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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十一話「骸使い」-6


「私は、患者との約束は違えないのさ。あの少女は、君の無事を約束することで、医療棟に残る道を選んでくれた。君を危険に晒してしまえば、私は彼女を裏切ってしまうことになる」


「……少女って、リタのことか?」


「ああ、彼女ももう、私の患者だからね――」



 そこまで話したところで、状況が動いた。


 焦れたように眉を寄せたエミリーが、ステッキを翳す。呼応するようにして、大剣使いのリッチが、踏み込みの体勢に入った。



「……で、お喋りは終わった? なら、そろそろおしまいにしてもいいかな?」


「ああ、来たまえ。君の思い通りには、ならないだろうがね」



 言い切るよりも早く、大剣使いが動き出す。剣の重さを利用した、恐らく横薙ぎの一撃。

 それをエイヴァは、空中に展開した凝固毒で受け止める。しかし、体格差はいかんともし難く、その体は地面に投げ出された。


 好機、と大剣が振り下ろされる。決着の一撃としては十分な体勢と威力だろう。僕は、届くことのない手を、思わず伸ばそうとして――。


「心配するな少年。()()()()()()()()()


 ――その刃は、エイヴァの真横数センチの位置に落下した。


 エミリーの顔に、困惑の色が浮かんでいく。必殺のはずの一太刀を外し、明らかに動揺しているようだった。


「……は? な、なんで……」


 その隙に、エイヴァはゆっくりと立ち上がる。倒された際のダメージが無いわけではなさそうだが、それでも軽傷であることは間違いない。


 彼女は不思議そうに腕を組むと、そのまま首を倒した。


「ふむ、自覚症状は無しか。しかし、そろそろ分かるだろう。効いてくる頃合いだからね――」


 そう口にすると同時、エミリーが膝から崩れ落ちた。まるで糸を切られた人形のように。


 しかし、意識を保ったままの彼女の表情は、驚愕に満ちたものだった。まるで、何が起こったのかわからない、とでも言ったかのように。



「なっ、なんだよ、これ……!」


「少年、それ以上前に出ないことだ」



 巻き込まれたくないのならね、と続けて、彼女は人差し指を立てる。



「エミリーと言ったね。君に、いくつか問いかけよう」動かなくなった大剣使いを、悠々と追い抜きながら。

「問一、私は医者だ、戦士ではない。そんな私が、逃げずに足を止めて、君と戦っていたのは何故だと思う?」


「ぐ、う……っ、何を……?」


「問二、どうして私が、あんなに毒薬を撒き散らしながら、派手に戦っていたと思う?」



 かつ、かつ、かつ。

 硬質な靴音を引き連れて、エイヴァが迫る。


 その足取りに、迷いは微塵も感じられない。ただ、無慈悲な圧力があるばかりだ。



「問三――リッチに毒は効かないだろうが、さて、君にはどのくらい盛れば、効果が出ると思う?」


「――っ!」エミリーの顔から、一気に血の気が退いていく。



 そう、答えは簡単。屍者であるリッチは毒など関係なく動けるが、生者である操り手はそうはいかない。


 必然、作用する量の毒物を摂取すれば――体には異常を来すだろう。


「な……そんな、でも、あんたの攻撃は、私に届いてなかったのに……」


 切れ切れの声で、エミリーは言う。


 確かに、彼女が立っていたのは、二体のリッチの、さらに後方だ。遠距離では魔弾の射手、そして近距離では大剣使いがそれぞれ猛威を振るっていたため、エイヴァは全く接近することができていなかった。


 それこそ、指の一本でさえも、届いていなかったはずだ――しかし。


「届いていたさ、最初からね。だって、そっちは――風下だろう?」


 瞬間、疑問が氷解した。

 ここまでの戦いで使った毒を、彼女は空気中にも散布、あるいは気化させていたのだ。


 当然、毒は風に乗り、風下に流れていく。見ることもできなければ、感じることもできない。無味無臭の透明が、いつしかエミリーを包み込んでいたのだ。


 となれば、後は待つだけ。毒が回るのを、戦いの高揚が心拍数を上げ、呼吸を速めるのを待つだけだ――。


「――じゃあ、何? 私は……ここに立った時点で、負けてたの……?」


 悔しげに吐き捨てるエミリーの傍らに、エイヴァは歩み寄る。


 毒の苦痛に身を震わせる彼女に、エイヴァはニヤリと、どこか死の匂いを感じさせる笑みで応えたのだった。


「ククク……負けも勝ちもあるものか、そもそも、私は医者だ。最初から、君とは戦ってなどいないさ」


 そう、医者との間に、戦いなど起こりようもない。世界の全てが、彼女の患者であるのなら、これもまた――。


「――治療だよ、お大事にどうぞ」


 それが、診断の終わりを告げる言葉であることは、言うまでもないだろう。



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