第二話「食事処【イットウ】」-1
万能屋。
猫探しから家の掃除や店番、果ては護衛や汚れ仕事まで、その仕事内容は多岐に渡る。読んで字のごとく、あらゆる依頼を請け負う職業だ。
元手が要らず、身一つで稼げることから、その看板を掲げるものは少なくない。
さまざまな技術や腕っ節を要求される仕事だが、そのせいで当たり外れが激しいのも事実だ。人によって得手不得手があるのはもちろん、本当に求められる全てのスキルを身につけているものなど、いなくて当然なのだ。
万能と銘打ちながら、本当の意味で万能なものなどいない。
たった一人を除いては。
玉石混交、良きも悪しきも無数に混じったその中で一際輝くその名前。正しくあらゆるものの代替になれると言われた、本物の万能屋。
成し遂げた仕事の数々は、もはや偉業として語り継がれている、生ける伝説。
それが【赤翼】。
今を生きる者なら子供だって知ってる名前だ。
それが――まさか。
「着いた、ここよ」僕を抱えたまましばらく【夕暮れの町】を飛んだ彼女は、やがて、ある建物の前に降り立った。
周りの店と見比べても大きな違いは見受けられない、この町のどこにでもありそうな小さな店。
食事処【イットウ】。看板にはそう書いてあった。
指を一つ打つ。するとリタの背中にあった翼が、ふわりと霧散した。
はらはらと辺りに舞い散った羽根を意にも介さず、彼女は何のためらいもなく、所々に黒ずみの浮いた、木製の扉を押し開いた。着いてこいということだろうか、それ以外に考えられなかったので、僕もそれに続いた。
店内は活気で満ちていた。あちこちで噴火のように笑い声が噴き上がり、ジョッキを合わせる音と威勢のいい大声とが絶えず行き交っている。食事処と外には書いてあったが、どちらかといえば酒場に似た雰囲気を感じる。
リタはその中を迷うことなく、まっすぐ歩いていく。そのまま突き当たり、店のカウンター席まで。テーブルを挟んで向こう側にいる女性がこちらに気づいて軽く手を上げた。
「お、リタじゃないの。おかえり、仕事はどうだった?」
背の高い女性だった。僕は背の低いほうではないと思っていたのだが、それでも僕より頭一つ大きい。頭にバンダナを巻いてエプロンをしているということは店員なのだろう。
「どーも。依頼人を迎えに行っただけで、まだ契約は今からよ。奥の席、使わせてもらうわね」
はいはい、と、店員の女性がおどけて言うが、リタはそれを聞く前にもう動き出していた。今度は店の奥まった方に向いて進んでいく。
そこで僕は違和感に気づいた。彼女の行く先にある、一番奥のテーブル席。二人掛けのこじんまりとした席なのだが、店の喧騒の中にあって、そこだけが怖いくらいに静かというか、明らかに空気が違っていた。
周囲の酔っぱらいも、そこにだけは踏み入らない。この弾けるような喧しさの中で、まるでそこだけが隔離された空間のようだ。
至極開放的な個室、そして密室。少なくとも僕の目にはそう映った。
「どうぞ、ここなら遠慮なく話せるわ。腰を下ろして頂戴」
テーブルのそばに立ったリタは、向かいの椅子を指しながらそう言った。
正直、まだ信じられていない部分はある。というか、目の前の現実を半分も受け入れられていない。担がれているのではないか、とも思ったが、現に僕は先ほど命を救われている。仮にこの少女が本物の【赤翼】でなかったとしても、僕の命の恩人には変わりない。
ともかくとして、話を始めなければ前には進めないだろう。大人しく席に着くと、彼女も対面に腰を下ろした。
喧騒の中の奇妙な異界にて、僕らは向かい合う。
「さて、ようやく落ち着いて話ができるわね」先に口を開いたのはリタの方だった。
「改めまして、私はリタ・ランプシェード。万能屋【赤翼】で通ってるわ。よろしくね」
「あ、ああ。こちらこそ。ジェイ・スペクターだ。よろしく」
差し出された握手に応じながら、ぎこちなくではあったが、僕はどうにか自己紹介を終えた。同時に、彼女の挙げた名乗りが、やはり聞き間違いの類ではなかったのだと僕に改めて自覚させた。
本当に【赤翼】なのだ。
目の前の、この、僕より幼く見える少女が――?