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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
一章『万能屋と死霊術師』編
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第一話「万能屋【赤翼】」-5

 動揺を表に出さないようにしながら、それでも、僕は驚愕していた。

 先ほど、鬼神の如き活躍で大の男二人を薙ぎ倒したのが、こんなに小さな女の子だってのか――?


 リトラ神父は僕と翼の持ち主を交互に見つめて、納得したように頷いた。そして肩を震わせて不愉快な哄笑を上げた。



「はっはっはっは! やるじゃないか、ジェイ君。まさかここに来て、こんな切り札を用意しているとはね。護衛くらいは雇っていてもおかしくないとは思っていたが、その翼! 深紅の髪! もしかして【赤翼】か! これは恐れ入ったよ」


「そうかい、僕はあんたがそんな風に笑えることのが驚きだぜ。その根暗なツラじゃ、笑ったっておぞましいだけだけどな」



 僕の言葉に神父はほんの少しだけ眉を動かしたが、それだけだった。ただニヤニヤと不気味に笑いながら、僕らを見据えている。


「……口が減らないなあ、君は。まあいい。じきにそんな口も利いていられなくなるさ」


 彼がそう言うと同時、強く引かれる感覚。見ればローブの端から伸びた手が僕の腕を掴んでいた。突然のことで、僕はバランスを崩して大きく傾いた。


 そして、破裂音。真横のほんの数センチを、何かが掠める。銃弾だ。手を引かれなかったらと想像して、背中に冷たいものが流れる。さっき転ばせた奴らが追いついてきたのか、と、考えたのも束の間。今度はリトラ神父の背後から、迫ってくる沢山の影が見えた。


 増援。それも、十人や二十人じゃない。上下真っ黒な男たちが、軽く数えても数ダース分は集まってきていた。


「……流石に分が悪いか」傾いだ僕を両手で抱えるように支えながら、ローブのそいつは小さく呟いた。「ちょっと我慢してね」


 ブオン。それは翼を大きく開く音だった。辺りに吹き荒れる風。それに乗せて放たれた、何本もの羽根の矢。それでも流石にこの人数差は厳しいんじゃないか、なんて思って。


「……行くわよ」


 思考は浮遊感にかき消された。


「う、うおおおおおおおお?」


 急激に、耳のあたりを風が通り過ぎていった。脇に回された手が、深く食い込む。全身にかかった強烈な重力が、思わず吐き気を誘う。ぐえっ、と。喉から汚い音が漏れて、視界が一瞬ブラックアウトした。


 それはチカチカと明滅を繰り返しながら、徐々にクリアになっていく。


 空。


 開けた視界に真っ先に飛び込んできたのは、【夕暮れの町】の雲ひとつないオレンジ色の空だった。遠くに見える太陽も、町で一番高い時計塔も、何もかもが遮るものなく、ハッキリと見えた。


 飛んだのだ、と気づくまでに数瞬。その頃にはもう、僕らは周りの建物より高く舞い上がっていた。驚きが七割。安堵が三割くらいの比率で、僕は一つ息を吐いた。


「悪いわね、急に飛んだりなんかして。大丈夫だった?」


 頭の上から声が降ってくる。体が密着しているこの距離まで来て、ようやくその顔がはっきりと見えた。やはりというか、見間違いではない。美少女と言って差し支えない程度には整った目鼻立ちをしている。目の色は燃えるような真っ赤で、風にたなびく髪も同じ色に染まっていた。


 まさかというか、やはりというか。僕は複雑な胸のうちをとりあえず押し込めて、一先ず言っておくことにした。



「いや、ありがとう。助かったよ。もう駄目かと思ったんだ、よくあそこがわかったな」


「時間になっても指定の場所に来なかったから、何かあったんじゃないかと思って上から探してたのよ。まさかあんなギリギリの状態だなんて思いもしなかったけど」



 僕は曖昧に笑って、頭を掻いた。本当にギリギリだった。もし彼女が現れるのがもう少し遅ければ、僕は連れ去られてしまっていただろう。


 それよりも僕には確認しておかなければならないことがあった。彼女は今、『指定の場所』と言った。それが何を意味するのか、僕にだってわからないわけではない。


「……ってことはやっぱり、君が『そう』なのか?」


 僕は問うた。具体的な言葉は要らない。もし僕が思ったとおりであるならば、それだけで通じるはずだ。


 もしそうであるならば。彼女は、あの逃走劇の――。


「……『そう』よ」力強く頷いて、そのまま首を大きく振った。


 小さな頭からフードが外れて、ふわり。ほどけた紐はどこかに消えていって、風に溶けるように真っ赤な髪が広がった。


 それはまるで絹糸のようにサラサラと滑らかで、恐らく垂らせば足元まで届くほどの長さだろう。ともかく、燃え上がるように溢れ出たそれは、滑らかに宙を撫で、空に流れた。


 追いやったはずの『まさか』が、再び胸を満たした。それもそうだろう、誰が信じるというのだ。こんな小さな女の子が、まさか。



「私が万能屋【赤翼】、リタ・ランプシェード。こうして話すのは初めてね、スペクターさん」



 あの逃走劇の終着点、世界最高の万能屋【赤翼】だなんて。


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