第二十一話「骸使い」-4
「ふふふ、よかった。私の方に来たのが坊ちゃまで。元気にしてたか、心配してたからね」
エミリーは歌うように言いながら、ステッキをクルクルと回した。まるで、心底楽しいことでもあったかのように。
「よう、エミリー。お前といいダグラスといい、よくも僕の前に顔なんて出せたもんだな」
「あ、もうあの爺には会ってたんだ。どう? そろそろくたばってた?」
「そうなら、幾分ハッピーだったんだけどな。ついでに、お前もくたばってくれたら最高だ」
僕の言葉に、エミリーは少女のように笑う。からかうような高い彼女の笑い声が、僕は昔から苦手だった。
「アハハ! そうはいかないよ、だってカンバールのやつに、たんまりもらっちゃったからね。それに、お屋敷を裏切って行く宛も無いしさ」
やれやれ、と芝居がかった調子で肩を竦める。おどけたような態度は、彼女が普段から行っているポーズだ。
真面目に取り合わず、茶化し、誤魔化す。それでも、仕事の成果は悪くないらしく、ダグラスが頭を抱えていたのを覚えている。
そうか、と僕は一拍を置いた。そして、目配せをするよりも早く、エイヴァが動く。
「お喋りは結構。とっとと失せてくれたまえ」
閃いた右手から、毒液の狼が走り出す。微塵の躊躇もなく放たれた魔術は加速し、エミリーの喉元を目掛けて迫っていく。
しかし、あと一歩で牙が届く――という寸でのところで、大剣使いの一刀が振るわれたかと思えば、狼の首が飛んだ。形を失った毒液は弱々しく震え、地面に染み込んでいった。
「アハハ、そんなんじゃ駄目だよ、おばさん。私のリッチちゃんたちは、珠玉も珠玉の作品。一体一体がプロの『戦闘屋』にも匹敵する、強者なんだから!」
「……そうかい。あと、私はまだ二十五だ。君とそこまで歳が離れているわけでもないと思うがね」
互いの間で火花が散る。薬瓶を手に取るエイヴァと、ステッキを翳すエミリー。それに応じるようにして、二体のリッチが武器を構えた。
「お、お師匠様……」
シーナが、不安げに呟く。そんな彼女に、僕は気の利いた言葉の一つもかけられない。
エミリー。
彼女は執事衆の中でも、リッチを使うのが上手かった。【骸使い】の異名の通り、名のある魔術師の遺体を入手してきては、加工してリッチを作っていたはずだ。
そのコレクションも、屋敷とともに燃えたはずだが――まさか、ここでも同じようなことをしていたのか。
「ふん、確かに、お人形さんは立派なもののようだがね」
エイヴァは苛立ちを隠さずに口にすると、再び懐から瓶を引き抜いた。そして、その首を圧し折ると同時に、溢れた毒液が道を満たしていく。
「なら、全員まとめての範囲攻撃ならどうだい? これなら、人数の利はなくなるだろう――」
毒薬術式、『病津波』。
リッチとエミリーを包囲するように迫る毒液。地下通路に満ちていた屍者を一網打尽にしたその威力は、僕もよく知っている。
視界を覆うほどの毒液に、一瞬だけ三人の姿が見えなくなる。どう見ても逃げ場のない、必殺の一撃に思えたが――。
「――残念、まだまだ、及ばないね」
ブオン、と風を切る音。大剣のリッチが、鋭く剣を閃かせた音だ。
そこで生まれた、凄まじい嵐のような風が、迫る毒液の津波を押し留める。そして、その隙を見逃さないのが、射手の眼力だ。
毒液の薄くなった脇の部分を目掛けて、魔弾が放たれる。それは、毒液に溶かされることなく、エイヴァの顔面数ミリを通り過ぎていった。
彼女の頬に、つうっと一筋の血が垂れる。毒のマントも、顔面まではカバーできていない。
「ククク……それはそうか。弱点を狙うことができる程度のオツムは、持っているようだね」
「もっちろん、だって、執事は馬鹿には務まりませんもの、ね!」
再び、エミリーの杖が閃けば、毒液の波を切り裂いた大剣使いが突っ込んでくる。
エイヴァはそれを、後方に飛び退きながら避けた。白衣がはためき、ひらりと細い体が翻る。
しかし、その着地点に――魔弾の照準は合わせられている。
「――っ、エイヴァ!」
僕の言葉が届くよりも早く、射線が通る。
放たれた超音速の弾丸が、毒を纏った彼女を打ち据える。貫きこそしなかったものの、その衝撃に、彼女の体が転がった。
そこに追撃を加えるため、拍も空けずにリッチの大剣が振りかぶられる。断頭は免れぬと覚悟するほどの鋭い斬撃だったが、エイヴァは再び、手にした瓶から取り出した毒で、それを防いだ。