第十二話「忍び寄る影」-2
「……おやじ」
「は? 今、なんて」
半ば、苛立ちが混ざった声で、僕はどうにか吐き出す。
「……親父の術式なんだよ、これ」
「な、でも、あなたのお父さんって……」
「ああ、もう死んでる。なら、この骸骨たちの主は、一人しか考えられない」
親父と同じ死霊術を使う者。
そして、僕たちを襲う理由がある者。
それは――。
「リトラ、神父……っ!!」
僕の、家族の仇。
まさか、今になって、ここで見つかってしまったというのか。
それも、僕たちは明日、怪物との決戦を控えているというのに。こんなところで消耗してしまうのは、可能であれば避けたいところだ。
「最悪のタイミングね。あんた、相手の場所はわかるの?」
「すまん、もう少し時間がかかる。死体の出処は追えるだろうが、親父の術式だと、残滓の視認は簡単にはいかない」
そもそもが、死霊術というのは死者の魂の力を借りる業。術者と術式との間に、魔術ほど強い繋がりは存在しない。
それでも、簡易契約の跡を追っていけば相手には辿り着けるはずだが――親父の術式は、それを困難にする仕掛けがいくつか仕込まれている。
まったく、大陸一の死霊術士だったか知らないが、余計なことをしてくれたものだ――。
「おい、リタ! 何してんだ、お前! とっととこいつら仕留めねえと、マキナが危ねえぞ!」
殆ど怒号のようなラティーンの声と同時に、激しく骨片が弾け飛んだ。槍が一度、二度と骸骨たちを薙ぎ払い、砕かれた骨たちは立ち上がることすら叶わず、そこに転がるばかりだ。
「……惜しいけど、追跡するための時間稼ぎはできなさそうね。ここはひとまず、倒し切るしかないわ」
リタはそう呟くと、翼を顕現させた。それはまるで小規模な竜巻の如く翻り、近付くものを吹き飛ばしていく。
僕はロザリオを離さぬようにしながら、軽く身を屈めた。巻き込みを避けるのもそうだが、骸骨たちは関節の可動域が狭い。そのため、身を低くすることによって、攻撃を避けやすくなるのだ。
――と、屈んだところで、僕はあることに気が付いた。
「……なんだ、これ?」
森のように並んだ、動く骨たちの群れ。その足元が、皆、泥のようなもので汚れていた。
しかし、この街の地面は舗装されており、泥濘など見当たらない。
ならば、一体どうして、こいつらの足は汚れているのだろうか?
「――待てよ、これなら!」
僕は地面に残った足跡を追う。思った通り、それはある一点から向かってきていた。
そして、目にする。骸骨たちを超えたその先――曲がり角の陰に、誰かがいるのが見えた。
「リタ! 術者は曲がり角の陰だ!」
僕が叫ぶのと、彼女が動き出すのはほとんど同時だった。
「『鉄の翼――羽弾』!」
鋼鉄の翼が閃いたかと思えば、そこから目にも止まらぬ速度で、数発の羽根が射出された。
それはレンガ造りの街を容易く抉り、目標地点に着弾する。
派手に舞い上がる砂埃。それが晴れた時――既に、そこに人影はいなくなっていた。
「……逃がしたわね、どうやら、素人じゃないみたい」
リタが苦々しげに呟くのと、ラティーンが最後の骸骨を吹き飛ばすのは、ほとんど同時だった。
彼は助け出したマキナを抱き上げながら、ゆっくりと、僕らの方に近付いてくる。
「よう、終わってみてえだな。マキナも無事だぜ、気を失っちまったみてえだけどよ」
そう言いながら、彼は周囲に視線を這わせる。遠巻きに見つめる人々、ざわめき、そして、辺りに散らばる白骨の残骸。
「……こりゃあ、どういうことなんだ? お前さん方、一体何に追われているんだよ」
問いかけてくる彼の視線には、困惑と、そしてそれ以上の警戒の色が浮かんでいた。
僕とリタは顔を見合わせる。誤魔化すためのカバーストーリーを、用意できないこともない。
しかし、今の彼には、下手に取り繕うのは逆効果になるように思えた。だから、僕も観念することにした。
「……話せば長くなる。よかったら、一度安全な所に戻らないか?」
かつん、爪先で蹴り上げた骨の欠片が、虚しげに転がっていくのだった。