魅了王子
タピオはサーシャの住んでいた王国の東にある山脈を挟んだ隣国の第二王子であった。
タピオの国は山々に囲まれており、そのおかげで建国して以来、他国から侵略される事はなかった。
国王の治める国は小国なりとも平和で、タピオは心根の優しい第二王子として国民から好かれていた。
「タピオ兄上は魅了魔法を使って皆を惑わせてるってご存知でしたか?」
突然、私室へ訪れた第三王子が開口一番にタビオヘ告げた。急に何を言いだしたのか、タピオは弟がサッパリ理解できなかった。
魅了…。僕が?
「何を…。唐突に?」
「タピオ兄上はおかしいと思っていませんでしたか?俺は昔から思ってたんです…。王太子や俺の方が絶対に美男子なのにタピオ兄上の方がどうして皆からチヤホヤされるのか…」
物腰の柔らかな王太子や意気盛んな第三王子は共に彫刻のように目鼻立ちがはっきりとしており、綺麗な顔立ちをしている。二人とも国王と同じく銀髪、碧眼の持ち主だ。神秘的で美しい。
対するタピオはブラウンの髪目をしており、あっさりとした面持ちで兄弟に比べると地味な印象なのは否定できない。
「酷い…言われようだね…。確かに僕は平凡な男で兄上や君に比べたら華はないけど…」
穏やかに笑いながらタピオは答えたが、第三王子はタピオの言葉には耳も傾けず続ける。
「タピオ兄上は外交に一切関与されてませんよね?それは父上の考えなんです!国内でもいかがなものかと思いますが、外国の大使に対して、魅了なんてかけたらただでは済まないでしょう⁉︎」
憎々しげに眉尻を吊り上げて、第三王子はタピオへ詰め寄る。第三王子がタピオを非難するには理由があった。
第三王子には公爵令嬢の婚約者がいたのだが、公爵家より婚約を解消したいとの申し出があり、それを国王は承認した。その後、両家の意向で第二王子と公爵令嬢の婚約を結び直した。
ずっとタピオへ恋焦がれていた公爵令嬢の気持ちを父親の公爵が慮り、娘可愛さに国王へ嘆願したゆえの騒動だった。
「ご自分で確認されてはいかがです?ずっと変だと思っていたのです!父上も母上も王太子もタピオ兄上ばかり可愛がって、俺を蔑ろにする…」
「何をいう?皆んな、お前のことを愛おしいと思っているよ。僕だって…」
我が強く自由奔放な第三王子は子供の頃からタピオを振り回していたが、それでも大切な弟だ。
両親も決して末っ子を疎かにしていない。王太子に関しては第二王子や第三王子よりも厳しく後継者教育を施してきたのは否めないが、両親は分け隔てなく兄弟皆へ愛情を注ぎ大事に育ててきた。
だが、タピオの発言は火に油を注いだようだ。
「慰めはよしてください!タピオ兄上のような何の取り柄もない人が、俺のような優れた人間よりも可愛がられるなんて…。何かあると思ってたんだ!」
第三王子の端正な顔つきが憎悪で歪む。第三王子は婚約解消に納得していなかった。何故、変哲もなくつまらないタピオのような男が選ばれるのか…。
そこで第三王子は徹底的にタピオの周辺を調査した。王家の人間は他者より魔力耐性が強いため、タピオの魅了にかかる事はなく、身内である彼は今まで気に留めることもなかったのだが…。
「挙げ句の果てには、俺の婚約者まで奪って!魅了の力で唆すなんて、タピオ兄上には恥というものを知らないのですか!俺も魔力耐性がなければ、他のものと同じようにタピオ兄上の言いなりになってたのでしょうね!婚約者を返してくださらなければ、俺にも考えがあります!議会を通して兄上の悪行を晒してやる!」
言いたいことだけ言い放った弟は、乱暴に扉を開けて足を踏み鳴らしながら出て行った。
タピオの心に疑念だけが残った。
翌日からタピオは王立図書館へ籠って、魅了に関する全ての書籍を調べたのだった。
侍従頭のセバスチャンはタピオが赤子の頃から仕え、面倒を見てくれた家族のような存在だ。
「セバスチャン…。お願いがあるんだ…」
「はい、何でしょう?タピオ様…」
タピオはメイドに頼んで準備してもらった皿に盛られた豆を指差した。
「これを食べてみてはくれないか?」
セバスチャンは朗らかな笑顔を保って、タピオの指先を見つめた。
「ピーナッツでございますか?」
「ああ…」
「かしこまりました。タピオ様のお言葉とあらば、早速…」
ことなげもなく、セバスチャンはピーナッツへ手を伸ばした。セバスチャンが指で摘もうとした瞬間、タピオは手で皿を払う。
「やめろっ!」
「何をなさるのです…。勿体ないではありませんか?」
床に散らばったピーナッツを拾おうとするセバスチャンの手を握ってタピオは止めた。わずかでも触れさせたくなかった。
「やめてくれ…。セバスチャンはピーナッツアレルギーがあるだろう?」
「えぇ…。ですが、それがどうしたというのです?お仕えしてますタピオ様がこの私めにくださるというのです。些細なことではありませんか?」
相変わらずにこやかな笑顔を向けるセバスチャンへタピオは強い口調で指摘する。
「以前、これを食して、生死を彷徨ったのを忘れたのか?」
タピオは昔良かれと思って、ピーナッツバターの挟んだパンをセバスチャンへ渡した。美味しかったので、セバスチャンにも味わってもらおうと浅慮な考えで振る舞ったのだ。
あの時、真っ青になって倒れたセバスチャンのことは忘れもしない。
「あの時はとても苦しかったですね…。一週間も寝込んで、タピオ様にもご迷惑をおかけいたしました。二度と口にするものかと思ったものです」
「なのに…。何故、食べようとしたんだ?」
「それはタピオ様がお望みでしたから…」
セバスチャンは絶対…。ピーナッツを食べないと…。そう信じていたのに…。
タピオは本当に自分が魅了魔法の使い手なのか、セバスチャンの行動で試そうとした。
魅了魔法にかかったものは、魅了を働きかけたものの言葉に逆らえない。魅了の力が強いほど影響は絶大で、死に至ると分かっていても容易く従ってしまう。
「頼む…。やめてくれ…。一生、ピーナッツを食べないでくれ…」
「もちろんです…。タピオ様がそう仰るなら…」
目に涙を滲ませるタピオの背中を摩りながら、セバスチャンは穏やかな眼差しでタピオを見つめ約束した。