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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
四章「死別という病」編
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第十七話「襲撃、そして」-2

「――ねえ、ドラコ!」


 その声に呼応するようにして。


 辺り一帯を吹き飛ばすほどの壮絶な爪撃が放たれる。もちろん、その狙いは人影とリトラ。自らの主を傷付けた敵を許すまいと、最強種の猛撃が繰り出される。


 景気の悪いリトラの顔が、さらに引き()る。間一髪で攻撃を避けた彼は、懐から杖のようなものを取り出すと、それを目前に構えた。



「……竜種か! しかし、竜騎士は倒れたはず……!」


「馬鹿ね、私は万能屋。ラティーンほどじゃなくても、操竜術式の心得はあるわ」



 口にすると同時、足元の地面伝いに励起した紋様が、ドラコに向かって伸びているのが見えた。


 歴戦の使い手であるラティーンと同じく、人竜一体――とまではいかないが、その動きを操ることは造作もないのだろう。

 そして、その戦力は僕たちも身を以て知っている。



「……なるほどな、今、ここで戦うのはリスクが高いか」


「ええ、そうよ。わかったのならお帰りいただける? 私、とっても疲れてるの」



 うっかり、あなたたちを踏み潰してしまいそうなくらいに――。


 そう結んだリタの台詞に、リトラは不敵な笑みを返す。暫しの間睨み合った二人は、やがて鍔迫りが弾けるように、視線を外した。


「――ふむ、私はそれで構わんよ。宿願を果たしたとしても、野蛮な竜種に殺されたのでは敵わんからな」


 すんなりと、リトラは背を向ける。あまりにも呆気なく。その様に、僕も思わず眉を寄せる。逆転を許したこの状況を鑑みてだろうか、それとも何か、他に意図があるのかと訝った僕の思考が、順転するよりもさらに早く。


「――ああ、そうだ。君たちは少しばかり、急いだほうがいい」


 不吉な予感は的中し、彼はピタリと足を止め、上体だけで振り返った。



「急ぐってなんだよ、ケツまくって逃げるのはそっちだ、急いで逃げるのなら、お前こそ急いだほうがいいぜ」


「フフフ……そうではないさ、坊っちゃん。私は逃げるのではなく、機を待つだけのことだ」


「はっ、どうだかな。逆転を許して、内心焦ってるんじゃないのか? 弱ってる僕らを見つけて、チャンスだと思っただろうにな!」


「どうとでも、勝手に取るといい。しかし――そこの竜騎士に時間が無いのは事実だ」



 竜騎士。

 その言葉に、僕は腕の中のラティーンを確認する。酷い出血、苦悶の表情、否、それだけではない。


 彼の傷口、その辺りに何やら黄色みがかった褐色の液体――身近なもので例えるなら、膿に近い――が付着しているのが見えた。


 これは、と三文字を浮かべるまでもなく、僕はその正体に至る。



「まさか――毒か!?」


「御名答、即効性の致死毒だ。すぐに治療をすれば命は助かるだろうが、遅れれば……」



 一瞬で、全身を激情が支配した。


 僕の家族たちだけでなく、【壁の街】ではマキナを襲い、今回はラティーンまで。一体こいつらは、どれだけのものを傷付ければ気が済むのだろうか。


「リ、ト、ラぁぁぁぁぁあッ!!!」


 ラティーンを抱き留めていなければ、恐らく僕は駆け出していただろう。


「――ッ!」


 そして、それは僕だけではなかったようだ。リタが一歩を踏み出す。体の傷にも構わぬ、それは激情に任せた突撃。


 声にならぬ叫びとともに放たれた羽弾は正確にリトラの体を捉える。


 しかし。


「――また会おう、坊っちゃん。そう遠くないうちに、ね」


 細身の人影が、全ての羽弾を叩き落とす。たったの一発も、たったの一撃も、彼には届かない。


 歯噛みする僕らを尻目に、黒いスータンは闇に溶けていく。そうして、瞬く間に彼は姿を消してしまった。


 残されたのは、傷ついた僕たち。交戦の熱も冷めぬまま、ゆっくりと息を整え、彼が消えていった闇を睨み続ける。


「くそっ、リトラ、あいつ、どうして」


 呟くも、答えはない。相容れない敵に答えを求めることほど滑稽なこともないだろう。

 理由はない。あっても、理解できない、彼と自分はそういう存在だとわかっていても、それを抑えることはできない。


「……ひとまずこの場を凌いだことで、よしとしましょう」


 羽を畳んだリタが近付いてくる。らしくない弱気な発言は、消耗の具合を伺わせる。

 屈み込んだ彼女は、ラティーンの傷に手を添えた。鎧を貫通した刺し傷は、決して浅くはない。


「……う、り、リタ……悪い、な……」


 弱々しく漏らす彼の言葉には、普段見せていた豪快さは無い。年相応に――否、それよりもはるかに萎んだ彼の様子は、不安感をこれでもかと煽り立ててくる。


「大丈夫よ、私が手当てするわ。すぐに【壁の街】に戻りましょう――」


 穏やかに口にした彼女は、何事もなかったかのように撤退の準備を始めた。


 その手が、僅かに震えているように見えたのは――気のせいだったのだろうか。

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