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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第二十話「第一医療棟」-2

「さあ、怪我人の手当ても終わった。改めて自己紹介をさせてもらおう」 


 くるりと椅子ごと回転させ、こちらを向いた彼女は、首元にかけられた名札のようなものを持ち上げつつ、僕らに視線を合わせる。



「私はエイヴァ=カロライナ。先程も言ったが、この治療棟の医療魔術師筆頭だ」


「丁寧にどうも、ジェイだ。そこの大怪我してる肉食獣が、護衛のリタ」


「誰が肉食獣よ!」

 噛みつくリタは、思ってたよりも元気そうだった。



 とはいえ、流石にいつものように暴れてはいない。前言撤回、いいところ小動物程度といったところか。


「ふむ、ならばジェイ君。聞かせてもらうが、君たちはどうしてこの街に来た? 状況は、そこのシーナに聞いていたんだろう?」


 切れ長の瞳が、部屋の入り口脇に佇むシーナに向けられる。急に話のタネにされたからか、その小さな肩が細かく震えるのが見えた。



「ああ、聞いたよ。それでも、僕たちにはこの街の医療が必要だった」


「……聞かせてもらおう」



 そこで、僕はこれまでの経緯を話すことにした。


 もちろん、僕の出自などの都合の悪い部分は削ぎ落とし、リタとラティーンで共闘して屍竜を倒した後、リトラの一派に襲われたということ。


 そして、ラティーンが魔物の毒を受けてしまい、【壁の街】の病院では治療ができなかったということ。


 ある程度の事情を聞き終えたエイヴァは、納得したように二度、三度と頷いた。



「ふむ、それで、件の毒のサンプルはあるのか?」


「ああ、ここに……」


 僕は懐から、持参した瓶を取り出した。中に入っているのは、濁った粘液のようなもの。ラティーンの傷から採取した、恐らく、現在彼の体を蝕んでいると思われる毒そのものだ。


 エイヴァはそれをひったくるようにして奪うと、部屋の灯りに透かすようにして中を確認した。そして、確信めいた様子で口を開く。



「……これは、タイリクドクトカゲの毒だな。即効性の致死毒……には相違ないが、もっと毒性の強いものもあっただろうに」


「ああ、それでも、敵の襲撃者はこいつを使った。それはつまり……」


「ラティーンを殺すのが目的じゃ、ないってことでしょ」



 リタの言葉に、僕も頷いた。全く同じ考えだ。


 そもそもラティーンを殺すのであれば、あの場でいくらでもやりようがあった。そうしなかったのは、彼が人質として機能するからだろう。


 解毒の方法を探して、僕たちが必ず、この街に来るように仕向けたかったのだ。


「……委細承知した、まずは結論から言おう、私であれば、この毒の解毒剤を作るのは可能だろう」


 大陸でも、それができるものは僅かだろうがねと言い添えるのを忘れずに。



「しかし、今、ここでは無理だ。この第一医療棟の創薬設備は、先日の『呪い』に対抗するためにフル稼働させた結果、不調を来すようになってしまった」


「なら、どこにならその設備はあるの?」



 リタの声には焦燥が混じっている。結論から話す、と言った割に本題に入らない彼女に、やきもきしているのかもしれない。


 そんなせっかちも、普段のものとはどこか違う気がして。



「第三医療棟だ。君たちの本懐を果たすのであれば、我々はあの場所を奪回する必要があるな」


「……奪回、か」



 僕はチラリとシーナの方を見やった。

 先ほど襲ってきた、患者たちの成れの果てに、彼女は酷くショックを受けている様子だった。


 恐らく、第三医療棟にいた患者や医者は、全員――それを口に出そうとは思わなかったが、相当な惨状が予想されるのは確かだ。


「……一応、聞いておくわ。想定される最悪の場合、向こうの総戦力はどのくらいになるの?」


 最悪の場合。

 それはつまり、人々が鏖殺され、全て屍者に変えられていた場合の話だ。


 エイヴァの視線が、一緒だけシーナを捉えた。しかし、今は配慮をしていられる状況ではない。躊躇なく、彼女は答える。



「おおよそ、千人というところか。ほとんどが非戦闘員ではあるが、それでも楽観できる数字ではないな」


「……あのリッチのような、戦闘力を持った患者はどのくらいいたの?」


「僅少、とだけ言っておこう。私たちも患者全員のプライベートまで完全に把握しているわけじゃない。そこまで数はいないだろうが、一人というわけでもないはずだ」


「……いや、たぶん、アイツだけだぞ」



 僕はそこで口を挟むことにした。



「リッチは普通の屍者とは違う、生み出すためにはそれなりの時間が必要だ。第三医療棟が落ちたのは、多分ここ数時間の話だよな?」


「ああ、そうだ。昨晩の時点ではまだ、魔信機での交信ができていた」


「……なら、非戦闘員の屍者もそこまで多くはない。死霊術をかけられて全体の半分、殺す際に抵抗された可能性も考えれば、三分の一もないかもな」



 エイヴァは、ふむ、と顎に手を当て、何かを考え込むように俯いた。



「ならば、時間の問題だな。待てば待つほど状況は悪くなる。少年少女、ちなみに、君たちの知人が毒を受けたのは何時ごろだ」


「……今日の昼頃よ。まだ十時間も経ってないわ」



 答えるリタの言葉に、僕はこっそり驚いていた。それだけしか経っていなかったのか。密度の濃すぎる一日に、思わず目眩がしそうになる。


「そうか、ならば【壁の街】に薬を運ぶ猶予も加味して、おおよそ十時間……タイムリミットは、その辺りか」


 

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