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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十一話「骸使い」-5

 埃を払い、立ち上がりながら、彼女は息を整える。その様子から既に余裕は失われており、視線にも険しさを覗かせた。


 一方で対照的に――エミリーは、心底楽しそうに口角を上げた。



「アハハ……早いうちに諦めなよ、私とあなた、相性最悪なんだからさ!」


「……」エイヴァは、何も言い返さなかった。


「こっちが手数で勝っている以上、あなたは魔術で受けに回り続ける。でも、毒の小瓶も無限じゃないもんね! 残りはいくつ? 十かな、二十かな!」


「……ッ!」



 毒の残数――そこは、僕も考えていなかった。


 エイヴァは白衣の下にホルスターを着けているのを見たが、それでも軽装だ。そこまで多くの毒瓶を携行できているとは思えない。


 そして、恐らく彼女の魔術は、全て小瓶に刻まれたものだ。僕の霊符と同じ、瓶そのものを使い捨てることで、あの威力を発揮している。


 つまり、長期戦はこちらにとって不利。

 そして物量は――圧倒的に向こうが有利なのだ。


「……ふっ、君に心配はされずとも、まだまだ在庫は潤沢さ。少なくとも、君を仕留めるのに足る程度にはね!」


 と、咆哮一閃、前方に小瓶を投擲する。瓶は空中で弾け、鋭い槍のような結晶を形成する。

 それはリッチたちの胸元まで伸びていくが、難なく大剣に阻まれ、エイヴァは飛んできた魔弾に吹き飛ばされる。


 これも、先ほど見た景色の焼き直しだ。近距離は大剣使いが、遠距離は魔弾の射手が担当している。

 連携もさることながら、そもそもが生前はリタでさえ正面からの衝突を厭うような単一技術の怪物たち。


 状況は――嫌になるくらい劣勢だ。


「……それだけじゃ、ないと思います」


 シーナが、鞄の紐を固く掴みながら、ぽつりと呟く。



「お師匠様の毒薬術式は、文字通り毒を操るものです。けれど、毒というのはあんなふうに、固めたり体積で包み込むような使い方をするものでしょうか?」


「……確かに、それはそうだな」



 エイヴァの変幻自在な戦い方を見ていると勘違いしそうになるが、本来、毒は生き物の体を破壊する働きを持つものであり、あんな風に柔軟に扱うものではない。


 あの戦法が取れているのは、彼女の練度があるとして――術のそもそもの根っこに、毒そのものとしての強みがあるはずだ。


「……けれど、それは機能していないみたいです。なら、毒薬術式の強みは半減してしまう」


 言われて、なるほどと納得した。


 確かに、彼女が扱う液体が猛毒であるのなら、本来は触れさせるだけで致命傷にすることができるような代物なのだろう。


 しかし、相手取っているのは屍者の体を無理やり動かしているような相手だ。毒など効きようもない。


 視界の先で、低い姿勢からの横薙ぎを、飛んで避けるのが見えた。そこを逃さず、放たれる魔弾。辛うじて、纏った毒のマントで逸らすものの、剣の腹に打ち据えられた彼女は、派手に吹き飛んで壁に叩きつけられた。


「……くっ、もう、駄目だ。見てられない!」


 僕は霊符を手に取り、戦線に飛び出した。

 エミリーの操るリッチたちの強さは、かなりのものだ。とはいえ、僅かでも隙を作れたのなら、まだ勝機はあるだろう。


 しかし、そんな僕を見て、エミリーは心底可笑しそうに笑う。



「アハハ! 坊ちゃまぁ、止めておきなよ! お屋敷での訓練もまともに終えられなかった坊ちゃまじゃ、私のリッチちゃんたちをどうこうするのは無理だよ」


「うるさい、やってみなきゃわからないだろ! 僕だって……」


「だ〜か〜ら〜」言葉は、半ばで遮られる。「止めてよって言ってるじゃん。カンバールから、坊ちゃまは生かして連れてくるように言われてるの!」



 知るか、と僕は足下に霊符を叩きつけようとした。『生者の葬列』なら、リッチたちの動きをわずかでも縛れるかもしれない。


 しかし、それは目の前に翳された掌に遮られる。


「……まあ、待ちたまえよ、少年。君の役目は、まだ来ない」


 制したのは、エイヴァだった。


 彼女はこの劣勢にあっても、不敵な笑みを崩していない。底知れない雰囲気は、確かに不安を和らげてくれるものではあったが、それも根拠が無ければ虚しいばかりだ。



「待つも何も、このままじゃマズいだろ。確かに、僕はそんなに役に立たないかもしれないけど、多少は――」


「違うさ」彼女は、乾いた咳を一つ挟んで。「君が役に立つかどうかじゃない。女一人が命を懸けているんだから、手を出すなんて無粋だとは思わないかい?」



 それにね、とエイヴァは前を向く。弄ぶように酷薄な笑みを浮かべるエミリーを真っ向から見据える彼女の瞳には、いつか、翼の万能屋に見たのと同じ、凛とした光が宿っていた。



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