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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十二話「第三医療棟」-4

「【壁の街】もそうだ。十二年前の戦いで死んだ者の魂、そして、医療を扱うが故に避けられぬ、病で命を落としたこの街の魂――ああ、死霊術の研究地である【昏い街】も、良質な魂で満ちていたよ」


「じゃあ、お前は、本当にやるつもりなのか……? あんな、馬鹿げたことを……!」


 馬鹿げたこと、という言葉に、少しだけ彼の眉が上がる。


 しかし、それは足を止めさせるほどのものではなく、不快そうに歪めた口元も、すぐに緩められてしまう。


 勝利の笑み、とでも言いたいかのように。


「……そうだ、その馬鹿げた絵空事が、実現するのだよ。あとは、君さえ私たちに協力してくれればね――ジェイ・スペクター!」


 リトラの掌が迫る。あれに掴まれれば、恐らく僕は無数の悪霊に拘束されるだろう。


 そうなれば、何もかもがご破算だ。ここまで逃げてきた二週間も、僕の人生も、親父が託した思いも、何もかもが。


 しかし、霊符の展開は間に合わない。僕にはただ、無様に両手を交差させて、身を守ろうとするくらいしかできなくて――。


「――何を諦めているのだ、少年」


 絶え絶えの声が、閉じようとしていた僕の瞼をこじ開けた。


 同時、赤い輝きが閃く。それは、エイヴァが倒れる前に使おうとしていた、赤い毒薬だった。

 それが、脈打つ腕のような形を取り、リトラのことを阻んでいる。


 見れば、倒れたエイヴァが顔だけを上げ、こちらを向いていた。口の端から溢れる鮮血を拭うこともできずに、彼女は続ける。


「飲み込めぬ治療方法(もの)は、嫌だと言え。それが、患者の権利だ。そして、患者に首肯させるような治療方法(しゅだん)を考えるのが、私たち医者の仕事なのだ……!」


 刹那、赤い毒が弾ける。飛沫は無数の棘を形成し、黒衣を貫かんと猛進する。


 リトラは、最初こそ悪霊の鎧で防げると考えたのであろう、表情を崩すことが無かったが――毒が接近するや否や、眉を寄せ、後方に飛び退いた。


「――これ、は!」


 始めて、彼の声から余裕が消える。


 無数の魂によって守られていたはずの彼の身体。しかし、スータンの一部が、まるで抉られたかのように消失していた。


「貴様ら死霊術師に街を食い荒らされるのを、私が指を咥えて見ているとでも思ったかい……?」


 散り散りになった赤い毒は、再び収束し、腕の形に戻った。宙に浮かぶそれは、次の獲物へと指先を向けている。


 その異質さは、僕でもわかった。握り続けているロザリオが齎す霊視が、明らかな異常を伝え続けてくれている。


「――溶けてる……!?」


 そう、溶けている。それは、悪趣味な装飾の服が――ということではない。

 溶けているのは、彼が纏った悪霊たちだ。


 否、正確には溶けているというのも、正しくはない。強制的に成仏させられているかのような、存在そのものを消されているかのような、そんなイメージだ。


 僕の言葉に、思った通りの効能を確認できたのだろう。エイヴァは、得意気に口を開く。



「流石は、スペクター家の執事だ。私の思った通りの仕事をしてくれた」


「執事……って、まさか、ダグラスが!?」


「ああ、そうさ。彼の術式によって清められた聖水に私の血液を混ぜ、毒化させたもの――ちゃんと効くかどうかは、賭けだったけれどね」



 顔を顰めつつ、エイヴァは立ち上がろうとする。傷は浅くないようであり、その足取りは重い。


 そんな彼女に、悲壮な面持ちで立ちはだかったのはシーナだった。細い指に握った刃は震え、赤い血液が手首まで濡らすのを、拭えないままでいる。



「……シーナ、君は」


「お師匠様、動かないでください。大人しくしていてくれれば、もう、刺さなくて済ます……!」


「……っ、お前、まだ……!」



 大粒の涙を零しながら震える彼女は、どう見ても戦うことなどできそうにないように見える。


 それでも、刃を手放そうとはしない。立ち竦むこともない。何が彼女にそうまでさせるのか、僕にはわからなかった。


 そんな彼女に、エイヴァは手を伸ばす。手にした刃も意に介さず、その、小柄な肩を抱き締める。



「……悪かったね、シーナ。君のことに気づけなんだ。私は昔から、鈍くていけない」


「お、ししょう、さま……!」



 もはや、手にした血塗れの刃は、エイヴァの胸の前、ほんの数ミリのところまで迫っていた。


 あとは、僅かに押し込むだけで、彼女の心臓を切り裂ける。

 ただ、それだけだというのに。


「どうした、シーナ。やらないのかい? 君はまた、大切な――」


 煽るように口を開いたリトラに、僕は霊符を投擲した。空中に契約できる魂など存在しないこの場所では、単なる紙切れに過ぎなかったが、それでも、彼は反射的に口を閉じ、札を躱した。



「リトラっ、お前、どこまで……!」


「ふん、坊っちゃん。これは遊びじゃないんだ、使えるものは何でも使う。カロライナ女史が障壁になることは、最初からわかっていたからね」


「だからって、他人の柔らかい部分を狙ってつけ込むような、そんな真似をするのか!?」


「するさ、その『柔らかい部分』とやらを、私も守らねばならないからね」


「守るって言葉を盾に、他人を傷つけることを正当化するんじゃねえよ! お前がやってることは、単なるエゴイストの我儘じゃねえか!」




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