表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
75/162

第十八話「新たな街へ」-2

「それでも、何もかもがわからないってわけじゃないわ。少なくとも、戦い方はわかるもの」


 僕は静かに頷いた。あの細身の影は、ナイフを用いて素早い攻撃を仕掛けて来ていた。


 そこに搦め手は存在しない――少なくとも、偽イアンの使った虚を突くような攻撃ではなく、純粋な身体能力によるものに見えた。


「――100%、身体能力だけってわけでもないけどね」


 リタは、何かに気が付いているようだった。実際に刃を交えた彼女の方が、端から見ていた僕よりも解像度は高いだろう。



「まあ、お前のことだ。負けることは無いだろうと思ってるけどさ……」


「勿論よ、というか狙われてるのはあんたなんだから、自分のことだけ考えてなさい」


「はいはい……というか、僕らは良いにしても、マキナとラティーンは大丈夫なのか?」



 僕らは、【壁の街】に二人を残してきていた。

 危篤のラティーンを連れながら、リトラ一派の襲撃をしのぐのは困難である、といった判断からだったが、やはりそこにはリスクも存在する。


 リトラは街の中にもその手を伸ばしていたのだ。

 となれば、二人を人質にしてこちらを強請ってくる――そんな汚い手も、あいつなら取りかねない。


 ドラコは街の中に入れず、今、あの二人を守る戦力は存在しない。これはかなり、危険な状況なのではないだろうか?


 しかし、リタの反応はあっさりとしたものだった。


「そっちは心配いらないわ、マキナは優秀な結界術師だもの。戦うことこそできなくても、あの子が本気になれば、私だって締め出されるかもしれないわ」


 ラティーンが担ぎ込まれた病院、その周囲を囲むように強固な結界を張っているとのことだった。


 彼女は消耗するが、数日は保つだろう――というのが、リタの弁。どうあれ、毒の回りを考えれば残り時間は少ないのだから、可及的速やかに動かなければいけないのは変わらないようだ。


 ならば、僕たちが気にかけるべきは、やはり自分たち自身ということか。



「……そうだな、あんまり人のことも言ってられないか。前回は、この列車に乗っているときに襲われた訳だしな」


「そうね、あれは有翼人だったけど……今襲われたら、流石に私もあんたも相当キツいわよ」


「わかってるさ、今の状況で油断できるほど、呑気じゃない」



 相手の出方がわからない以上、できることは備えることだけだ。しかし、互いに傷を負っているこの状況で、四六時中気を張り続けているというのもまた、不可能である。


 故に、どこかで必ず、隙を晒すことにはなってしまう――それが致命的なものでないことを願うばかりだ。


 僕が気合いを入れ直すために一つ伸びを打てば、再び窓枠が鳴き、塗り潰されていた車窓に夜の情景が戻ってきた。

 トンネルを抜けたのだろうか、そう考えていた僕の目に、仄かな明かりが飛び込んでくる。


「……停車駅ね、私たちの目的地は、まだまだ先だけど」


 そう口にするリタの、紙背に隠した言葉を読み取る。


「ああ、わかってる。もしかすると、乗ってくる可能性もあるわけだ……」


 二人で揃って、車内に入ってくる乗客たちに目を向ける。下り線であること、そして、時間帯も相まってか、そこまでの人数はいなかった。


 しかし、油断はできない。その中にリトラの手下が紛れている可能性も、否定することはできないのだから。


 最後の一人までが列車に収まるのを見届けて、僕とリタは息を吐いた。



「ふう、怪しそうな奴は見当たらなかったな。そっちは?」


「私も、特に気になる連中は乗ってこなかったわね……とはいえ、気は抜けないけど」



 変装や、擬態の可能性もある。突然、車内で本性を表す可能性だって、無くはないのだ。


「まあ、そうなったらそうなったで、その時ね。ここはひとまず――」


 ――と、リタがそう口にしようとした、その時だった。


「――なんだよ嬢ちゃん、俺たちに難癖つけようってのか?」


 粗暴な言葉が、僕らの間に割り込んでくる。


 見れば、ボックス席を出たところの廊下。数人の人影が立っているのが見えた。見るからに乱暴そうな風体――明るい色の短髪と、横を刈り上げた長髪の、体格のいい二人組みだ――男たちと、彼らに囲まれるようにして、一人の少女が立ち尽くしていた。


 少女は白いローブに身を包んだ小柄なシルエットで、フードを被っており見えないが、長い髪を後ろに流しているようだ。年の頃は……恐らく、僕らと同じくらいだろうか?



「ご、ごめんなさい……でも、ここは私の席で、予約してて……」


「だからよお、何度も言ってるよなァ?」



 男のうち一人が、少女に顔を寄せるようにして威圧する。見るからに陳腐な脅しではあったが、彼女を萎縮させるには十分なようで、その白い肌がさらに血の気を失った。



「俺たちゃ、足を伸ばして座りてえんだよ、だから、俺らの一般席とお嬢ちゃんのボックス席を交換してくれって話!」


「わ、私も薬の材料を持ち帰らなきゃいけなくて、荷物が多くて、その……」


「あ? 何か言ったかよ?」



 見ていられなかった。

 まったく、こんな絵に描いたようなチンピラが本当にいるというのか。


 ちらりとリタに視線を向ければ、彼女も静かに頷く。どうやら同意見のようだった。慎重に行かなければいけない道行きとは言え、困っている人間を捨て置くことはできない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ