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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十三話「思い/思い出」-4

 それを背中で聞きながら、僕は考える。

 リタが、僕を必要とする?


 今までに見てきた彼女の背中には、そんな気配など微塵も感じさせなかった。むしろ、僕は足を引っ張ってばかりだ。


「……そういうことじゃ、ありません。リタ様は確かにお強い。それに、一人で何でもできてしまう」


 彼女はそこで、ドアノブに手をかけた。そして、僕が振り向くよりも早く、一つだけ言葉を置いた。


「それでも、人はひとりでは生きられない。私も、ラティーン様も、あなたも、そして、リタ様も」


 それを最後に、彼女は去っていった。扉の向こう、軽い足音が階段を降っていくのが聞こえる。

 僕は誰もいなくなった部屋の中、思わず扉に向かって伸ばしてしまった手を、そのままだらりと垂らした。


 自分の気持ちなどわからない。

 先のことなど、何もわからない。


 故郷の屋敷が焼け落ちた日からずっと、僕はその場を凌ぎ続けてきた。


 そんな僕が、答えを遠ざけ続けてきた僕が、もう、逃げることを許されないと言うのであれば、いっそ。


「……向き合えって、言うのかよ?」


 誰に向けるわけでもない言葉。虚しく響いた空間に、答えるものはない――。


 ――はずだった。


 ガチャリ、視界の先で、ドアノブが回る。

 思わず、伸びる背筋。マキナが戻ってきたのだろうか、と、そう考えられたのも一瞬。


「……あんた、何してるのよ」


 不機嫌そうな声とともに、燃えるような赤髪が顔を覗かせた。



「……リタ」僕は言葉を失い、ただ、彼女の名前を絞り出した。そんな僕に構わず、リタは勢いよく、ベッドに腰を下ろした。


「あー、もう、やんなっちゃうわね。ラティーンの奴、話が長いんだから。歳を取ると、みんなああなるのかしら?」



 いつもより饒舌に捲し立てる彼女の声は、僅かにではあるが、上擦っているように聞こえた。


 動揺、それが色濃く滲んでいる。

 何かを誤魔化そうと、必死に声を張っている。


 そんな彼女を見つめる視線に、リタはバツが悪そうに視線を逸らした。



「なによ、私に聞きたいことがあるのなら、聞きなさいよ」


「いや、その、なんだ……」



 頭の中で、言葉を構築しようとする。

 しかし、上手くまとまらない。どうしたら、彼女を傷付けることなく、話すことができるだろうか。そればかりが、先行してしまっている。


 けれど、とっくにリタは腹を決めているようだった。


「……あんたが聞きたいのは、私が【赤翼】じゃないんじゃないかってことよね?」


 核心を、一言で貫く。

 普段であれば清々しい、その潔さが、今はひどく痛々しかった。


 言いたくないことのはずなのだ。

 聞かれたくないことのはずなのだ。


 それでも、彼女はそれを口にした。逃げられないと踏んだのか、それとも、話してもいいと思える程度には、僕を信用してくれたのか。


 どうあれ、その気持ちを無碍にするわけにはいかなかった。



「……ああ、そうだよ。思えば、ずっと前から違和感はあったんだ。見た目を偽るにしろ、若作りをするにしろ、そんな少女の姿になる必要は、ないだろ」


「じゃあ、あんた、やっぱり初めて会った時から疑ってたのね」


「まあ、それは……」少しだけ、言葉が重い。「というか、お前だってそれは、折り込み済みだっただろ?」



 それは、そうだけど。と、リタは視線を彷徨わせた。


 どちらにしても、あの時の僕に、彼女以外の頼みは無かったのだ。だから、多少の違和感は飲み込んで、あの場で仕事を依頼するしかなかった。


 けれど、今は違う。彼女の秘密を守る蓋が、ほんの少しだけ開いているのだ。

 今、聞けば、僕は本当のことを知ることができるだろう。


 それを、躊躇している理由があるとするのなら――。


「――いいさ、言わなくて。言いたくないだろ、お前も」


 僕の言葉に、リタは目を丸くして振り返る。そして、僕自身も自分の言葉に驚いていた。

 別に、これは僕の器の大きさが云々という話ではない。また、逃げてしまったのだ。


 きっと、【赤翼】の真相を知れば、僕は彼女のことを深く知ることになる。深く知ることになれば、失う時に辛くなるばかりだ。


 ……その考えを払拭することが、どうしてもできなかった。



「……いいの? 私、たぶんこれから先、あんたにこの話をすることは無いわよ」


「いいさ。聞いたところで、僕が仕事を頼んだのはお前。なら、僕にとって【赤翼】は、お前しかいないだろう」



 口にした言葉は、半分だけ本当だった。

 危なかったこともあったが、二週間。僕は確かに命を繋いでいる。


 あの日、リタと出会ったあの『夕暮れの街』の裏路地で、僕は骸となっていたのかもしれないのだ。

 そうならなかっただけで、僕が彼女を信頼する、十分な理由になる――今は、そうやって己を落ち着かせることにした。


 リタは、それ以上何も言おうとはしなかった。

 僕の怯えが読まれたのだろうか? いや、この薄暗い部屋の中では、それも叶わないだろう。


「さて、と。そうしたらリタ、聞かせてくれよ。ラティーンと色々話し込んできたんだ、今回も何か、上手い作戦があるんだろ?」


 だから、僕は歩み寄る。

 あと、二週間。仮初(かりそめ)の関係に執着しないため。軽薄で、浅薄な依頼人であり続ける。


 それが、ジェイ・スペクターの出した、ひと目でわかるほど冴えない、最悪の答えだったのだ。




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