魅了王子のその後
温和な性格だと周囲から認知されている国王が怒鳴っている。
「あの馬鹿息子!何をやらかしているんだっ!」
荒々しげに目を大きく見開き、拳を握りしめて唇を噛んだ。
タピオが国を出ると言いだした…。
タピオへ理由を確認すると、魅了の力で国民を惑わしたくないと答えた。タピオは魅了魔法を無自覚で使用している。だが、王自身その旨をタピオへ伝えていなかった。
どのようにして、その事実を知るに至ったか、国王はタピオへ尋問した。
タピオは第三王子のことを伏せて話した。
国王は納得せず、タピオを聴取するだけでは埒があかないと、タピオの側使いたちを呼びだし、事の次第が発覚した。
婚約解消され不満があったからといって、当事者にも伏せていた国家機密を勝手に暴き、しかも、本人へ直接申告した第三王子の浅はかな行動に国王は憤りを感じていたのだ。
「貴方がここを去ることはないのよ…。ねぇ、今からでも悪い冗談だと言ってちょうだい」
国王と王妃に挟まれて、タピオは長椅子へ腰掛けていた。タピオの頭を優しく抱えこみ、王妃は切に願う。
「私もお前には私の補佐として国へ留まってほしい…。頼りにしているのだよ」
その対面へ腰掛けている王太子は真摯な眼差しで訴えた。
「決めたことなのです…。隣国にある修道院へ出家しようと…」
タピオは家族の温かな言葉をかけられ、嬉しくあり悲しくもあった。
魅了の使い手側より、受けて側の方が魔力が強ければ魅了魔法にはかからないという…。確かに王家は人よりも魔力が多い。
だからといって、家族が魅了にかかっていないとは証明できない。タピオの魅了魔法に侵されている可能性は捨てきれない。
「あれのいうことを間に受けたのか?確かにお前は魅了魔法を無意識のうちに使っているが…。全く悪意がないだろう…」
国王はタピオを説得しようと試みる。王妃も国王を援護しようと続いた。
「そうよ…。国民のために尽くしてきたじゃない?孤児院への慰労、民間病院への物資提供に加えて、国内の少数部族の紛争は貴方だからこそ、解決できたのよ!貴方が両者にとって最善の妥協案を提供したから上手くまとまったのだから…」
タピオの国は元々この地に住んでいた少数民族が多く共存しており、外国からこの地へ流れついたタピオの祖先がそれらを統一して国を治めた歴史がある。
そのため、時折、些細な事で部族間に諍いが起こり衝突することもあった。
「それは僕が彼らに魅了をかけたからなのですよね?」
国王の指示で、タピオは揉め事があればその地へ向かい、各々の部族長の話に耳を傾け仲裁に入っていた。タピオが間を取り持つようになってから大きな争いはなくなった。
「…。だが、そのおかげで死者もなく、彼らは平和に暮らしているではないか?その力で紛争を悪化させたわけではないだろう?それの何が悪い!」
国王が机を叩いて反論する。だが、弱々しくタピオは首を横へ振った。
「それでも、人の心を操るのはいかがなものかと思います…。皆様も私の魅了に惑わされているからこそ、僕に優しいんですよね…」
王妃はタピオの言葉に耐えれなくなり涙をこぼす。
「そんな悲しいこと言わないで!あの子が言ったのよね?私たちも魔力耐性があるのよ!魅了にかかるはずないでしょ?」
母親の泣き顔に気持ちが揺さぶられるが、タピオの気持ちは変わらない。
「弟の婚約者を魅了で奪ったのは間違いないことですし…」
「魅了はまず相手に好意がなければかからないんだよ…」
ヘルミがタピオへ心を奪われた経緯を王太子は知っている。
第三王子は女癖が悪かった。
あれほど美しい婚約者がいようとも気にかけることもなく、他の女性たちを侍らせては周囲を困らせていた。
見兼ねた王太子が諌めても…。
「黙っていても、令嬢たちから誘ってくるんです。折角、勇気を出して声をかけてくれたのに、一国の王子として断るのも失礼でしょう?」
全く反省する様子はない。
婚約者のことは憎からず慕っていたようだが、女遊びを自重することはなかった。ヘルミとの婚約は王家との契約だ。覆らないだろうとたかを括っていたようだ。
ヘルミは第三王子の婚約者として宮廷の王妃の元へ何度となく訪れていた。タピオはその度にヘルミの悩みを聞き慰め励ました。
「兄上…。弟の婚約者であるヘルミ嬢と二人きりであうのは不謹慎ですので…。お忙しい中、ご迷惑をおかけいたしますが、義姉上とご一緒に同席いただけませんか?」
タピオの頼みで王太子は王太子妃と共にその場にいたので、その状況を知っている。タピオは心からヘルミを慮っていたのであって下心は全く感じられなかった。
そんなタピオの優しさにヘルミは惹かれたのだ…。
王太子の目の前で王妃が泣き崩れている。両手で顔を覆い国王は打ちひしがれていた。
「僕の決心は固いのです…」
「あぁ…。なんて事…」
タピオはその一月後、ひっそりと王城を出て行った。
「こうして、僕は自らこの塔へやって来たんだ。魅了の力は確かに素晴らしい。人々を自分の虜にできるし、意中の相手を落とすことも簡単だよ…。だが、愛していると言ってくれた女性は魅了の力で僕に恋をしていただけであって…。本当に自分を愛してくれているのか?不安で堪らなくなってね…。ここでは魅了魔法が効かない分、本音で話せるから楽だよ…。サーシャちゃんが僕のこと何とも思ってないのも嬉しいね」
タピオが親切な人間であることを、サーシャは理解している。好き勝手に生きてきたサーシャは、魅了がなければ人からどのような扱いを受けるのか身をもって知った。そんなサーシャにも、タピオは人好きのする笑顔で親しみをこめて相手をしてくれる。
「…。タピオの顔は好みじゃないの…」
サーシャは断言した。サーシャは無類の男前好きだ。
獣人だと侮辱しているレンニに対しても、顔が好みだから塔へ収監された当初は媚びを売っていた。
「そうだよね…。ふふっ…。僕は魅了の魔法が効かなくなってとても幸せなんだ…。これで彼女を僕の手から解放してあげれたんだから…」
タピオは満足そうに微笑んだ。
何故かほんの少し…。サーシャはタピオへこの話をさせた事に後悔を覚えた。