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魅了魔法をかけていたって?  作者: 礼三


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12/12

子爵令嬢の旅立ち

 そして、年月は過ぎ…。


 サーシャは三年の刑期を終えて、修道塔から修道院へ移った。手首に魅了封じの腕輪が着けられる。

「自分の罪を認め反省が見受けられたサーシャさんはこの修道院で一生を過ごすか、それとも他国へ渡るか、どちらかを選択することができます…」

 サーシャは修道女から淡々と告げられた。

「実家には帰れないの?」

「残念ながらそれはできません…。この国で暮らしたいなら、この修道院で生きていかなければなりません…。私のように…」

 修道女は窓の外へ目を逸らした。彼女の横顔に哀しみが浮かぶ。

「今後についてしばらく考えてみてください…」

「…」

「もし、貴女に自戒の念が見られなかったら、環境のずっと酷い鉱山へ強制送還されるところだったのです…」

「そう…」

「…。タピオ様に救われましたね…」

「…。はい…」

 タピオに出会ってサーシャの世界は変わった。


 人の痛みがやっと分かった気がする…。私は自分勝手に色々な人を傷つけたんだ…。


 許してもらえないことは分かっている…。けれど、直接謝罪することもできないとサーシャは思ってもなかった…。

 塔を出たら、贖罪の旅へ向かうつもりだった。


 非難されようとも、ちゃんと謝らなければ、私は前に進めない…。


 サーシャは修道院で家事や子供の世話を手伝いながら、サーシャの魅了のせいで人生が狂ってしまった被害者たちへ宛てて幾つもの手紙をしたためた。

 返事がきたのは二通だけだった。


 一つ目は母親からだった…。

 元気でいてくれてさえいればいいといった趣旨だった。便箋のところどころに水の溢れた跡があったが、それは母の涙だと容易く想像できた。

 サーシャの実家は国家に尽くしてきた行政の官僚の家系である。これまでの功績に免じて家門へお咎めがなかったようだが、降職され大幅な減俸もあり肩身の狭い生活を強いられているようだ。

 それでも、家門にとっては寛大な措置である。サーシャは感謝した。

 最後に金銭で困ることがあれば、いつでも援助すると書き添えてあった…。


 二つ目は元王太子のリーアムからだ。

 彼は自ら宣言して王太子を下りたらしい。現王太子の弟を補佐して国を支えていきたいとあった。

 サーシャが修道院で子供たちの世話をしていることに驚いた一文もあり、修道院へ孤児院も兼ねれるよう補修工事の立案、人材を送る手配を王へ献策したそうだ。

 サーシャの謝罪に対しては、自分にも過ちがあったのだから気にしなくていい…。愛を誓っておきながら別れてしまった自分こそ許してほしいと綴ってあった。

 以前、サーシャはリーアムのことを自分を捨てた酷い奴だと罵っていた。サーシャに出会わなければ、リーアムは当然のように王太子として国民から愛され尊敬されていただろう。

 失ったものはリーアムの方がずっと大きい…。リーアムから憎まれて、当然なのはサーシャの方だ。

 それなのに、リーアムの文面は始終穏やかだった。自分は上に立つ人間ではなかった…。気づかせてくれたのはサーシャだ。ありがとう…。この償いは国民へ返していくと締めくくられていた。


 結局、サーシャが自己満足で書いた手紙だ。この二通以外、返事がないのは仕方ない…。

 読まなかったり、破り捨てられたりしたものもたくさんあるだろう…。

 ただ一つ心残りなのは、国外追放してしまった侯爵令嬢のことだ。手紙を書こうにも消息が掴めなかった。

 サーシャは修道院から旅立つことを決意した。侯爵令嬢を探しだし謝罪するのが目的だ。


 嘲られるかもしれない…。ムシされるかもしれない…。打たれるかも…。泣き喚かれるかもしれない…。

 それがどんな結果であっても…。私は自分がしたことに向き合わなくちゃ…。


 サーシャは塀の中にある畑で水やりをしていた。塔へ罪人が在住していない間、修道院と塔は自由に行き来ができる。

 明日はサーシャの出立の日だ。

 後のことは子供たちに任せているが、今日はしっかり世話をしたい。作物を育てることで、サーシャは心が豊かになったように思う。

 これもまた、タピオに勧められたことだった。

「レンニ…。ありがとね…。今まで付き合ってくれて…」

 レンニはタピオと共に国へ戻らなかった。残されるサーシャを慮って、タピオが指示したことだろうとサーシャは推測していた。

 落ち葉で作った堆肥を土壌に撒いて鍬で混ぜていたレンニの動きが止まる。

「何を言ってんだ?」

 不服そうにレンニが言った。太陽を背にしていて、レンニの顔は翳っており表情が見えない。

「えっ?」

「下着まで洗わせといて?オレを捨てる気か?」

 レンニの猫耳が後ろに反り、尻尾は忙しく左右に振られていた。

「はっ?それは昔の話でしょ?ちゃんと今は洗って…」

「そうじゃなくて!一緒に行くんだよ!オレも!」

「はぁ?」

 サーシャはレンニの言葉が把握できなくて眉を顰めた。

「何だ?その顔?」

「アンタ、大丈夫?熱があるんじゃない?最後だってのに心配だわ!」

「あーのーなぁー!」

「だって…。私だよ?」

「うん、まぁ…。そうだけどな…」

 レンニは自分の意思でここへ残った。サーシャのことを傍らで見守り続けたかったからだ。

 レンニの心へ何かが芽生えたのは確かだ。タピオにそのことを告げると笑って許してくれた。

「レンニのこと友達って意味では好きだけど…」

 照れながら話すサーシャへレンニは呆れた口調で返す。

「何か?オレがお前に恋してるって話になってる?」

「違うの?」

「違う!違う!お前、一人だとそそっかしいから心配でついていくんだ!それ以下もそれ以上もないっ!」

「何それ?」

 空は遥か遠くまで蒼く澄んでいて目に眩しかった。それでも、サーシャの視界がぼやけていたのは涙で霞んでいたためだった…。

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