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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第十八話「新たな街へ」-4

「始まりは、ある一団が街を訪れたことでした」


 変わらず、暗澹に閉ざされた車窓を背景に、シーナは訥々と語り始めた。


 先の騒ぎから数分ほどが経ち、ここは僕らが座っていたボックス席。絡んできたチンピラたちも片付けられて、車内に響くのは微かに聞こえる走行音くらいのものだ。

 そんな、どこか空虚な空白の中で、ぽつりとぽつりと、言葉が続いていく。



「確か……二級の医療術師様が連れてきた方々だったと思います。列車で移動している最中に体調を崩された、神父様だと伺っておりました」


「神父? もしかして、そいつは黒いスータンに身を包んだ、顔色の悪い男じゃなかったか?」



 僕の言葉に、彼女は驚いたように目を剥いた。



「そ、そうですが……ジェイ様、どうしてご存知なんですか?」


「……ま、色々あってな。続けてくれ」


「はい。その神父様は結局、街で治療を受けることになって、しばらくの間、滞在することになったんです」



 彼女曰く、リトラには個別の病室が割り当てられたという。【病の街】では病人に多くの補助金が出るため、ほとんど一文無しでも治療を受けることができる。


 一方で、金を積むことで個室に入院したり、食事を豪華にしたりということも可能であるようだ。

 神父様なのに清貧ではないのは、不思議に思いました。とシーナは左上に視線を向けつつ、さらに続ける。



「……で、確か、そのくらいからです。おかしなことが起こり始めたのは」


「おかしなこと?」僕は深く考えずに繰り返す。


「はい、街の中で、幽霊や動く死体の目撃情報が上がるようになったんです。最初はフラフラと動くのが見られるだけだったんですけど、そのうちに、夜勤の医療術師や看護師が襲われるようになりました」


「……そりゃ、間違いなく死霊術だな。リトラらしき人物が現れた時期と重なるなら、恐らくあいつの仕業で間違いないだろうな」


「私たちもその認識です。あの神父様は病室に人が立ち入るのを、酷く嫌っておりましたから。何か外法を試みたのではないかと、そう話していて――」


「……ちょっと、いいかしら?」



 そこで口を挟んだのはリタだった。何かを考え込むように腕を組んでいた彼女は、シーナに視線を合わせるようにして、少しだけ前傾する。



「今の【病の街】では火葬が徹底されているはずよね」


「そうですね、死体を放置しておくことで拡がる疫病もありますので。死亡してしまった患者の皆様は、四十時間以内に火葬をすることと決まっております」


「なら、なおさら不思議ね。一体、動く死体の原料は、どこからやってきたのかしら?」



 確かにそうだ、と僕も首を捻った。

 死霊術では死体に霊魂を注入することにより、死した肉体を動かす程度のことしかできない。全くの無から屍者を呼び出すことはできないのだ。


 となれば考えられるパターンは二通り。死体を持ち込んでいたか、或いは――死体を作ったかだ。

 しかし、シーナはそんな僕の思考を、首を振ることで否定した。



「いえ、そのどちらでもありません――死体は、あったのです」


「……まさか」リタが、一歩早く答えに辿り着く。


「ええ、そうです。街には、解剖用のご遺体があります。未知の病で命を落とした方の体を開いて、死の原因を究明したり、後の医療に役立てるために行われる腑分け――そのご遺体が狙われたんです」



 そこで、僕の頭に閃くものがあった。欠けていたパズルのピースがはまるように、頭の中で歯抜けになっていた絵が完成していく。


「なるほどな、つまり、リトラの目的は最初から、その解剖用の遺体だったって訳だ」


 納得と共に頷く。しかし、リタとシーナは未だピンと来ていない様子だった。そのため、僕は注釈を挟むことにする。


「いいか? まずもってだが、人間の体は腐るもんだ。心の臓が止まったその瞬間から、劣化し続ける」


 その劣化は、そのまま屍者の完成度に影響する。いっそのこと白骨化してくれた方が動く骸骨として、それはそれで良さがあるのだが、最悪なのが中途半端に腐った死体だ。


 運動能力、知性、耐久力。どれを取っても最悪のものが仕上がってしまう。


「だから、死霊術師は可能な限り新鮮な死体を求めるもんだ――実際はそう上手くいかないのが大半だけどな」


 死後も操り人形になり、労働力や戦闘要員として働きたいという人間はいないだろう。そのため、ほとんどの場合は墓を暴くこととなり、結局は質の悪い素体を掴むしか無くなってしまうのだ。


 スペクター家はこのジレンマを解消するため、鎮魂や葬儀の仕事を引き受ける報酬の一部として刑死者の遺体を譲り受けていた。しかし、そのコネごと焼き払った連中は、そうもいかなくなったのだろう。


「その点、どうだ? この街で出た病死者なら、まず外傷はない。死んですぐだろうから、劣化も抑えられている。屍者の素材としては、最高も最高だ」


 と、そこまで話したところで、シーナの視線に怯えのようなものが混じっていることに気が付いた。

 しまった、と口を噤むも、既に遅いだろう。愚かな僕に、リタが溜め息を贈る。



「……悪いわね、怖がらせて。こいつも死霊術師だけど、人を傷つけたりはしないと保証するわ」


「は、はい……」



 頷く彼女だったが、顔は引きつったままだ。ほんの少しの気まずさを感じつつ、僕は話を本筋に戻すことにした。



「ご、ごめんな、話の腰折っちまってさ。それで、動く死体が目撃されるようになって――それから?」


「は、はい。それでも、数日は何とかなっていたんです。解剖用の遺体の数は多くありませんし、衛兵さんだけでも対応できる程度でした。それに、ご遺体の処理サイクルを早めたりと、こちらも対策を打ちましたので――」



 数日は、何とかなっていた。

 それはつまり、現在はなっていない、ということだろう。不吉な言い回しに、思わず、嫌な想像ばかりが膨らんでしまう。


 そして、それは遠からずの形で起こっていることなのだと、知らされる。



「潮目が変わったのは、昨日のことです。この列車――大陸間横断鉄道が有翼人に襲われた話はご存知ですか?」


「……そりゃあ、ご存知も何も、なあ……」



 シーナの口から飛び出した予想外の話題に驚きつつも、僕はどう返すべきか迷っていた。

 何せ、僕らは当事者も当事者。事件当事現場にいて、実際に襲われていたのだから、状況は詳しく知っている。


 その反応を見て、詳細な説明は省いてもいいと判断したのだろう。彼女は、さらに話を進めていく。



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