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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十五話「生者の行進」-4

「……覆うものよ、満たすものよ、我が声を聞き入れ給え」


 リタの声が、凛と張り詰める。それはこの場にいる何者でもない、形而上の『力』に語りかける声。


「――我が手に鉄を、其の手に炎を、輪郭に土塊を、血潮の代わりに我が魂を」


 それを聞きながら、僕は首を傾げた。

 魔術を使うためには、魔力を通すための紋様を刻む必要がある。僕の霊符やラティーンの鎧、恐らく、リタの翼もあの赤いマントに刻んであるのだろうと、以前に僕は予想したことがある。


 しかし、それ以外に彼女が紋様を刻んでありそうな物品を持っているところは見たことがない。

 なら、今のリタはどうやって、魔術を行使しようとしているのだろうか――?


「開闢の地を踏み鳴らす巨人。罅割れた皮膚と強靭の腕。仕える主は居らずとも、我が導きに従い、その力を示し給え――!」


 瞬間、屍竜の背の暗がりに無数の光が浮かび上がった。

 それは、魔力の輝き。魔術行使のために魔力を帯びた、紋様の放つ光だ。


 ――岩肌。 


 先ほど、リタが連続攻撃を仕掛けた際に衝突していた、或いは足場としていた壁や床、頭上の石壁に、それらは刻まれていた。


「これ、もしかして、さっき仕掛けたときに……!?」


 あの連撃は、決してヤケになったわけではなかったのだ。屍竜の動きを牽制する高速戦闘を仕掛けつつ、周囲に紋様を刻む。

 そこまで計算しての戦いだったと――そういうことだったのか。


「――操岩術式(グラウンド)、『巨人の掌(ギガントマキア)』っ!」


 それを合図に、再び辺りの魔力が鳴動する。震える地面、変化が起こったのは、次の瞬間だった。

 紋様を刻まれた周囲の岩壁が、メキメキと音を発てて形を変える。広い掌と五指、それはまるで、見上げるような巨人が手だけを地面から突き出しているかのようだ。


 視界一面に広がる程に巨大な掌は、そのまま屍竜を包み込むと、逃がす間もなく、握り締めた。羽根に縛り上げられた、黒く澱んだ巨体が変化した岩壁に覆い隠され、見えなくなる。


 しかし、見ずともわかる。あの掌の中に、どれだけの超圧力がかけられているのか。例え相手が竜種に連なる魔物であったとしても、ひとたまりも無いだろう。


「おい、リタ、やったのか――?」


 僕は彼女に駆け寄る。屍竜に痛手を与えたとしても、こっちのダメージが甚大なことには変わりない。

 だから、肩の一つでも支えてやろうと、そんな風に考えたのだが。


「――来るなッ!」


 聞いたことが無いくらいに鋭利なリタの声が、僕の両足を凍りつかせる。


 それと、岩魔術で構築した巨人の掌が砕け散るのは、ほとんど同時だった。分厚い岩壁が、まるで砂糖菓子のように砕けては、地面に落ちて弾けていく。


「……なっ!?」


 冗談だろ? 僕は心中でそうおどけることしかできなかった。超圧力で握り潰されたはずの屍竜の体には、傷一つ残されていない。


 そこから先は、酷くスローだった。迫る屍竜の爪。それを鋼の翼で迎え撃つリタ。けれど、それはほんの数秒、爪先を押し留めただけに過ぎず、派手に吹き飛ばされていく。


 岩壁に打ち付けられ力無く項垂れた彼女の頭上から、パラパラと細かい岩の破片が落ちてくる。それでも、リタは微動だにしなかった。まるで、糸の切れた人形か何かのように。


 悪い夢のようだ。

 あのリタが、なす術も無く転がされ、命の危機に瀕している。


 それなのに、僕には何もできない。何も。必死に回転させている脳髄は、いつまで経っても答えを弾き出すことはない。


『もし、儂が屍竜と相対することになったのなら――』


 あの時、親父は何と言っていただろうか。思い出せ、思い出せ、そうでなければ僕はここで終わりだ。リタはここで終わりだ。


 こんな終わり方が許せないのなら、振り絞れ、ジェイ=スペクター――!


 必死に頭を回す僕の眼前で、無情にも屍竜は動き出す。筋肉も関節も無視したその不気味な挙動は、馴染みのある屍者のものによく似ていた。


 反射的に、僕は懐から霊符を取り出す。足留めにすらならないとわかっている。しかし、僅かでも気を逸らせたのならば、リタが動けるようになるまでの時間を稼げるかもしれない。


「簡易契約――ウィル・オ――」


 そこで、気が付く。

 僕の霊符は火の玉に変わらず、ただ紙切れのままで、ひらひらとはためくばかりだった。


 ――この空間には契約できる魂がない。


「っ、なんで……っ!?」


 困惑は一瞬。すぐにその理由に気が付く。

 ――屍竜。


 親父やラティーンの言葉を思い出す。屍竜に限らず、屍者が発生する原理はわかっている。死体に周囲の『よくないもの』が入り込むのが原因だ。


 そして、ここの屍竜もまた、【壁の街】から出た淀みが集まって成ったものだという。恐らくその過程で、周囲の霊魂も取り込んでしまったのだろう。


 あの鱗の下に蠢くものは、巨大な悪霊の塊と大差ない。竜の死体の吸引力にて、彷徨う魂を喰らって進む、不沈の怪物――。



 ――そう。悪霊の魂と、大差ないというのなら。



「……まさか」僕の頭に閃くものがあった。


 とはいえ、僕はそれを素直に喜ぶことができない。打開策、で間違いない。この状況をどうにかしうる、仮に、そこまでいかなくとも好転させうる可能性があることは事実だが、それに気がついてしまえば、僕はアクションを起こさざるを得ない。


 できる、できないはともかく、やらざるを得なくなる。そんな、僕にとっては最悪のアイデアが、脳裏を過ぎってしまったのだ。


「――ああ、わかったよ、もうッ!」


 僕は思考を止めた。できなければ死ぬだけ。ならば、それ以上のことを考えても仕方がない。

 手持ちの霊符を、足元に配置する。自分を囲むような形で、複数枚。一枚一枚の札に刻まれた線が重なり、組合わさり、一つの大きな紋様を描くように。


 準備が整えば、後は息を整える。大丈夫だ。やっていることは普段と変わらない。


「漂うものよ、彷徨うものよ、我が導きに従い給え……!」


 死霊術とは、宙を漂う魂と契約し、従わせる技術だ。


 しかし、魂と一口に言っても様々なものがある。【凪の村】で出会ったロニーのような無害な地縛霊もいれば、死体に入り込み人を襲う、悪しき魂もある。


「我は死者の道を指すもの、昏き淵に立ち続けた墓守の一人っ、冥府への案内人に他ならん!」


 そういった、人に害為す悪霊を鎮めるのもまた、死霊術師の仕事の一つなのだ。そして、スペクター家はこの技術において、右に出るものがいなかった。


 僕だって、その末席を汚している。ならば、屍竜の中に溜まる呪いの淀みであっても、干渉できる可能性は十分にある――。



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