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赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―  作者: 文海マヤ
三章『竜の慟哭と壁の町』編
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第十話「大陸間横断鉄道」-4

 死角からの強襲――霊符を放つのも、リタが振り向くのも、間に合わない。

 そして強く、上方に引っ張られる。


「――っ、ジェイ!!」


 リタが、半ば悲鳴のように僕を呼んだ。そういえば、まともに名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか。


 場違いな程に牧歌(ぼっか)的な思考は、すぐに浮遊感に掻き消される。羽ばたきとともに、僕はたっぷり身長の十倍ほどの高さまで持ち上げられた。


 まったく、僕はここ一ヶ月で、何回抱えて飛ばれればいいのだろうか。

 とはいえ、リタとは違い、有翼人は安全に僕を運んではくれないだろう。地面に叩きつけられて、潰れた果実のようになるのはごめんだ。


 考えろ、考えろ、考えろ――。冷えていく血液を無理矢理に温めつつ、僕は思考を巡らせて――。



「――暴れるなよ、坊主」



 不意に、どこかからそんな声が聞こえてきた。


 まさか、僕を掴んで飛翔する有翼人が語りかけてきたのだろうか、と見上げるが、どうやらそうではないようだ、向こうも向こうで、辺りを警戒するように見回している。


 しかし、その姿を嘲笑うように、声は続いた。


「どこ見てんだ、鳥公が。上だよ上、テメエよりも高いトコは見えてねえのか?」


 その言葉に、僕は視線をさらに上方に向けた。有翼人の小さい頭を飛び越えて、さらに上方。


 ――最初に見えたのは、並んだ鈍色の鱗だった。


 続いて、巨大な翼。リタや有翼人たちよりも遥かに大きな両翼は翼膜いっぱいに風を受けながら、僕らの遥か上空に浮かんでいた。


 そして、それよりも遥かに目を引く頭部。爬虫類特有の長い顔と、口元に並んだ牙が、ギラリと日光を照り返している。


「――竜種(ドラゴン)ッ!?」


 少々、小振りではあるものの、間違いない。

 絵物語では見聞きしたことがあるが、実物を見るのは初めてだ。その威容(いよう)は、視界に入っているだけで、自然と指先を震わせるほどだ。


 まさか、化け物に攫われた先で化け物に出会うとは。ついに僕の命運もここで尽きたのだろうか。

 竜種は、ゆっくりと首を降ろすと、そのまま急降下してきた。その速度は、有翼人たちとは比べ物にならない。


 当然、視線はそちらに釘付けになる。目の前の脅威に。より危険度の高い方に。


 ――それは、降って湧いた好機だった。


「……ウィル・オ・ウィスプ!」


 僕は人魂を有翼人の顔面に目掛けて放つ。既に捉えた獲物など、眼中に入っていなかったであろう相手には、花火程度の火力でもよく効いたようで、鉤爪に込められた力が、ほんの少しだけ緩んだ。


 それは、奴が僕を取り落とすのに十分なほどの隙だった。ずるり、滑るようにして、僕は宙空に投げ出される。


「う、おおおおおおおおおおっ!!!」


 自由落下の感覚は、慣れない。

 内臓全てが、それこそ根こそぎになってしまいそうな違和感を飲み込めないまま、空が遠のいていく。

 そんな視界の先で竜種の牙が有翼人を捕らえた。舞い散る羽も、骨肉を噛み砕く音も、今の僕にはどうでもいい。


 ただ、祈る。いや、信じるという方が正しいのか。僕の思った通りならば、あいつは、既に舞い上がっているはずだ――。



「――なんて無茶するのよ、あんた!」



 聞き覚えのある声。それから程なく、僕の体を細い腕が包み込む。

 真っ赤な髪が、風に煽られてふわりと舞うのを眺めながら、僕は軽口を絞り出した。



「これしかなかったからな、信じてたぜ、【赤翼】サマ」


「信じるのは結構だけど、私が遅れてたらあんた、今頃赤いシミになってたわよ」


「……そいつは、ぞっとしないな」


 ふん、と鼻を一つ鳴らすリタに抱えられ、僕は地上に舞い戻った。数十秒ぶりの地面にこれほど安堵したのは初めてだ。

 けれど、安心するにはまだ早い。



「そうだ、リタ、気を付けろ! 上にいたんだよ、竜種が――!」


「――そいつは俺たちのことかい?」



 ずうん、と地響きを立てて、何かが僕たちの直ぐ側に着地した。


 舞い上がった砂埃をかき分けて現れたのは、鈍色の鱗を持つ翼竜――器用に二足で立ったそいつは、威嚇するかのように喉を鳴らしながら、こちらを見据えている。


 僕は反射的に、懐に手を伸ばした。一難去って、また一難。次の相手は、この竜種か――。

 そう、覚悟を決めた時だった。


「来てたのね、ラティーン。ドラコも元気そうで何よりだわ」


 平然と口にしながら、リタは龍種に近づいていく。それと同時に、龍種はその場に跪いた。

 まるで、甘えるように首を伸ばしたことで、その背に、跨る人影があることに気が付く。


 ギラリと輝く白銀の全身鎧は、まるで御伽噺(おとぎばなし)に出てくる騎士のようだ。けれど、その表面に刻まれた無数の傷が、歴戦の勇士であることを物語っていた。


 ラティーン、そう呼ばれた人影は、バイザーを上げると、露わになった緑色の瞳を三日月型に歪め、呵々大笑する。



「おう、リタ、久しいじゃねえか! まさか、お前が乗る列車が襲われてるとはよ!」


「私だって予想外よ。それでも、来てくれて助かったわ」



 そこで、リタがくるりと振り返る。


「ジェイ、こちら、竜騎士のラティーンよ。【壁の街】を拠点にする万能屋にして――」


 そして、竜種から降りてきた人影の方を指しながら、なんということはない調子で続けるのだった。



 「――今回の依頼人になるわ」




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