第十三話「思い/思い出」-2
「依頼人くらいには、話しとけよ。じゃねえと、お前はただの――」
「……わかってるわよ。全部、全部、全部」
リタは、そう言って何かを飲み込むように、胸を強く押さえる。それは、彼女が今までに見せたことのないくらい、弱々しげな仕草だった。
そこで、僕は席を立つ。流石の僕も、ここから先の話に自分が邪魔であることくらいは、察しがつく。
「おい、兄ちゃん、どこに行くんだ?」
「……僕がここで聞いてても仕方ないからな。どこか、客室で休ませてもらうぜ。その方が、あんたらも話をしやすいだろう」
もう、彼の前では付き人のふりをする必要もなくなったのだ。それであれば、リタの仕事に深入りする必要もない。
それに――リタの隠していることを、わざわざ聞き出す必要もないのだ。
「おい、いいのかよ。お前さんも、薄々勘づいてるんじゃないのか?」
「……そりゃ、まあ。でも、別にいいんだ。今も僕はこうして、無事なんだからな」
ここまで二週間。何度か危なかったことはあれど、僕の命は確かに守られている。
リトラ神父の手勢、偽イアン、有翼人たちとの戦い――は、だいぶ際どかったが、それはそれ。他でもない彼女の実力を、もう僕は疑ったりはしない。
「……お前さんがいいなら、いいか。客室は二階だ。昨日のうちにマキナがベッドメイクをしているはずだから、そのまま使って構わんぜ」
僕は片手を上げて挨拶の変わりにすると、そのまま、ダイニングを辞すことにした。
そうして階段を上がれば、すぐに煤けた扉が見えてくる。確認もそこそこにドアノブを捻れば、そこは先程までいた部屋と同じくらいの広さがある、ツインの部屋に繋がっていた。
僕は壁際のハンガーラックにジャケットを掛けると、そのまま、ベッドに背中から倒れ込む。周囲に舞う埃と、外干しした洗濯物特有の匂いが、ふわりと鼻先に香る。
自然、仰向けの姿勢は天井を睨むことになる。息を吸って、吐いて、吸って、吐いて。繰り返すうちに、心の水面が凪いでいく。
――リタが隠していること。
――明日の魔物退治。
――リトラ神父の追手。
考えなくてはならないことが、いくつも積まれていた。考えれば考えるほど思考は堂々巡り、答えは出ない。
とはいえ、緊急性が高いのは、追手についてだろうか。現に、僕は今日襲われたのだ。
それに、マキナを人質に取っていた……つまり、彼女が僕たちの関係者だと、向こうも知っていたということなのだ。
「……とくれば、どこからつけられていたんだろうな」
マキナが襲われた以上、この小屋に僕らが滞在していることは、既に露見しているのだろう。
なら、街の中で尾行されたのか――あんな、人混みの中で?
或いは、ドラコに乗って帰ってきたのが悪かったのかもしれない。竜種はひどく目立つ。もしかすると、その姿をリトラ神父の手下の一人に見つかったのか。
その可能性はある。しかし一方で、連中がどうしてこの街にいたのかがわからない――最後に見た【夕暮れの街】からここまでは、列車を乗り継がなければ来られないくらいに離れている。
「……僕らがこの街に来ることが、わかっていたのか? どうして……」
考えるべきは、ラティーンが内通者である可能性。
ゼロではない。だが、リタがあれだけ素直に話したのならば、その可能性はかなり低いだろう。彼女は、僕よりずっと頭が回る。
リタが信用しているのなら、僕も信用できる。と考えるのは、少し盲目的過ぎるだろうか?
「……駄目だ、わからん」
僕は上腕を瞼に被せるようにして置いた。僅かに、眼球が脈打つ感覚を表皮に這わせつつ、一つの結論が出る。
何かを見落としているのか。
そもそも開示すらされていないのか。
わかることがあるとすれば、僕は暫くの間、用心を怠ってはいけないということくらいだろうか――。
――こん、こん、こん。
「――っ!!」僕はそこで、反射的に立ち上がった。
静かなノックの音。話を終えたリタが来たのだろうか、いや、彼女であれば、ノックなどせずに勢いよく扉を開け放つだろう。
なら、ラティーンが? それも、イメージと違う。あの太い腕で、こんなに静かなノックができるとは、悪いが考えづらい。
とくれば、残されたのは。僕の思考がそこに至るよりも早く、答え合わせの時は訪れた。
「……失礼、ジェイ様。入ります」
ゆっくりと、扉を開けて現れたのは。
「こんばんは、先程はありがとうございました」
そう言って深々と礼をする、マキナだった。