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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十五話「生者の行進」-1

 スペクター家は死霊術の大家だ。


 死霊術と一口で言っても、様々なものがある。降霊や契約による霊魂の使役は勿論、悪しき霊魂の浄化や、死体を操る、動く死体(リビングデッド)作りまで。


 故に、僕も幼い頃から多くの知識を詰め込まれた。大陸イチの死霊術師だった父は、出来損ないの僕にも多くの知識を授けてくれていたのだ。


「いいか、ジェイ。動く死体の中で一番厄介なのは、人間以外の死体に霊魂が集まってしまった場合だ。犬猫ならいざ知らず、単なる牛馬であったとしても、人を殺しうるだけの魔物になってしまう」


 確か、あれは僕が十になる頃のある日だった。まだ非才であることに気がついていなかった僕は、勤勉に死霊術を学んでいたものだ。



「はい、父さま。だから今、街では遺体を火葬しようという動きが広まっているんですよね」


「ああ、我々死霊術師からすれば、死体が手に入らなくなるのは痛手だがな。こればかりは、流石に民の安らぎには変えられん」


「と言いつつ、うちでは検体として方方から遺体を提供してもらってるじゃないですか。痛手も何も」


「……我が子が聡いのも、考えものだな」



 父はそう言って額を打った。そういえば、厳格な人だったが、こんな一面もあったのだった。

 けれど、すぐにその緩んだ表情は引き締められる。


「ではジェイよ。お前に問おう、動く死体と化して最も性質の悪い存在とは、どんなものだ?」


 幼い僕は少しだけ考えた。人、ではない。人の遺体はすぐに筋肉が解けてしまい、よほど新鮮でなければ脅威にはならない。

 先程話に出てきた牛馬も違うだろう、もっと大きく、恐ろしく、強靭(つよ)く――。


「――獅子などどうでしょう。昨年、【虚飾の街(サーフェイス)】にて、虎との間の子が魔物化して猛威を振るったと聞いております」


 もっとも、その獣は程なくして【赤翼】に討伐せしめられたとも聞いたが。

 無知なりに頭を絞った回答のつもりだったが、そんな僕の答えに、父は哄笑を返した。



「ふっ、ははははは! ジェイよ。お前の想像力はそんなものか。もっと、恐ろしいものがいるだろうに」


「もっと、恐ろしいもの……ですか」



 再び黙考に沈む僕をよそに、父は手元の書物を捲り始める。無骨な指が紙を掴んで数秒、ずい、とある見開きを突きつけてきた。

 そこに描かれていたのは――黒い怪物。全身から汚泥のようなものを滴らせた、翼を持つ、巨大な蜥蜴のような――。


「――答えは、竜だ。竜は死せど朽ちぬ不滅の体を持ち、人の何倍もの情報を魂に溜め込む」


 そうして、歳を重ねた竜が命を落とすとき――その空白には、人や獣など比にならないほどの『よくないもの』が溜め込まれることになる。



「存在して生まれるのが、屍竜だ。もし、出会うことがあれば祈れ、それも届かなければ諦めろ、そう伝えられる、伝説上の存在だ」


「……屍竜」僕は舌足らずの口で、そう復唱してから、「でも、死体を燃やせばいいのでしょう。朽ちぬ体と言えど、灰にすれば――」



 しかし、僕の浅知恵を、父は首を振るだけで否定する。



「ジェイよ、一つ問おう。勝るものが太陽しかないと言われる灼熱を吹く竜種、その体を燃やしうるものが、人に扱えると思うかね?」


「……それは、無理、かと」


「ならば畢竟、竜種を葬ることができるのは、同じ竜種以外に有り得ん。故に、屍竜は恐ろしいのだ」



 屍竜は命なき存在だ。

 体が滅ばぬ限り、悪しき魂が体を動かし続ける。

 しかし、竜の体は滅びない。


「……では、我々死霊術師でも、屍竜は手に負えないのでしょうか。それこそ、父様ほどの使い手でも」


 自分の口から転び出た言葉に、僕は思わず目を剥いた。純粋な興味から出た言葉だったが、図らずも、父を試すような物言いになってしまったからだ。


 慌てて訂正しようとする僕に対し、父は鷹揚に頷いた。幼子の無礼を笑顔で流せるあの余裕をもって、もしかすると余人は彼を名君だとそやしていたのかもしれない。


「よい、よい。そうだな、もし、儂が屍竜と相対することになったのなら――」


 ああ、あの時。

 父は何と、言っていただろうか――。



「う、があああああああああっ!」



 薄暗い大空洞の中に、リタの叫び声が響く。

 彼女は屍竜の一撃をひらりと躱すと、そのまま羽ばたき、宙に舞い上がった。そしめ、軽々と身を翻しながら鋭い視線を相手に向ける。


「『鉄の翼――羽弾』ッ!」


 無数に放つ羽の散弾それはか細く見えるが、レンガ造りの壁を抉るほどの威力を持つ。しかし、一撃一撃が必殺の弾幕を屍竜は咆哮一つで吹き飛ばした。


 ハラハラと舞う、勢いを失った羽の中に、リタは突貫する。空中で軌道を変えながら、彼女は落ちていく羽の一枚を握り締めた。


「『鉄の翼――(フェーダー)(シュヴェルト)』!」


 その掛け声と同時、鉄の皮膜が羽の先までを覆ったかと思えば、刃渡り一メートルほどの長さまで伸びていった。さながら、反りのある刀剣のように姿を変えたそれを、縦にグルリと回転しながら振り抜いていく。


 屍竜の爪が、それに応じる。激しい衝突音と、金属の擦れ合うような音がしばらく続いた後、リタの体が吹き飛ばされるのが見えた。



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