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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十一話「壁の街」-4

「そうさな、言うならば、あれは――この街から流れ出た膿、ってところか」


「……膿?」



 ひどく抽象的な言い方だ。

 僕の困惑を感じ取ったのか、リタが横から口を挟む。



「【壁の街】は、沢山の人や物が行き交う場所よ。それに、近頃は工場も建てられ始めた」


「それも、もう聞いたぜ。とにかくでっかい街だってことはわかったけどさ」


「人が沢山行き交うということは、それだけ多くの魔力――その残滓も飛散しているということになるわ。それに加えて、工場から排出された排煙や、排水――そういった『淀み』とも呼べるものが、街の外へ流れ出てしまうの」


「……まさか、それが魔物の親玉の正体だっていうのか?」



 僕の言葉に、ラティーンが深く頷く。



「おう、まさにその通りだ。街から流れ出た『淀み』は、大型の魔物の死体や、行き倒れた旅人、飢え死んだ獣の躯を拠り所にして、ぐんぐんとデカくなっていって、終いには暴れ出し始める」


「……なるほどな、なんとなく、合点がいったぜ」



 親玉が、一定周期で街を襲う理由にも説明がつく。恐らく、その『淀み』とやらが形を成すのに必要な期間が、魔物の親玉が現れるまでの間とイコールなのだろう。


 それに、この街の【呪い】のことも考えれば、依代となる死体には事欠かないだろう。

 一度理解してしまえば、どちらかといえば僕たち死霊術師の範疇に近い話だとわかる。似たような理屈で、大きな街の墓地では、動く死体や骸骨が自然発生することもあるからだ。


 と、そこまで考えたところで、僕の脳裏に一つ、疑問が浮かんだ。


「ちょっと待てよ、でも、その話が正しいとするのなら、今回の親玉は前回よりも強くなっているんじゃないのか?」


 封印されている間にも、街から『淀み』は流れ続けている。

 そして、それはどこかに必ず蓄積しているはずなのだ。もしかすると、封印状態にあった親玉の下に溜まっていった可能性もある。



「だろうな、一度、ドラコに乗って偵察に行ってきたけどよ、ありゃあ間違いなく、前よりも強くなってやがる」


「おいおい……それ、大丈夫なのかよ? 前も、あんたと【赤翼】は、そいつを封印することしかできなかったんだろ?」



 そんな怪物が前よりも力をつけているのなら、もう、どうにもならないのではないだろうか?

 僕の懸念は当然のものだろう。今回もまた同じ結果に――否、もっと悪いことにならないと、保証はできないのだから。


 しかし、僕の心配をよそに、ラティーンは首を降る。


「いや、大丈夫……なはずだ。十二年前とは事情が変わった。今なら、あいつを倒しても問題ないだろう」


 どこか煮えきらない、灰色の返答。明朗な彼には似合わない、口籠り、言い淀むような口調に、僅かな違和感を覚えた。


 リタも、ラティーンも、核心を避けて話しているような気がする。僕は所詮、蚊帳の外ということだろうか。


「……わかったよ、そう言うのなら、僕はもう口を挟まない。リタも、本当に大丈夫なんだよな?」


 僕の言葉に、リタは首肯した。彼女が納得しているのなら、僕があれこれ言うことではないだろう。



「話を戻すぜ、リタ、お前、あの怪物については……」


「勿論、知ってるわ。私は【赤翼】だもの」


「……だったな。なら、話が早え。作戦はシンプルだ。俺とドラコが道を開く、その間にお前さんが親玉を叩いてくれ」



 僕はそれを聞きながら、内心で驚愕していた。あれだけの群勢を相手に、まさか、一人と一体だけで先陣を切ろうと言うのだろうか?


 口を挟まないと言った手前、黙するしかない僕だったが、どうやら、リタも同じ感想を抱いたようだった。



「私は構わないけど、肝心なのはそっちよ。あなたも、ドラコも――」


「ああ、いけるさ。その為に、俺もドラコも鍛えてきた。仇は、必ず取ってやる」



 リタはしばらく、ラティーンの目を見つめていたものの、その言葉に衒いがないことを確認すれば、すぐに頷いた。

 言葉の裏にある覚悟も、自信も、彼女にはわかっているのだろう。だから、これ以上の言葉は野暮だ。



「……そう、なら、決行はいつにするの? 防壁を見る限り、長くは保ちそうにないけど」


「おう、決行は明日。太陽が南中するのと同時に仕掛けるつもりだ。お前さん方は俺と一緒に飛び立って、まっすぐ『方角』に向かっていってもらうぜ」


「……ちょっと待て、今、なんて言った?」



 僕の不干渉は、あっという間に瓦解した。



「なんだよ、兄ちゃん。口出さねえって言ったろ」


「僕もそのつもりだったけどな! でもほら、あんた今とんでもないこと言ってただろ?」


「……まっすぐ、『方角』に向かっていってもらうぜ?」


「その前だ! 『お前ら』って、『ら』って言ったよな!?」



 それは僕とリタのことを指すのだろう。つまり、彼の頭の中では、僕もリタとともに怪物に挑むことになっているというわけだ。

 たまったものではない。今までの依頼とは、危険度がケタ違いじゃないか。



「ちょっと、あんた、落ち着きなさいよ。私なら……」


「これが落ち着いていられるかよ。さっきはなあなあにされたけど、しっかりと今回ばかりは意思表示をさせてもらうぜ。僕は――」



 と、僕が席を立った瞬間だった。

 



 外から響く叫び声が、僕らの間に割って入った。





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