第十一話「壁の街」-1
【壁の街】は、大陸の中央近くに位置する、巨大な城塞国家だ。
『呪い』によって迫りくる魔物たちに対抗するため建設された、名前の通り巨大な壁に四方を囲まれた街は、大陸の物流・交通の要衝ともなっている。
と、いうことくらいは、僕も本や風聞で見聞きして知っていた。知っていた、つもりだったのだが――。
「――こりゃ、すごいな」
僕は思わず、感嘆の息を漏らしてしまった。
ここは【壁の街】、中央の大通り。道沿いに並んだ露店や屋台、それに、レンガ造りの建物が軒を連ねている。
あの後、走行不能になった列車を降りた僕たちは、ラティーンの駈る龍種――ドラコの背に乗って、無事に街まで到着することができた。
竜種の乗り心地は――少なくとも、ここ数日で一番快適な遊覧飛行だったということを書き添えておこう。
ともかく、僕たちは街に着き、ドラコを街外れの竜舎に置いて、ラティーンの家を目指すことになったのだ。
僕は、視線をぐるりと見渡す。
広い道幅。そこをいっぱいに満たすように、人々が犇めいているのが印象的だ。【夕暮れの街】も人が多かったが、道も細く、入り組んでいるあの街は、もっと雑多でゴミゴミとしていた。
その点、こちらはどこか祭りや催し物に近いような、健全な賑やかさを感じた。
「ガハハ、そうだろ坊主。おめえさん、都会は初めてかい」
前を歩くラティーンが、豪快に笑いながらそう語りかけてくる。竜種に跨っていたときには気が付かなかったが、彼の体躯は成人男性の倍ほども大きいように思える。
いや、実際には僕と頭二つほどしか変わらないのだろうが、丸太のように太い腕と分厚い胸、全身に余す所なく筋肉が搭載された体を、白銀の甲冑で覆っているため、威圧感が増しているのだろう。
「……ああ、まあ、【昏い――】いや、大陸の端の方の出身でな、こんなに大きな街は、初めて見る」
「そうかそうか、まあ、それもこれから嫌というほど見ることになるだろうよ、何せお前さん、リタの付き人なんだろう?」
僕は視線を、横合いに向ける。半ば人混みに埋もれてしまって、姿は見えづらくなっているものの、ラティーンの直ぐ側をリタは歩いていた。
印象的な赤髪が無ければ、見失っていたかもしれない。そんな矮躯でありながら、彼女の大きな瞳は、僕たちを紛うことなく見据えている。
「……ええ、そうよ。私も色々と、忙しくなってきたから、人手がいるの」
「ガハハ、そうかよ。あのリタが忙しくとはなあ、昔はこーーんなにちっこかったのによ」
指先を丸めるようにして示した彼の腿を小突きながら、「そんなに小さくないわよ!」と抗議する彼女は、まるで久しぶり親戚に会うかのような、柔らかい表情をしていた。
付き合いが長いのだろう。そこは僕の知らない、知る由もない、彼女の過去についての話だ。ただの護衛対象としては、突っ込んで聞くようなことでもないだろう。
「私のことはいいじゃない、それよりも、仕事の話を聞かせて頂戴」
「馬鹿、こんな往来でできるかよ。もうちょい待てっての、まったく」
むくれるリタ。どうやら、自分の話はあまり好みではないらしい。
察した僕は、助け船を出すことにした。
「あ、じゃあ、代わりになんだが、竜種について聞かせてもらえないか? 竜騎士になるのって、確かものすごく難しい資格が必要になるんだよな?」
僕も詳しくは知らない。昔、親父がそんな話をしていたのを聞いたくらいだ。
スペクター家には様々な職業、立場の人間が出入りしていたが、竜種に騎乗できる人間を生で見るのは初めてだ。それに対する、純粋な興味が無いといえば嘘になる。
「よく知ってるな、坊主。竜騎許可証は、この大陸でたった十人しか持ってねえ、貴重な貴重な免許なんだぜ」
「加えて言えば、ラティーンは大陸で初めて竜騎士になった男よ。それまで、竜種は恐ろしい魔物――恐怖の対象でしかなかった」
「……そんな、とんでもない人だったのかよ、あんた」
僕の言葉に、ラティーンは再び豪快に笑う。未だ、その素顔は拝めていないものの、少し酒に焼けたその声色は彼の人柄を表情以上に表しているかのようだ。
「そこまで大したもんじゃねえよ。竜種だろうが馬だろうが、根気よく付き合えば、気持ちがわかるようになる。それに――」
そこで、彼はぴたりと足を止めた。すぐ脇を歩いていたリタが、太腿の辺りにぶつかって悪態を吐く。
「――誰かが、やらなきゃいけなかったからな」
彼は、ゆっくりと振り返ると、僕らの顔を見回した。戸惑う僕、不機嫌そうなリタ、それを順番に見つめてから、さらに続ける。
「……そうだ、お前ら。よけりゃちょっと、こっちについてこい。今回の仕事の話をする前に、見せときてえもんがある」
「見せておきたいもの、って」
「おう、【壁の街】の現状、ってとこか。おら、こっちだぜ」