第十四話「出陣」-3
ドラコに跨るラティーンは、槍を構えたまま微動だにしない。飛行の揺れを感じさせぬ、見事な騎乗姿勢だった。
そして、魔物たちと激突する刹那――彼方まで響くような雷声を上げる。
「行くぜ――術式詠唱略、【操竜魔術――人竜一体】!」
ブウン、と。
魔力が励起する独特な音とともに、彼の鎧に紋様が浮かび上がる。
それは全身を覆うように拡がると、彼の体から足元――ドラコの肉体にまで拡がっていく。
まるで、二人を繋ぐ縄か何かのように、魔力の筋が絡まっていく。
ただならぬ気配に臆したのか、それとも、本能で危険を感じ取ったのか。先頭を飛んでいた魔物が、僅かに二の足を踏んだ。
――それが致命的だとも、知らずに。
「がっはっはっは! 舐めるなよ、おい!」
一閃、ラティーンの薙ぎ払った槍が魔物の頭部を打ち砕く。それだけに留まらず、彼の体に呼応するようにドラコの爪が周囲を切り裂き、複数体の魔物の体をバラバラにする。
その二連撃を辛くも躱した数体に待ち受けていたのは、旋回するようにして放たれた炎の息だ。まるで炎の嵐のように渦巻く竜の吐息、そして、その帷を引き裂くようにして飛来する、鋭い槍の一撃。
見る間に、百体はくだらない数の魔物が撃墜されていく。
「す、すげえ……ラティーンって、こんなに強かったのかよ」
僕は素直に感嘆した。強いのは知っている。【赤翼】の友人で、原初の竜使い。町中での戦いも見るに、実力があるのは間違いがないだろう。
しかし、ドラコとの連携でここまでの力を発揮するとは――正直、予想外だった。
「……私は、最強の万能屋。一対一のやり取りでは、あいつにも負けるつもりはないわ」
リタは淡々と語る。その言葉には、驕りも衒いもないのだろう。
「――でも、ドラコと力を合わせたラティーンは、そんな私にも手が付けられない」
ただ、事実のみ。それ以外を口にする必要もないほどに、目の前の光景は圧倒的だった。
ドラコの手が魔物を握り潰す。かと思えば、反対方向から飛んできた怪鳥をラティーンが貫く。
綴れなく舞うその様は、まるで彼がドラコと一体になっているかのような、そんな錯覚すらさせるだろう。
「操竜魔術。私も使えるけれど、普通なら竜の飛ぶ方向を操作する程度の力しかないわ」
「そうなのか? じゃあ、あれは……」
「ええ、彼ら、一人と一匹の修練の賜物よ」
そう話しているうち、ドラコの放った豪炎が、魔物たちの包囲網に穴を開けた。
好機、それをリタが逃すはずはなかった。
「――与太話は終わり、加速するわよ」
純白の翼が空を叩けば、周囲の景色が流れていく。迫る魔物たちの脇にできた僅かな隙間を、小柄なリタと僕はすり抜けるようにして飛んでいく。
正面に視線を向ければ、もう魔物たちの姿は見えなかった。どうやら、あの場所に集まってきていただけのようだ。
となれば、ここから北の沼地までは一直線。これ以上なく順調な道行きだ。
ちらりと、背後に視線を向ける。未だ奮戦するラティーンたちのことが気にならない訳では無いが、僕のような弱いやつが心配しても、野暮というものだろう。
彼が駆るのは竜種。
空を翔ける魔物の、間違いなく最高位に位置する存在だ。
口から吐く息は、あらゆる命を焼き焦がし、その鉤爪は分厚い鉄板だって紙のように引き裂く。
敵に回せば恐ろしいが、味方についてくれているとあっては頼もしい限りだ。
「なあ、リタ。ひとつ聞いてもいいか?」
その異様を目の当たりにしつつ、僕はリタに問いかける。
「なによ、あんた、喋ってないと死ぬタチなわけ?」
「いや、さ。ラティーンはどうやって、ドラコを手懐けたんだろうって思って。竜種なんて珍しいもん、中々出会えないだろ?」
「……あんた、今から死地に向かうっていうのに、そんな呑気なこと気にしてるの?」
そう口にして、息を吐いたリタに、僕は僅かな違和感を覚えた。
口調こそ、いつものように場違いなことを言った僕を嗜めるような調子だった。しかし、その声色の端に、ほんの小さな動揺が見えたような気がしたのだ。
何かを察したことは、彼女にもすぐに伝わったようで、薄い眉のあたりが、ギュッと寄るのがわかった。
頬に風を受けつつ、彼女は何かを諦めたように口を開く。
「……ドラコとラティーンが出会ったのは、十二年前のことよ」
十二年前。
やけに聞き覚えのある言葉だ。
『この町の宿痾に――竜の因縁に、決着を着けてください』
僕の脳裏に過ったのは、出発の際にマキナが口にしていた言葉が頭を過る。
「それって、もしかして……」
「ええ、そうよ。ドラコは十二年前、【赤翼】の一団が呪いの主と戦った時に出会った竜。もっとも、その頃は生まれたばかりの幼体だったけれど」
竜種は大きな生き物だ。
種類にもよるだろうが、あらゆる魔物の中でも、恐らく最大クラスの巨体に成長する。
初めてドラコを見たとき――確かに僕は、『やや小ぶり』だと思った。千年以上を生きることもある竜種の尺度で見れば、まだ彼は生まれて間もない子供だったのだ。
「その辺りが、十二年前に【赤翼】が討伐に失敗した理由にも関わってくるの」
「そんなこと、そういえば前も言ってたっけ。ここまで来たんだ、勿体ぶらないで教えてくれよ」
そう言いながら、僕の頭の中には返ってくる答えが、既にわかっているような気がしていた。
「――行けば、わかるわよ」
行けばわかる。
前もそうしてはぐらかされた。
であれば、無理に聞き出そうとするのは止めておこう。どうせ、時間の問題なのだと言うのなら。
そうして肩を竦めた僕の頬を、背後から飛んできた礫が掠める。
「……っ、あっぶな……!」
戦慄する僕を尻目に、リタは冷静に背後を確認する。
「どうやら、ラティーンの討ち漏らしが来たみたいね。少し揺れるわよ、気をつけなさい」
ああ、と返すよりも早く、リタの体が激しく回転した。揺さぶられる視界と、こみ上げてくる吐き気を堪えつつ――僕の中では、一つの仮説が組み上がりつつあるのだった。