第二話「食事処【イットウ】」-3
「そう、で、その貴族様が私に何の御用かしら。さっきの感じだと、ずいぶん質の悪い連中に絡まれてるみたいだけど」
ああ、と、僕は頷いてから、生唾を一つ飲んだ。
その先を言うには、ちょっとだけ覚悟が必要だった。
だが、故郷を飛び出し、残った僅かな財産はすべて換金した。そのほとんどと父の名を使ってようやく彼女にコンタクトが取れたのだ。下手に躊躇して、断られましたじゃ笑い話にもならない。
笑えない。
それに、僕をあの場から救い出してしまった時点で、彼女も全くの無関係ではいられないだろう。
なら、感情など押し殺して、さっさと話を進めてしまった方がいいに決まってる。
僕は何度も噎せ、息をするので精一杯な喉の奥を何度も詰まらせながら、どうにかそれを口にした。
「――全滅したんだ」
「……は?」リタの口から、素っ頓狂な声が漏れた。それはどこか、彼女の見た目相応な仕草に見えたが、笑う余裕も、僕にはない。
「スペクター家は、一族郎党皆殺しにされたんだよ。夜半に焼き討ちをかけられた。うちと、分家の屋敷と、家事手伝いの離れまで。生き残ったのは僕だけだ」
今でも、あの光景は忘れない。忘れられるはずなどない。
その日の僕は、地元の悪友たちと夜通し遊び惚けるつもりでいた。
仲間の一人が遠方から仕入れた何とかとかいう珍しいカード遊びで賭けをしたり、繁華街のバーを冷やかしに行ったり。そんなくだらない夜を過ごしに屋敷を抜け出して。
帰ってきたら、何もかもが炎に包まれていた。
「……趣味が悪いわね、焼き討ちなんて。それに、直接関係のない親戚筋までなんて、本当に最低」
吐き捨てるように言ったリタは、心なしか青い顔をしていた。おそらく、それだけ機嫌を損ねたということだ。英雄【赤翼】には、到底許せるような所業じゃないのだろう。
「ああ、本当にな。やったのはさっきの連中だ。僕は屋敷にいなかったのと、親父が時間を稼いでくれたので難を逃れた」
「親父が、って、スペクター卿って言えば、国でも有数の使い手よね。そんな人が、あのごろつきどもなんかに負けたって、本当なの?」
僕はそこで首を振った。
「あいつらはただのごろつきなんかじゃないさ。あそこにいたのは、僕を捕らえるために金で雇った水増しのチンピラだ。唯一、指揮を執っていたリトラの野郎を除けばな」
「……どういうこと?」
眉を寄せたリタは、急かすように前のめりになって、僕の顔を覗き込んだ。どこまでも深い色をした真っ赤な瞳が、僕の目玉の底までを一息に射貫いた。
「……リトラ。昔あいつは、親父の弟子だったんだ。それが今じゃ、死霊術を悪用して小銭を稼ぐ悪党になっちまった」
「ってことは、もしかして、あいつも?」
「ああ、死霊術師だよ。さっきはたぶん、あんたを警戒して使わなかったんだろうな」
まったく、狡猾な奴だ。【赤翼】が相手では分が悪いと踏んだのだろう。自分の手を汚さず、自分が傷つこうとはせず。それでいて、蛇のようにしつこく追ってくる。
アイツの哄笑が、頭の中に響いている。ずっと。それこそ、あの日からずっと。
人生の全てを燃やされたあの日から、ずっと。
「それにしても、元弟子がどうしてあなたたちを滅ぼそうとなんてしたのかしら。そこまで師弟仲が悪かったの?」
「……いや、それは」
口にするか、悩んだ。恐らく彼女からの信用を勝ち取りたいのなら、隠し事はするべきではないだろう。