 確かにサーシャは成長した。二年前が信じられないほどだ。

 今では一人で料理を作れるようになったし、洗濯だってお茶の子さいさいだ。掃除もちゃんと埃を落としてから箒がけ、モップ拭きすることを学んだ。

 全てタピオとレンニに教わったことだった。

「お母様は貴女が出来る子だって信じてたわよ…」

「いつから、私の母さんは男になったんだっけ?」

「あら?酷いわね…。うふふっ」

「だから、その気持ち悪い口調やめてって…。ふっ…はっ…」

 サーシャとタピオがつまらない寸劇を披露しても、観客はレンニしかいないのだが、無邪気に笑いあうこの雰囲気がサーシャは嫌いではない。

「サーシャちゃん、待って…。僕が持っていくよ…」

 サーシャが机の上に置いてあったグローブへ手を伸ばすと、横からタピオに取られた。

 大きな鍋へ最後にジャガイモを投入して煮込んだポトフから、ハーブの爽やかな香りが広がる。タピオはグローブを着用して、大鍋を慎重に持ち運ぶ。

「重くない?」

「いや…。このくらい何ともないよ…」

 横を並んで歩くタピオと会話するとき、サーシャはタピオを見上げなければならなかった。

「立ったまま、タピオと話してると肩凝りそうなんだよね…」

 タピオはサーシャよりも頭ひとつ分背が高い。

「あぁ…。僕の国は高身長の人が多いから…。でも、兄弟の中では一番背が低かったんだけどね…」

 袖が捲られた腕の筋肉をサーシャは一瞥した。筋張った前腕へ血管が浮かんでいる。タピオは着痩せをするが体格は良かった。

「タピオって、無駄にガッチリしてるよね?」

「無駄って…。酷いな…」

 苦笑いをしながらも、タピオが気を悪くした様子は一切ない。

「幸いそんなことは一度もなかったけど…。有事の際は第二王子である僕が王国騎士団を率いることになってたから…。ほら、王太子は王の後継ぎでしょ?何かあったら大変じゃない?だから、こう見えても、城で暮らしていたときは毎日鍛錬に励んでいたんだよ」

 タピオの顔立ちはごくごく普通だが、立ち姿が凛としている。立ち振舞いも気品のある紳士だ。

「タピオって、男前イケメンでなくてもそれなりにモテたんじゃない?」

 魅了魔法がなくとも、ほどほどに令嬢たちから人気があったのではないかと推測するサーシャだったが、タピオ自身はそれを否定する。

「それほどでもなかったよ…。だから、自分が魅了魔法を使っているなんて思ってなかったし…」

 タピオは自嘲するが、本人も気づかないうち、のらりくらりと令嬢たちの好意をかわしていたのではないだろうか…。

 タピオなら相手を傷つけることなく距離を置くことも難なくこなしそうだとサーシャは思った。

 宮中の柱の影で恋心を抱いていた令嬢は少なくなかっただろう…。

 魅了魔法は見目麗しいものが使い手となるのが一般的な学説だ。魅了をかけるには、まず相手に好意を抱かせなければならない。故に容姿の美しいものが使い手となるのだとか…。

 タピオは例外である。だが、タピオは天然の人たらしだ。

 その実直な性格に皆が好意を持ち虜となって、魅了にかかるのではないか…。サーシャが独自に考えた結論だった。

「ほら、皆んな!危ないから待ちなさい!」

 この修道院を任されている修道女が子供たちへ注意を促す。子供たちはタピオが持っている鍋を興味深そうに眺めている。

 一人の子供が待ちきれなくて、タピオの元へ走り出した。先に食卓の準備をしていたレンニが慌てて子供を抱きとめる。

「もうちょっとだけ待ってろ…。すぐに食べれるからな」

 この修道院は孤児院としての機能はない。ここへ奉仕する修道女の仕事は塔へ収監されているものの見張り、生活支援などが主である。

 罪人が今までの罪を悔い改め健やかな心持ちで生きていけるように指導していくのだ。

 だが、修道院へ子供を捨てにくる親はいるもので子供を追いだすわけにもいかず、現在、3歳から10歳までの六人の子供たちが修道院で生活をしていた。

 タピオは修道院の実態を把握しており、塔へ居座るかわりにサーシャへの世話を一手に引き受けていた。

 タピオが木製の器へスープを注ぎ、サーシャが食卓へ並べる。子供たちは目を輝かせている。

 野外へ設置された木製の大きなテーブル、人数分ある椅子や器はレンニが近くに広がる森で大木を切り倒し何日も時間を費やして作成した。

「さぁ、皆んな席について…」

 修道女のかけ声に孤児最年少の少女がサーシャへ手を差しだす。

 サーシャは眉尻をあげてため息をつくも、少女の脇へ手を差しこみ抱きあげた。サーシャの膝の上が彼女の定位置なのだ。

 子供たちを見渡して修道女が告げる。

「塔で育てた野菜がこんなに大きくなりました!皆んな、恵みに感謝していただきましょう…」

 塔生活の暇つぶしの一環というタピオの提案により、スープの中でホクホク湯気立っている野菜をサーシャは育てていた。

「「「「はーーーーい」」」」

 威勢の良い返事を合図に子供たちは一斉に食事を始める。

「急がなくてもいっぱいあるから、お代わりできるぞ…」

 レンニは隣の少年の背中を摩っていた。どうやら、焦って具を喉に詰まらせたようだ。

「おねえちゃん、ふぅふぅしてくれる?」

「あーー?はいはい!」

 ぶっきらぼうに返答したサーシャだったが、スプーンを握りしめて上目遣いに仰いでいる少女を邪険にできなかった。

 少女の手に自分の手を重ねて、スープをスプーンで掬うとサーシャは息を吹きかけた。

「フーフーッ」

「えへへ…。おねえちゃん、大すき」

「懐かれたね…」

「アンタのせいでね…」


 一年前からタピオは塔へ孤児を招いて文字を教えていた。

 その頃、修道院に子供が二人増えたからだ。タピオの指示で修道院へ手伝いに来ていたレンニが森を迷っていた姉弟を保護したのだった。

 修道院には修道女が一人しかいない。日々の営みだけでも大変なのに、そこへ六人の子育てが加わる。

 少しでも修道女の負担を減らせればと考えたタピオは一日の数時間だけ子供たちを預かることにした。

 授業中に幼子まで注視できないと判断したタピオは、サーシャが子供嫌いなことを十分承知していたが頼みこんだ。

「絵本の読み聞かせをしてくれない?小さな子供は目を離すと何をするか分からないから怖いんだよ…。側で見守ってくれるだけでもいい…」

 傲慢無礼なことで知られるサーシャであったが、この塔でタピオへ数々の面倒をかけたことを自覚している。嫌々であったが頷いた。

「…魔法使いのおかげで、お姫様は舞踏会へ行くことができました」

「おねえちゃん…。おひめさまみたい…」

 読み聞かせていた途中、サーシャの袖を引っ張る少女は目を煌めかせる。

 服の上からスリスリと頬を押し当てて甘えている少女にサーシャは困惑して固まった。

「あぁ、サーシャちゃん、見た目だけは美人だからね…」

 タピオはサーシャたちを気にかけていたようだ。指導の合間にもかかわらず、サーシャへ告げた。

「何それ?見た目だけって失礼な!」

「そうは言っても、子供は綺麗なお姉さんが無条件で好きじゃない?」

「そういうもん?」

「そういうもん…。サーシャちゃんに僕は勝てないなぁ…」

 わざとらしく切なげな表情をして、タピオは涙も出ていないのに目元を指で拭うパフォーマンスをしてみせる。

「おいらはタピオ先生が好きだぜ!男は顔じゃない!」

 年長の少年がタピオを擁護する。しかし、この少年はサーシャがこの部屋へ入ってきたとき、顔を真っ赤にしてサーシャへ見惚れていた。

「それ…。褒め言葉じゃないぞ…」

 少年の隣りで鉛筆を滑らせていた少女が手を止めた。赤毛の三つ編みが揺れる。

「私もお姉さんみたいな女性になりたいわ!だって、綺麗だもの!」

「僕は振られたのかな…」

 自身の後頭部を撫でながら、タピオは落ちこんだフリをする。

「まさか…。タピオ先生の貰い手がなければ、わたし、お嫁さんになってあげてもいいわよ!」

「じゃあ、わたしも!」

「あっ!ボクも!」

「男じゃ、嫁さんは無理だろう?」

 子供たちが口々に告げた。騒がしい子供が嫌いだったサーシャなのだが、部屋の空気は何故か居心地が良かった。

「嬉しいよ…。けど、その言葉、十年後には違ってるだろうね…」

 タピオは子供たちへ慈しみをこめた視線を送りながら寂しそうに笑った。

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