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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十四話「出陣」-4

「……こんなの、どうするんだよ」


 思わず、僕の口を衝いたのはそんな言葉だった。


 北の沼地は、リタの飛行速度でおよそ三十分ほどの距離にあった。

 地面の大半が、澱んだ泥濘に覆われており、木々や草花を含む地形のほとんどが、暗色――いや、ほとんど黒と言ってもいいような暗い泥に塗れている。


 僕たちは沼地の直上まで辿り着いた。あとは、このまま探索を行い、呪いの主を倒すだけなのだが――。


「どうするもこうするも、やるしかないでしょう」


 息を一つ吐き、気合いを入れるリタを他所に、僕はただ、目の前に広がる光景を恐れることしかできない。


 例えるのなら――絶え間なく湧き出る蟻の巣、といったところだろうか。

 薄暗い沼地に聳え立つ山。そして、その周囲からまるで吹き溢れるようにして立ち上がってくるのは、無数の魔物たちだ。


 泥の中から起き上がってくるその姿は、まさに悍ましき無限の軍勢。先程のラティーンたちの大立ち回りも、この内の僅か一部を削り取ったに過ぎないのだろうと、そう直感させるような圧倒的物量。


 まさしく――絶望、その言葉がよく似合うような光景だった。



「あの山にある洞窟、あそこが呪いの中心ね。親玉も、中にいるんじゃないかしら」


「いるんじゃないかしら、って、あのなあ……こんなに魔物がいるんじゃ、近付けないだろうが」



 【壁の町】近辺も黒山の如き群れに覆われていたが、ここはもう、桁が違う。地面の色すら見えぬほどに、まるで波打つ水面を眺めているかのように魔物が押し寄せてきている。



「それなら大丈夫よ。恐らく、魔物たちはあの山の中には入ってこられないわ」


「妙に確信めいた言い方をするな、その心は?」


「だって――入ったら、殺されてしまうから」


「……嫌な納得感だな。というか、それって僕らも殺されるんじゃないのか?」


「そうならないために、戦うんでしょう。あんた、覚悟はできてるって言ってたわよね?」


「お前が守ってくれるんだよな、とも言ったぜ」



 軽口にも、イマイチ勢いが乗らない。

 ああ、もう、隠すこともできないくらいに、僕は怯えている。


「ええ、それじゃあ、近付いていくわよ……!」


 リタの翼が、一際大きく羽ばたいた。地面を歩く魔物たちに捕まらぬよう、あの洞窟に入る方法など、そう多くはない。


 つまりは――正面突破だ。

 出し惜しみなしの全開で、僕とリタは加速していく。


「【鉄の翼――羽の(フェーダー・)(リュストゥング)】!」


 その背中、翼を覆う鉄の皮膜。まるで抱きしめるように、体を両翼で包み込む。

 まるでその勢いは、砲弾のように。気が付いた魔物たちが阻んでこようとお構いなく、鋼鉄の翼に覆われた僕らは、洞窟の入り口めがけて突き刺さった。


 周囲の様子など、ほとんど見えない。ただ、僅かに石交じりの泥が頬に当たる感覚と、硬いものがぶつかり合うような衝撃音――そして、擦れるような荒い音。

 ガリガリと地面を削る細かい衝撃が止んでしばらくしてから、僕らはゆっくりと起き上がった。



「っ、ててて……おいおい、乱暴すぎるぜ。もうちょっと優しくできなかったのかよ」


「魔物たちの餌になりたかったなら、それでもよかったけれどね」


「……はいはい、これが最善でございましたよ、【赤翼】サマ」



 埃を払いつつ立ち上がる。


 洞窟の内部は、沼地に位置していることから予想できた通り、ジメジメとして薄暗い空間だった。鼻先に香るのは何かが腐ったような匂い。その正体が何なのかまでは考えたくない。

 ぬるりと、足元に滑るような感覚。沼地の泥は、どこか粘土質で張り付くような不快感を覚えさせた。



「私の勘は的中したみたいね」リタは、翼の泥を払いつつ。「やっぱり、魔物たちはこの中にまでは入ってきていないわ」


「……じゃあ、この先にいるってことで間違いないんだな」



 こくりと、リタが頷く。

 僕は生唾を飲んだ。十二年前の【赤翼】が敵わなかった魔物。それがどんなものなのか、散々勿体つけられて、ようやくそれを知ることができる。


 リタを先頭に、僕らは洞窟の中を進んでいく。明かりの代わりにしたウィル・オ・ウィスプはよく照らしてくれたものの、それでも、はっきりと視認できるのは己の足元までだ。


 進むたび、肌を焼くようなプレッシャーが強くなっていく。震える足を、どうにか無理やりに動かすので精一杯だった。


 そんな中、不意にリタが口を開く。



「……あんた、竜種の殺し方って知ってる?」


「なんだよ、急に。それ、今じゃないとダメなのか?」


「いいから。知ってるかって聞いてるの」


 彼女の剣幕に少しだけ押されながら、僕は語調のトゲを隠さずに返す。



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