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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十三話「思い/思い出」-1

 日没を迎えても、街の喧騒は変わらずだった。

 【壁の街】が賑やかなのは、直ぐ側に迫る脅威を忘れるためなのか。それとも、巨大な防壁に対する、過剰な信頼から来るものなのか。


 どうあれ、その喧騒もここまでは――通りから外れた、あばら家までは届かない。


「……なるほどな、道理で、合点がいったぜ」


 ラティーンは、そう口にして深く頷いた。鎧を脱いだ彼の腕は、予想通り隆々の筋肉に覆われており、胸の前で組んだ前腕には、鉛筆代の太い血管がいくつも浮いている。


 彼のねぐらに帰ってきた僕たちは、事情を話すことにしたのだ。リトラ神父の手がこの街に及んでいる可能性がある以上、もしかすると、彼の依頼にも影響を及ぼすかもしれない。


 それに、今回もマキナが巻き込まれてしまった。彼女らを危険に晒すことは、どんな理由があっても許されないからだ。

 あれから気を失った彼女は、隣の部屋で休んでいる。無事ではあったが、それはあくまで結果論だろう。


 それに何より――リタが、話しても構わないと判断したというのが、一番大きい。どうやら、彼女らは相当に深い仲のようだ。



「俺も、風の噂でスペクター家が燃えたってのは聞いていた。でもまさか、そこの坊主が、その生き残りだとはな」


「……黙ってて悪かったわね、ラティーン。無用な問題を避けるためにも、彼の正体は秘密、ということにしているの」


「そりゃあ、俺にもかい。徹底してるな」



 その言葉には、一瞬だけ棘のようなものが感じられた。しかし、すぐに彼は、その表情を綻ばせた。



「……それでいいさ。万能屋たるもの、依頼人の秘密は守るのが鉄則だからな」


「あんた、許してくれるのかよ」


「許すも何も」彼は一口、茶を口に含みつつ。「俺たちゃ、そういう仕事だからな。何かの代わりになるのなら、誰かの代わりになるのなら、口を噤まなきゃいけないこともある」



 誰かの代わりに、なるのなら。

 万能屋の流儀は、僕にはわからない。しかし、彼の言葉はやけにスッと、胸の中に落ちてきた。



「とにかくだ、話が厄介になってきたみてえだが、やることは変わらねえ。俺たちは明日、魔物の親玉を叩く。悪いが、こっちの仕事も譲れねえ」


「無論よ。これは私にとっても、やらなきゃいけないことだもの」



 リタは揺るがない。

 それが【赤翼】としての矜持なのか、それとも彼女の意地なのかはわからない。

 ただ、僕にできることは、信じるだけだ。



「……リタ、頼んだぜ。マジでさ」


「誰にもの言ってんのよ、あんた。私は世界最高の万能屋よ」



 口にする彼女の頭の中は、全く読めない。本心からそう口にしているのか、だとすれば、その根拠はどこにあるのか。


 どちらにせよ、違和感は拭えない。普段の自信に満ちた姿勢すらも、無理をしているようにしか見えないのだ。まるで――。


「……まるで、呪いみてえだな」


 僕の違和感を、ラティーンは一言で言い当てた。


 呪い。

 そう、リタは呪われているのかもしれない。街のように、動く死体のように。何かに縛られ、衝き動かされている。


 何に、なんて、そんなの――。


「――呪いって、なに?」


 ぞくり、と。

 震える、それでいて鋭い声が、首元に当てられるような感覚。


 いや、きっとこれは僕に向けられたものではない。ラティーン。彼の発言が、逆鱗に触れてしまったのか。



「そのまんまだよ。お前は名前に縛られている。確かに、これは【赤翼】の仕事だが、お前の仕事じゃあないだろうが」


「……【赤翼】は私。リタ=ランプシェードしかいないわ」



 ラティーンは、それ以上何かを言おうとはしなかった。言っても無駄だと思ったのか、ただ、諦めたように首を振るばかりだ。


「そうかい、まあ、俺は仕事を受けてくれりゃ構わねえけどよ。でも、いつまでも黙ってはいられねえぞ」


 彼の視線が、ゆっくりと僕に向けられる。

 それとは対照的に、リタの視線は横合いに逸らされた。都合の悪いことから、目を背けるかのように。




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